若返りの薬【2000文字】

有梨束

見た目だけが若返っていく

人の寿命を伸ばす研究は、失敗続きだった。

その代わりに出来たのが、『若返りの薬』だった。

服用すると、身体だけが若返るのである。

最初の変化で20代のようになり、そのあと小学生ほどに戻り、最終的には赤ん坊になって、見た目が赤ん坊のまま老衰死するというものだった。

若返るスピードはその人の寿命に比例しているという。

これがそこそこ売れた。

見た目が老いることに抵抗ある者にとっては、画期的だった。

他にも老人の介護問題においては、大の大人のよりも赤ん坊の介護の方がマシかもという意見も散見された。

賛否両論あったその薬を、俺も飲むことにした。


最初に飲んで寝た次の日、鏡を覗くと20代の俺が映っていた。

白髪混じりの髪は黒々としていて、額の皺もなくなった。

俺はわからなかったけど、娘には加齢臭がしなくなったと喜ばれた。

会社でも後輩たちの距離がなんとなく近くなったような気がした。

前より話しかけやすいんだと、酔っ払った直属の部下酒井が言っていた。

俺の変化を見て、同僚も何人か服用し始めた。

ハゲ治療をするよりいいなと部長がガハガハ笑っていて、ウケていた。

40になったら自分も飲みます!という後輩が増えた。

会社の中の3分の1くらいが、20代の見た目になった。


世間でも同じくらいの比率で、見た目の若い人が増えた。

特に副作用もなく、少し高いサプリを飲んでいるのとなんら変わらない。

ただ毎日カプセルを飲むだけだ。

手軽だし、おっさんの俺にも取り入れやすかった。

妻は飲まなかった。

2人して赤ん坊になったら誰が世話するんですかと言われた。

それはその通りだった。

興味半分、切実半分で1人だけ飲んでしまったことを申し訳なく思った。

娘からは好評だった。

一緒に出かける日も増えた。

私も美容外科が気になり始めたら『若返りの薬』を飲むんだと言うようになった。


発売から1年、初めて赤ん坊になった人が老衰死を迎えたニュースが出た。

ご家族のインタビューが出て、擁護する人の方が若干増えた。

『最初は反対していたんです。でも最後の半年は赤ちゃんでいてくれたので、車椅子の介助なんかもしなくていいですし、相手が赤ちゃんだと仕方ないと思えることが多くて。普通に過ごすよりも、穏やかに見送れたんじゃないかなって、今は思います』

介護現場では、保育士の資格を持つ人材が必要とされるようになっていった。

老年内科や整形外科より、小児科が求められる時代が来ていた。

若返りの薬を飲んだ人専用の保育園を始めようという動きまで出てきた。

あなたが定年退職したら保育園に入れましょうと、妻は冗談を言うようになっていた。


部長の見た目が高校生くらいになった。

社会人に見えなくて紛らわしいっすね、と酒井たちは笑っていた。

若返りの薬を飲んだ見た目が未成年の大人たちの、急性アルコール中毒のニュースも出るようになっていた。

本人は大人のつもりでいても、体は未熟になっている。

のちに、見た目年齢未成年にも酒と煙草は禁止されるようになった。


部長はあっという間に小学生ほどになって、仕事をするのが難しくなった。

マルチタスクも大変そうだったし、言葉もなんとなく幼くなった。

最初はキッズスーツで可愛いと持て囃されていたが、どんどん足手纏いになっていくのは明らかだった。

程なくして部長は早期定年退職をした。

俺も高校生くらいになっていた。


中学生くらいの見た目になった頃、渋く年取った上司に退職を促された。

自分でも潮時だと思ってはいたのでショックだったが、そうすることにした。

最近は反抗期のようにイライラするし、物事を考えるキャパが小さくなっているのが自分でわかっていた。

やたらとニキビも出来た。

中学生ってこんなだったっけと、自分の変化に初めて少し怯んだ気持ちになった。

身長は娘と同じくらいになっていた。

パパなんか小さ〜いと、バリバリの社会人になっていた娘に言われて腹立たしかった。


仕事を辞めて小学校低学年くらいの見た目になった頃、自分の語彙力が低下していることに気づいた。

あと妻に対しても怒ることが多くなった。

例えば戸棚の瓶を取ってくれたのに対して、自分で出来るもん!という気持ちになるのだ。

それでいて、甘えたくもなるのだ。

勝手に怒って勝手に拗ねては、さっきはごめんと妻に擦り寄った。

自分でもそんなことしたいわけではないのに、どうしてもそうなってしまう。

その頃には、妻に頭を撫でられるのが何よりも好きなことになっていた。


そしてとうとう、若返りの薬服用専用の保育園に入れられた。

初日の登園日、数人いる見た目が子供の集団にゾッとした。

この全部が大人なのだ。

全員、子供も保育士も、もれなく大人なのに光景は保育園だった。

悍ましかった。

悍ましいって、なんだったっけ。

気付けば吐いていた。

ああ、自分の意思の形がぼやけていくのがわかる。

俺が、俺でなくなっていく。

なんで、お薬を飲んだんだっけ…──。



「おぎゃああ、おぎゃああ」



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