第3話 深夜の徘徊(征服)と新人職員(異世界人?)は使いよう(Z世代)

3話 深夜の徘徊(征服)と新人職員(異世界人?)は使いよう

 丑三つ時(うしみつどき)。

 特別養護老人ホーム「エデン」の長い廊下は、深海の底のような静寂に包まれていた。

 だが、その闇の中で、爛々(らんらん)と輝く一対の瞳があった。

 個室のベッドで上体を起こした、魔王ヴェルザリア(要介護3)である。

「……ククク。満ちたぞ」

 彼女は自身の両の手のひらを握りしめ、不敵に笑った。

 先日の過酷な「リハビリ」という名の儀式により、筋肉痛はようやく引いた。気力・体力ともに充実している。

 そして何より好都合なことに、あの口うるさい看守(佐藤守)も、恐怖の暴力装置(施設長)も、今はいない。

「今こそ好機。この城(施設)の構造を把握し、兵糧(おやつ)の保管庫を制圧してくれよう……。我の渇きを癒やす供物が、必ずやあるはずだ」

 魔王の狙いは、日中立ち入りを禁じられている聖域――スタッフルームの冷蔵庫に眠るであろう、プリンやゼリーの類であった。

 彼女は音も立てずに掛け布団を退けた。

 慎重に、慎重に。ベッドの柵(サイドレール)に手をかけ、体をずらす。

 そして、右足をゆっくりと床へ下ろした。

 その瞬間だった。

 ピロリロリン! ピロリロリン!♪

 突如、部屋の空気を切り裂くように、やけに陽気な電子メロディが鳴り響いた。

「なっ!? なんだこの音はァ!?」

 魔王は驚愕し、反射的に足をベッドの上へ引っ込めた。

 ――ピタリ。

 途端に音は止み、再び静寂が訪れる。

 魔王の心臓は早鐘のように打っていた。

 これは魔法か? それとも罠か?

「おのれ人間ども……。床に『鳴子(なるこ)の結界』を張り巡らせていたというのか!?」

 ベッドの足元に敷かれた、踏むと反応する「マットセンサー(離床センサー)」。

 現代の介護現場では一般的な徘徊防止装置だが、魔王にとっては未知の高等魔術だった。

「くっ……見えざる感知魔法とは、小癪(こしゃく)な真似を。だが、この程度の結界で我が足を止められると思うなよ!」

 魔王のプライドが燃え上がる。

 数秒の沈黙の後、彼女は再び、意を決してそろりと足を下ろした。

 ピロリロリン! ピロリロリン!♪

「ええい、うるさい! これでは隠密行動ができぬではないか! このポンコツ結界がァ!」

 その時だ。

 廊下の奥から、ペタ、ペタ、ペタ……と、何者かの足音が近づいてきた。

 あの看守(守)の、疲労を背負った重苦しい足音ではない。もっと軽く、気配のない、忍びのような足取りだ。

「来たか……! 結界の番人め、返り討ちにしてくれる!」

 魔王は枕元にあったボックスティッシュ(投擲武器)をひっつかんで構え、ドアを睨みつけた。

 ガラッ。

 ドアが開く。

 そこに立っていたのは、金髪のメッシュが入った髪を遊ばせ、首からスマホをぶら下げた若い男――新人職員の鈴木だった。

「……うぃ〜っす。どしたんすか、ヴェルザリアさん。センサー鳴りまくりっすけど」

 軽い。

 あまりにも軽い登場だった。

 魔王が放つ殺気など微塵も感じていない様子で、鈴木はあくびを噛み殺しながら入ってきた。

「き、貴様は何者だ! 守はどうした!? あの石頭の看守を呼べ!」

「守さんは今日休みっすよ。俺、夜勤の鈴木っす。よろしく〜」

 鈴木は持っていた懐中電灯を天井に向け(直接顔に当てない配慮)、ヒョイヒョイとベッドに近づいてくる。

「貴様、気安く近寄るな! 我は魔王ヴェルザリア……触れる者みな腐り落ちる呪いの肉体ぞ!」

「あ、ハイ。設定(キャラ)了解っす。で、トイレっすか? それとも喉乾いた感じ?」

 通じない。

 魔王渾身の威圧が、暖簾(のれん)に腕押しのようにスルリと抜けていく。

「トイレではない! 我はこれより厨房を制圧し、供物を奪取するのだ!」

「あー、腹減ったんすね。でも今はダメっすよ。夜中に食うと太るし、胃もたれするし」

 鈴木はまるで友達に話しかけるようなノリで、魔王が振り上げたティッシュ箱をサッと受け取り、元の位置に戻した。

「なっ……我が武器を奪っただと!? この男、手練れか……!」

「危ないっすからねー。てか、ちゃんと寝ないと明日化粧ノリ悪くなりますよ? 魔王的に肌荒れはNGっしょ?」

「ぐっ……! い、痛いところを……!」

 鈴木の言葉は、どんな高度な魔法防御も貫通して、魔王の乙女心(?)に深く突き刺さった。

「ほら、お茶置いとくんで。これ飲んで落ち着きましょ」

 鈴木は手際よく吸い飲みにお茶を入れ、サイドテーブルに置く。その動作には一切の無駄がない。見た目はチャラそうだが、夜勤の実務は完璧だった。

「……貴様、名はなんと言ったか」

「鈴木っす」

「スズキ……。聞いたことのない種族の名だ。もしや、異世界からの転生者か?」

「いや、地元の専門学生っす。介護の」

 鈴木はニカっと屈託なく笑うと、魔王の乱れた布団を肩まで優しく掛け直した。

「じゃ、おやすみっすー。センサー入れ直すんで、また起きたら秒で来るっすよ」

 パチン。

 ベッドサイドのスイッチが操作され、再び結界(センサー)が再構築される。

「あ、そうだ。暴れると守さんにチクることになってるんで。その辺ヨロシクっす」

「!!」

 去り際に放たれた一言は、どんな封印魔法よりも強力だった。

 あの説教臭い男(守)に、この失態を知られるのだけは避けたい。

 ガラリ。

 ドアが閉まる。再び部屋に、重苦しい静寂が戻った。

「……スズキ……恐ろしい男だ……」

 魔王は布団の中で小さく震えた。

 殺気も敵意もなく、ただ純粋な「軽さ」と「コミュ力」で魔王を無力化する。

 現代の若者(Z世代)という未知の強敵の出現に、魔王のプライドはズタズタだった。

 一方、廊下にて。

 鈴木はスマホの画面でSNSをチェックしながら、独りつぶやいた。

「ヴェルザリアさん、マジでキャラ濃いな〜。あの設定でVtuberとかやったら、絶対バズるんじゃね?」

 夜勤明けの平和な朝まで、あと4時間。

 魔王の受難は続く。

(第3話 完 / 第4話へ続く)

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魔王様(要介護3)と聖剣(車椅子)は使いよう クマさん介護福祉士 @kikuchi0913

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