第2話「残り香」


 都内、雑居ビルの一室。

 『バスターズ・ギルド』の重鎮たちが集う特別応接室に、似つかわしくない音が響いていた。

 

 ズズッ、と。

 

 安物のカップ麺を啜(すす)る音だ。

 ソファに深く腰掛け、眉間に深い皺(しわ)を刻んでいるのは、ランキング二位・ゴンドウ。

 五十八歳。その分厚い掌(てのひら)には、幾多の異生物を屠(ほふ)ってきた無数のタコと、消えない火傷の跡が刻まれている。

 彼の視線の先には、壁一面に投影された巨大なモニターがあった。

「……これか」

 

 モニターには、新宿の街頭カメラが捉えた、粗い粒子(ノイズ)だらけの映像が流れている。

 一般人が逃げ惑う中、一人だけ、潮の流れに逆らうように歩く、くたびれたスーツの男。

 男が鉄塊を抜く。

 一瞬。

 物理法則が「欠落」し、対象が砂へと変わる。

「……位相、か。まだ、これを使ってやがるのか」

 ゴンドウの手が、止まった。

 箸から滑り落ちた麺が、スープの中に静かな波紋を作る。

 掲示板スレでは、若造たちが『新宿の幽霊(ファントム)』だの『チート』だのと、お祭り騒ぎをしている。

 だが、ゴンドウには見えていた。

 映像の中の男が、対象を消滅させた後に、一瞬だけ見せた「癖」。

 

 懐に武器を仕舞う際、左手で一度だけ、胸ポケットを叩く。

 

「あいつは、いつもそうだ。……大事なものを仕舞う時、壊れていないか、そこにあるか、何度も確認しやがる。臆病なほどにな」

 

 ゴンドウの脳裏に、三年前の記憶が蘇る。

 地獄と化した新宿。空が赤く染まり、位相災害の暴走によって死体だけが山を成したあの日。

 

『ゴンドウさんは、下がっててください。……おにぎり、冷めますよ』

 

 そう言って、自分の前に立ちはだかった若者の背中。

 その後、新宿の空が「消失」に包まれ、男の生体反応(ログ)は消滅したと報告された。

 

 ゴンドウは、飲みかけのカップ麺をテーブルに置いた。

 立ち上がると、膝の関節が、長年手入れを怠った古い魔導機のように悲鳴を上げる。

 彼は壁に立てかけてあった、無骨な大太刀を掴んだ。最新の演算補助など一切付いていない、ただ重いだけの鋼だ。

「……生きてたか、健一。いや――『幽霊』さんよ」

 ゴンドウが部屋を出る時、モニターの掲示板には新しい書き込みが流れた。

187:【認証済み】ゴンドウ

「探すな。……そいつは、お前らが汚していい男じゃない。」

 その一行を最後に、ゴンドウのアカウントはログオフされた。

 老兵は、夜の街へと踏み出す。

 かつての戦友に、再び「墓石の重さ」を説くために。

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