第1話 サバンナの女子たち

 四月中旬。


 新学期が始まってから、早くも一週間が経過した。

 校庭の桜はすでに散り、黄緑色の柔らかな新芽が顔を覗かせている。


 勇馬ゆうまが通うこの沙番奈さばんな高校は、生徒の自主性を重んじ、自由な校風を売りにしている学校だ。

 髪色や制服についての校則がかなり緩く、生徒は学校にいながらも個性を発揮することができる。


 ……まあ、勇馬は別にその恩恵を受けているわけではないが。

 だがそういった自由さに惹かれて入学する生徒は多いようだ。


 勇馬が所属しているのはそんな沙番奈高校の二年G組。

 クラス替えから少し経って、ようやく少しずつ慣れてきた教室でホームルームが始まるのを待っていると。


「おっはよ~縞田しまだっち~!」


 背後からふわっと甘い匂いがして、直後、肩を叩かれた。


 振り向く先に立っていたのは、派手な格好をした黒ギャルだった。

 勇馬はあっけに取られながらも、「お、おはよう豹堂ひょうどうさん……」と返す。


 豹堂クロミ。


 恐らく彼女は、校則ゆるゆるなこの学校においてもなお、紙一重で摘発を免れている稀有けうな存在だろう。

 大胆に開けた胸元からはたわわな巨乳が覗いており、ギリギリを攻めるスカート丈からは肉付きの良い太ももが伸びている。


 ウェーブがかったシャンパンゴールドの髪も、日サロで焼いたという褐色の肌も、何もかもがギラついていて目に眩しい。

 根明ねあかで、奔放で、自由人フリーダムな、太陽の女神みたいな人物だった。


 彼女はいつも通りのハイテンションで、勇馬の机にべしーん! とギャル系ファッション誌を置いた。


「縞田っち見てこれ! あーしが載ってる雑誌、今日発売されたの!」

「わ……すごいね。豹堂さん、本当に芸能人だったんだ」

「だから言ったじゃーん! この時のスタイリングちょー可愛くて、みんなに見てもらいたかったんだ!」


 彼女は雑誌モデルとして芸能活動をしているらしい。

 開かれたページにはギャルらしい派手な服装に身を包んだクロミがいた。

 普段の姿も十分魅力的だが――そこに写る彼女は、その魅力が数倍増しに感じられた。

 これがプロの技というやつか……。


「ね、ね、どう思う縞田っち? めっちゃ可愛いと思わん?」

「うん、すごく可愛いと思うよ」


 率直な感想を伝えると、彼女は「マー? いひひ、嬉しっ!」と破顔する。

 クロミとは、二年に進級したばかりのタイミングで仲良くなるきっかけがあり、それ以降こうして話すようになった。


 今では『縞田っち』なるあだ名をつけられ、彼女の気まぐれでちょくちょく絡まれる。

 ただ、お天道様陽キャの陽射しはなにも勇馬だけを照らすわけではない。


「あ、えなち! おは~!」

「ん」


 教室に入って来た女子を見るや、クロミはぴょーんと彼女の方に飛んでいってしまう。

 コミュ力の権化であるクロミは、クラスや性別、学年に問わず、幅広い人脈を有していた。


「え、てか、えなちキレてね? どしたん?」

「話したことのない男子に告白された。迷惑極まりない」


 クロミにベタベタとひっつかれながらも、その少女は淡々と答える。


 灰谷はいたに恵那えな


 黒髪ボブカットの彼女は、クールでミステリアスな雰囲気の女子だ。

 白磁のようなきめ細やかな肌。すらりとしなやかな手足。顔の中央をスッと通る細い鼻も、輪郭のくっきりとしたアーモンドアイも、何もかもが完璧に配置されている。


 アイドルや女優と並んでも、全然見劣りしないほどの美少女だ。

 だが彼女は感情をほとんど顔に出さないため、まるで機械人形アンドロイドのような印象がある。


 先ほども、クロミが彼女に対して「キレてる」と言っていたが、全く表情筋が動いているようには見えなかった。 


(友達同士だとわかるものなのかな……)


 そんな風に二人のやり取りを観察しながら予鈴が鳴るのを待っていると、


「ふぁ~……ねみ」


 長身の女子が、大口を開けてあくびをしながらやって来た。

 クロミは彼女を視界に捉えると、「れお~ん!」と手を振ってみせる。


「てか遅くね? 玲音れおん、昨日遅刻で怒られたばっかじゃん」

「はぁ? 予鈴に間に合ってんだから、文句言わせねえよ」


 言って、その少女は挑発的に微笑む。


 獅子倉ししくら玲音。


 彼女を一言で表すならば、「ヤンキー」や「不良少女」という言葉が一番しっくりくる。

 豪奢な金髪のロングヘアに、つんけんとした面構え。


 引き締まった身体はアスリートもかくやというほどだ。実際彼女は幼少期から空手を習っていたらしく、喧嘩なら負け無しなんだとか。


 傲岸不遜で教師をも恐れない胆力の持ち主で、今も玉座に座るみたいに机の上に腰かけている。

 ただ、争いを好まない勇馬にとって、彼女は怖い人というイメージが強かった。


「ねえねえ、ガッコ終わったらカラオケ行かん⁉」

「いーぜ。アタシ今日バイトねーし」

「私も問題ない。たまの息抜きは必要」


 いつもの仲良しグループが揃い、クロミ・玲音・恵那は教室中央で談笑している。

 彼女たち三人組はこのクラス――いや、校内全体においても、特に目を引く存在だ。


 見た目が良く、発言力があり、他を寄せ付けない圧がある。

 いわゆるクラスのトップカーストというやつ。


 三人は去年も同じクラスだったらしく、その絆の強さも折り紙つきらしい。

ただ――


「やっぱあの三人いいよな」「このクラスになれて良かったー!」「どうにかしてお近づきになりてぇ……!」


 勇馬の近くにいた男子たちが、クロミたちを見て呟いていた。

 そう、美少女揃いのクラスということは、男女間の交流も盛んになる。


 それはつまり争いの火種を常に内包しているということだ。

 穏やかな学生生活を望む勇馬にとって、惚れた腫れたのいざこざは見ることすら勘弁願いたかった。


(この一年、平和に過ごせるといいな……)


 そんな勇馬のささやかな願望は、その後に起きた一つの出来事をきっかけに、崩壊していくことになる……。


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