第二章:学園の影支配者(2)


入学式を終え、僕はSクラスの教室に向かった。

Sクラス。

それは全校生徒の中でも、特に優れた魔力や才能を持つ者だけが選抜される特進クラスだ。

当然、ここには将来の帝国を担うエリートたちが集まっている。


教室の扉を開けると、二十人の新入生たちの視線が一斉に僕に注がれた。

先ほどのスピーチの影響だろう。

畏敬、好奇心、そして嫉妬。

様々な感情が混ざり合った視線を涼しい顔で受け流し、僕は指定された席へと向かった。


僕の席は、教室の後方、窓際の一番後ろだった。

隣の席には、すでに一人の少年が座っている。

黒髪に、鋭い眼光。

腰には家宝である名剣を佩き、背筋をピンと伸ばして座っている。

アレクサンドル・ヴァレンティーノ。

ヴァレンティーノ公爵家の嫡男であり、僕の最大のライバル(候補)だ。


「……隣か」


アレクサンドルが、僕の方を見ずに呟いた。

その声は低く、拒絶の色を含んでいる。


「奇遇だね、アレクサンドル君。これからよろしく頼むよ」


僕は社交的な笑顔で手を差し出した。

だが、彼はその手を無視し、窓の外を見つめたまま言った。


「馴れ合うつもりはない。俺はお前を認めていないからな」


「ほう?先ほどのスピーチがお気に召さなかったかな?」


「いや、スピーチは悪くなかった。……だが、お前からは『戦士の匂い』がしない」


アレクサンドルはようやく僕の方を向き、睨みつけた。


「言葉で人を操り、裏でコソコソと動く。お前からはそんな陰湿な気配がする。俺はそういう奴が一番嫌いだ」


(……鋭いな)


僕は内心で舌を巻いた。

さすがは武門の名家。本能的な勘が鋭い。

彼は正しい。僕は戦士ではない。ネクロマンサーだ。

正面から剣を交えるよりも、背後から毒を盛る方が性に合っている。


「それは残念だ。でも、君のような真っ直ぐな人は嫌いじゃないよ」


僕は手を引っ込め、肩をすくめた。

嫌いじゃない。むしろ大好きだ。

こういう一本気なタイプほど、一度折ってしまえば忠実な手駒になるからだ。


その時、教室の前方から声がかかった。


「よお、アルヴァ!隣の席、空いてるか?」


カイル・ヴァシリーンだ。

彼は人懐っこい笑顔で近づいてきた。

茶色の髪に、少し垂れ下がった目尻。

一歳の頃は僕を見て泣き出していた彼も、七歳になって随分と図太くなったようだ。


「やあ、カイル。残念だけど、隣はアメリアの席だよ」


「ちぇっ、相変わらずラブラブだな。……まあいいや、俺は前の席にするよ」


カイルは僕の前の席に鞄を置いた。

そして、小声で囁いてきた。


「おい、大丈夫か?さっきのスピーチ、かなり攻めてたけど」


「何のことかな?」


「とぼけるなよ。レオンハルト王子、顔真っ赤にして怒ってたぞ。『あの新入生、絶対に許さん』って」


「それは光栄だね。王族に顔を覚えてもらえるなんて」


「お前なぁ……」


カイルは呆れたように頭を抱えた。

彼は中立派を自称しているが、こうして僕に忠告してくれるあたり、根は善人なのだろう。

あるいは、僕という「爆弾」の近くにいることで、スリルを楽しんでいるのかもしれない。


チャイムが鳴り、担任教師が入ってきた。

初老の男性教師だ。厳格そうな顔立ちをしている。

彼は教壇に立つなり、教室を見渡した。


「私が担任のガランドだ。このクラスは特進クラスだが、特別扱いはしない。実力のない者は容赦なく下のクラスへ落とす。心しておけ」


典型的なスパルタ教師だ。

ガランド先生は黒板にチョークを走らせ、魔法陣の基礎理論を解説し始めた。

授業自体は退屈だった。

前世の記憶がある僕にとって、七歳児向けの基礎理論など、あくびが出るほど簡単だ。

だが、僕は真面目な顔でノートを取るふりをした。

「神童」としての仮面を維持するためだ。


一方で、隣のアレクサンドルは授業を全く聞いていなかった。

彼は机の下で、何かの魔導書を読んでいる。

チラリと見ると、『古代剣術・奥義書』というタイトルが見えた。

……授業中に剣術の勉強か。

本当にブレない男だ。


そして、僕の右隣。

アメリアは、授業そっちのけで僕の横顔を見つめていた。

ノートには魔法陣ではなく、僕の似顔絵(やけに美化されている)がびっしりと描かれている。

……集中してくれ、アメリア。


昼休み。

予感は的中した。

教室のドアが荒々しく開かれ、上級生の三人組が入ってきたのだ。

腕には「王道会」の腕章。レオンハルト王子の手下たちだ。


「一年Sクラスのアルヴァ・セルヴァンはどいつだ!」


リーダー格の大柄な少年が怒鳴る。

教室が静まり返る。

カイルが「うわ、来たよ」という顔で振り返る。

アレクサンドルは「くだらん」と呟き、また窓の外を見た。


僕はゆっくりと立ち上がり、優雅に手を挙げた。


「僕ですが。何か御用でしょうか、先輩方?」


「テメェか、生意気な新入生は」


上級生たちが僕の席を取り囲む。

威圧的な態度だ。だが、その足取りには隙があるし、魔力の練り方も甘い。

実力的には大したことはない。ただの数合わせの取り巻きだ。


「王道会会長、レオンハルト殿下からの呼び出しだ。放課後、裏庭の『第三演習場』に来い」


「第三演習場……ですか」


そこは、普段あまり使われていない、森の中にある古い演習場だ。

人目がなく、防音結界も張られている。

つまり、何をしてもバレにくい場所ということだ。


「わかりました。喜んで伺います」


僕はニッコリと笑った。

その笑顔に、上級生たちは一瞬たじろいだようだった。

普通なら怯えるか、反発する場面だ。

だが、僕の表情には余裕しかない。それが不気味に映ったのだろう。


「ふ、ふん。逃げるんじゃねぇぞ」


捨て台詞を残して、上級生たちは去っていった。


「……行くのか、アルヴァ」


アレクサンドルが、ボソリと言った。


「罠に決まってるだろう。行けば袋叩きだぞ」


「わかっているよ。でも、先輩からの愛の呼び出しを無視するわけにはいかないだろう?」


「馬鹿か、お前は」


アレクサンドルは呆れたように溜息をついた。

だが、その目は僕を心配しているようにも見えた。

意外といい奴なのかもしれない。


「アルヴァ様、私も行きますわ」


アメリアが立ち上がる。

彼女のスカートの中で、カチャリと金属音がした。暗器の準備は万端らしい。


「いいや、アメリア。今回は僕一人で行く」


「えっ?でも……」


「大丈夫。これは僕の『デビュタント(初陣)』だ。派手にやるから、君は特等席で見学していてくれ」


僕は彼女の頭をポンポンと撫でた。

アメリアは不満そうだったが、僕の目を見て何かを悟ったのか、大人しく座った。

「……わかりました。でも、怪我をしたら許しませんからね」


放課後。

僕は約束通り、裏庭の第三演習場へと向かった。

夕日が木々を赤く染め、長い影を落としている。

演習場の入り口には、十数人の上級生たちが待ち構えていた。

その中心に、レオンハルト王子が立っている。


「よく来たな、アルヴァ・セルヴァン」


王子が歪んだ笑みを浮かべる。


「今朝のスピーチ、なかなか威勢が良かったじゃないか。『古い葉は落ちろ』だったか?……誰のことを言っているのか、じっくり教えてもらおうか」


王子が合図を送ると、上級生たちが一斉に魔杖を構えた。

十対一。

完全なリンチの構図だ。

だが、僕は怖くなかった。

むしろ、歓喜で震えそうだった。


「ええ、お教えしましょう殿下」


僕は一歩前に出た。

影が伸びる。

夕日の影ではない。僕の足元から広がる、どす黒い闇の影だ。

その影の中から、無数の目玉と、鋭い牙を持った『何か』が、ギョロリと上級生たちを見上げた。


「古い葉は、腐って土に還るだけだということをね」


さあ、課外授業(パーティー)の始まりだ。

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