第2話 美少女ハンター

 その日の放課後、勇馬ゆうまは所属している園芸部の活動を終え、帰路についていた。


(みんな僕が育てた花を綺麗って言ってくれて、園芸部員冥利に尽きるなぁ……)


 現在、学内にある花壇を管理しているのは勇馬だ。

 グラウンドと屋上にそれぞれある花壇には、去年から育てた花々が鮮やかに咲き誇っている。


 ほぼ一人で切り盛りしている園芸部の仕事はなかなか大変だが、ああやって生徒たちが花を見て癒されているのを見ると、その疲れも吹き飛ぶというものだ。


 それに、今日の勇馬にはもう一つ、仕事を頑張ったご褒美があった。


「ついに買えた……! 『ばどくら』最新刊!」


 学校近くの書店にて、勇馬は購入した漫画を宝物のように掲げる。


『ばっど・ざ・くらしっく』――通称:ばどくら――は、不良少女がクラシック音楽をやる日常系四コマ漫画だ。


 可愛くて個性的なキャラクターや、ハートフルな展開が評価されている。

 最近アニメが放送されたことによりその人気はマスにまで広まったが、勇馬は連載から追っている筋金入りのばどくらオタクである。


 掲載誌が月刊のためコミック発売はほぼ一年に一度。その待望の新刊発売日が今日だったのだ。


「ふふ、家に帰ってゆっくり読もっと」


 なんてご機嫌な様子で呟きながら、書店を後にする。


 そうして帰宅すべく駅の方に歩き出した――その瞬間だった。

 人通りの少ない路地から、ひと際剣呑な声が聞こえてくる。


「ねえ、もう付きまとわないでって言ってるじゃん!」


 ちらりとそちらを一瞥すると――その声の主は、パリピな黒ギャルのクラスメイト、豹堂ひょうどうクロミだった。

 勇馬は思わず足を止め、状況を確認する。


「お願いだって。メシ代とか俺が全部奢るから! な?」


 相手は同じ沙番奈高校の制服を着たキザな雰囲気の男子生徒。校章の色を確認すると、どうやらの三年生のようだ。


 見たところ、あの先輩がクロミに言い寄っているという構図らしかった。


狩野かの先輩、そーゆー強引なとこがウザがられてんのわかんない⁉ だから玲音れおんにフラれんだよ!」

「玲音ね……あいつ、付き合ってた時にいろいろ奢ったりプレゼントしてやったのに一回もやらせてくれなかったし、別れてむしろせいせいしたわ」


 言って、その男はクロミに下卑た視線を向ける。


「なあ、お前はあんな高飛車ぶったやつとは違うだろ? そんな股ゆるそうな格好してさ。俺と付き合えばいいことたくさんあるぜ。何でも買ってやるし、あっちのテクだって――」

「キモッ! 全然緩くねーしっ! そもそもあーし、モデルの仕事でお金そんな困ってねーから!」


 二人の会話を聞いていて、思い出した。


 あの男は、『美少女ハンター』を自称する三年、狩野先輩だ。

 家が金持ちらしく、金品をちらつかせて女子に交際を迫っているという悪評で有名だ。

 顔はイケメンと言って差し支えないが、それ以上に肩口まで伸ばした茶髪と、首から下げたゴールドのネックレスがなんだか下品な印象だった。


(ど、どうしよう……豹堂さん困ってるみたいだし、警察に通報した方がいいかな……?)


 そんな風に二人のやり取りをハラハラと見守っていた勇馬だったが。

 次の瞬間、決定的なことが起こった。


「あーし帰るから! もう二度と付きまとわないで!」

「チッ……待てよ! まだ話の途中だろうが!」


 踵を返したクロミの腕を、狩野がガシッと掴んだ。


「なあ、お前ちょっと生意気すぎじゃね? 俺先輩だぞ?」

「ねえ離してってば!」


 グイグイと腕を引くが、クロミの力では男の腕力には敵わない。

 大嫌いな争いの現場を目の当たりにして、勇馬は頭が割れそうなほどの疼痛とうつうを覚えた。


 動悸は激しさを増し、呼吸が乱れる。

 逃げ出したい気持ちに駆られるが――当事者であるクロミは、自分以上に恐怖を感じていることだろう。


 そんな状況にある女子を放っておくわけにはいかない。

 勇馬は思わず、二人の前に飛び出した。


「あ、あのっ! 止めてあげてください!」

「……あぁ? 誰だお前」


 ギロリ。

 残忍な狩人のごとき眼光が、勇馬に向けられる。


 一方のクロミはポカンとした表情で「し、縞田しまだっち……?」と目を瞬かせていた。

 狩野はクロミの腕を乱暴に放すと、苛立った様子でこちらに向き直る。


「あのさぁ……この女は今俺と話してんの。邪魔だからどっか消えてろや。ザコが」

「で、でも、豹堂さん、嫌がってますよ!」

「最初はみんな嫌だっつーんだよなぁ。でも、目の前に金積んでやると何でも言うこと聞くの。あれマジで笑えるぜ? お前もやってみろよ。……あ、貧乏人には無理か」


 そう言うと、狩野はゲラゲラと哄笑こうしょうする。


「お金で女性と関係を持とうとするなんて、不誠実ですよ」

「はっ……不誠実なんて、あからさまに非モテDTが気にしそうなこと言ってんな。お前みてーなひ弱そうなやつ、一生女に相手されねーよ」


 狩野はその後も、口汚い言葉で勇馬を罵り、挑発してきた。

 そんな狩野に対し、勇馬は一歩も引かず睨み返していると、


「誰にも相手されないなんてことない……むしろ、あーしが相手するよ」


 今まで黙っていたクロミが口を開く。

 次いで彼女は勇馬の方に身体を寄せてきて、その腕に自らの腕を絡めた。


「ひょ、豹堂さん⁉ 一体何を……」


 あまりにもギュッと抱き着いてくるものだから、腕に柔らかいものが当たってしまっていた。

 クロミの巨乳っぷりは教室内でもいやというほど見せつけられていたが……こうして直に触れると、その柔らかさに驚愕する。


 しかしそんな勇馬の動揺をよそに、クロミは狩野に対して言い放つ。


「あんたみたいな、親のお金でイキってる男なんて絶対無理だから! あーしは縞田っちみたいな誠実で真面目な男子の方が断然好きなの! わかったらどっか行ってくれない?」


 シッシッと手を払うクロミに、狩野は青筋を立てて怒りを滲ませる。


「て、てめぇ……」

「ほら、さっさと行こ縞田っち!」

「え、う、うん……」


 クロミに抱き着かれたまま、彼女に倣って勇馬は踵を返す。

 そうして狩野から距離を取ったところで、クロミは思い出したかのように振り返った。


「そうそう先輩、そのネックレスめっちゃダサいから。いくらお金があっても、そのセンスじゃ女の子から相手されないよw」


 クロミが言うと、向こうの方でブチッと血管が切れた音がした――ような気がする。


「このっ……! 女だからって容赦しねーぞ!」

「きゃー! 追って来た! 逃げろ逃げろー!」

「ええ⁉ ちょ、ちょっと豹堂さん⁉」


 手を引かれ、勇馬はクロミと一緒に走り出した。


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