第二章:学園の影支配者(1)
王立魔法学園。
帝都の中心に聳え立つ白亜の巨塔と、広大なキャンパス。
ここは帝国の未来を担う貴族の子弟たちが集まり、魔法と教養、そして権謀術数を学ぶ場所だ。
僕は真新しい深紅の制服に身を包み、大講堂の舞台袖に立っていた。
隣には、同じく新入生となるアメリアがいる。
彼女は僕のネクタイを丁寧に直しながら、心配そうに、けれど期待に満ちた瞳で見上げてきた。
「いよいよですね、アルヴァ様。……原稿は、そのままで?」
「ああ。学園側が用意した『模範解答』通りに読むさ。……ただし、読み方は僕のアレンジを加えるけどね」
僕は薄く笑った。
これから行うのは、ただの新入生代表挨拶ではない。
表向きは「完璧な優等生」を演じつつ、特定の相手——レオンハルト王子とその派閥——にだけ届く「毒」を含ませた、高度な心理戦だ。
いきなり「俺が魔王だ」なんて叫ぶような真似はしない。それは三流の悪役だ。
一流の悪役とは、笑顔で握手を求めながら、相手の指をへし折るものだ。
***
「新入生代表、アルヴァ・セルヴァン」
学園長の声が響く。
僕はゆっくりと、優雅な足取りで壇上へと上がった。
千人を超える全校生徒の視線が、一斉に僕に注がれる。
その視線には、好奇心と嫉妬が入り混じっている。「セルヴァン公爵家の神童」というブランドは、良くも悪くも目立つのだ。
最前列には、在校生代表としてレオンハルト王子が座っている。
彼は腕を組み、つまらなそうに僕を見上げている。
『どうせ、ありきたりな挨拶だろう』という油断が見て取れる。
……いい餌だ。その油断ごと、食らい尽くしてやる。
僕はマイクの前に立ち、一呼吸置いた。
そして、会場全体を見渡すような、清涼感のある笑顔を浮かべた。
「——春風駘蕩の候、我々新入生一同、この歴史ある王立魔法学園に入学できたことを、心より光栄に思います」
第一声は、完璧な美声。
抑揚の効いた、聞き取りやすいスピーチ。
教師たちが満足げに頷くのが見える。これぞ貴族の模範だと。
「本学園は、帝国の未来を担う『指導者』を育成する場です。伝統を重んじ、秩序を守り、民を導く。それが我々に課せられた使命であると、肝に銘じております」
僕は言葉を区切り、レオンハルト王子の方を見た。
彼もまた、満足げに頷いている。
自分たち王族にとって都合の良い「従順なエリート」の挨拶だと思っているのだ。
さあ、ここからだ。
僕はトーンを変えず、しかし声に微量な魔力(精神干渉波)を乗せて続けた。
「……しかし、指導者とは何でしょうか?
ただ血筋が良いだけの者が、その座に相応しいのでしょうか?
ただ、守られた鳥籠の中で、親の威光を借りて空を飛んだ気になっている者が、真に空の広さを知っていると言えるのでしょうか?」
ピクリ、と王子の眉が動いた。
会場の空気がわずかにざわつく。
言葉自体は一般論だ。だが、そのニュアンスが、どこか特定の人物を指しているように聞こえる。
「歴史を振り返れば、帝国は常に『変革』によって発展してきました。
古い慣習に固執し、変化を恐れる者は、いずれ時代の波に飲まれて消えていく。
それは、たとえどれほど高貴な身分にあろうとも、逃れられない運命(さだめ)です」
僕はここで、敢えて王子と目を合わせた。
そして、聖女のように優しい微笑みを向ける。
——『お前のことだよ、レオンハルト』という、無言のメッセージを込めて。
王子の顔色が変わった。
怒りか、それとも無意識の恐怖か。
彼は自分の椅子を強く握りしめている。
だが、怒鳴ることはできない。僕の発言はあくまで「一般論としての帝国の歴史」であり、不敬罪に問えるような失言は何一つないからだ。
(……苦しいだろう?殿下)
僕は内心で嘲笑った。
これが「大人の喧嘩」だ。
正論というナイフで、相手の急所を撫で回す。傷つけずに、痛みだけを与える。
「我々新入生は、この学園で『真の実力』を証明したいと願っています。
家柄や派閥に頼るのではなく、己の研鑽によってのみ評価される。
そんな公平で、実力主義的な校風こそが、この学園の誇りであると……僕は信じて疑いません」
嘘だ。
この学園が不公平の塊であることは知っている。
だが、こうして公言することで、上級生たちに釘を刺す。「不公平な真似をすれば、それは学園の誇りを汚すことだぞ」と。
「未熟な我々ですが、先輩方の背中を追いかけ、いつか追い越せるよう、精進して参ります。
……古い葉が落ちてこそ、新しい芽が息吹くのですから」
最後の一文。
それは明確な「世代交代」の宣言だった。
一瞬の静寂。
そして——割れんばかりの拍手が巻き起こった。
教師たちは「素晴らしい向上心だ」と感動し、何も知らない生徒たちは「なんて立派な挨拶だ」と称賛している。
だが、レオンハルト王子とその取り巻きたちだけは、拍手をしていなかった。
彼らは理解したのだ。
この挨拶が、従順な後輩からの誓いの言葉などではなく、
『お前たちはもう古い。僕たちがとって代わる』
という、慇懃無礼な宣戦布告であることに。
僕は優雅に一礼し、壇上を降りた。
完璧だ。
表向きは「神童」の評価を盤石にしつつ、敵対勢力だけを確実に苛立たせた。
これで、向こうから手を出してくる大義名分が整った。
舞台袖に戻ると、アメリアが震えながら待っていた。
「……意地悪ですわ、アルヴァ様」
彼女は頬を赤らめ、熱っぽい吐息を漏らす。
「あんなに綺麗な言葉で、あんなに残酷に追い詰めるなんて。……王子殿下、顔色が土気色になっていましたよ。まるで、自分の墓標を見せられたみたいに」
「彼には良い薬だよ。自分が『安泰な立場』にいないことを自覚してもらう必要がある」
僕はネクタイを緩めず、背筋を伸ばしたまま答えた。
まだ気は抜けない。ここは敵地だ。
「さあ、教室へ行こうか。
きっと、素敵な『新入生歓迎会(呼び出し)』が待っているはずだ」
こうして、僕の学園生活は幕を開けた。
派手な花火を打ち上げるのではなく、静かに、しかし確実に広がる猛毒のように。
影の支配者としての第一歩を、僕は踏み出したのだ。
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