第2.5話 魔力回復(リハビリ)と泥人形(求人倍率)は使いよう

第2話の激闘(入浴介助)から数日後。

 特別養護老人ホーム「エデン」のスタッフルームでは、不穏な作戦会議が行われていた。

「……で、魔王様。ゴーレムの納期はいつになりますか?」

 俺、佐藤守は真剣な眼差しで問いかけた。

 目の前には、とろみ付きの紅茶を優雅に啜る魔王ヴェルザリア(要介護3)がいる。

 彼女は不敵に笑い、カップを置いた。

「フン。貴様ら人間はせっかちだな。我が魔力は枯渇しているのだ。今のままでは、粘土をコネて団子を作るのが関の山よ」

「団子じゃ困ります。夜勤ができる強靭な肉体が必要です」

「ならば、我に力を捧げよ。魔力を練り上げるための『儀式』が必要だ」

 魔王の言う「儀式」。

 俺と施設長(元勇者)は顔を見合わせ、深く頷いた。

「分かりました。では、『機能訓練室』へ行きましょう」

「……ほう? なんだその魔術的な響きは」


機能訓練室。そこには、二本の長い鉄棒が平行に並んでいた。

 通称、平行棒。歩行訓練のための器具である。

「ここが『魔力増幅の間』です」

「ただの鉄の棒ではないか」

「いいえ、この棒に掴まり、己の足で立ち上がることで、大地のマナ(筋力)を丹田(体幹)に吸い上げることができるのです」

「……なるほど。理にかなっている」

 魔王は俺の適当な嘘にあっさりと食いついた。

 彼女は車椅子から手を伸ばし、プルプルと震える腕で平行棒を握りしめた。

「ぐぬぬ……! 重い……! 我が肉体が、鉛のように重いぞ……!」

「頑張ってください! 立ち上がらないとゴーレム召喚(人材確保)ができません!」

「黙れ! 今、精神統一をしているのだ! ……はぁっ!」

 魔王が、ガタリと立ち上がった。

 生まれたての子鹿のような頼りない足取り。だが、確かに自分の足で立っている。

「おお……! 見よ人間! 地脈から力が……力が湧き上がってくるのを感じるぞ!」

「すごい! その調子で3往復しましょう!」

「貴様、我を殺す気か!」

 文句を言いながらも、魔王は「ゴーレムを作って人間を支配する」という野望のために、汗だくになってリハビリをこなした。

 その姿は、端から見れば「懸命にリハビリに励むお婆ちゃん」そのものだったが、彼女の脳内では世界を揺るがす大魔術の詠唱が行われているらしい。


15分後。

 車椅子に戻った魔王は、荒い息を吐きながらも、満足げに笑っていた。

「ククク……。今日はこれくらいにしておいてやろう。……だが、手応えはあった」

「お疲れ様でした。これで少しは魔力(体力)が戻りましたか?」

「ああ。……これならば、近いうちに『結界(センサー)』を破れるかもしれん」

 魔王がボソリと呟いた不穏な一言を、俺は聞き逃してしまった。

 俺の頭の中は、これから手に入るであろうゴーレム(無料の労働力)への期待でいっぱいだったからだ。

 だが、俺は忘れていた。

 魔王が力を取り戻すということは、同時に「行動範囲(トラブルの範囲)」が広がるということを。

 その夜。

 施設内に、けたたましいアラーム音が鳴り響くことになるのを、今の俺はまだ知らない。

(第2.5話 完 / 第3話へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る