第一章:赤ん坊の秘密と、黒すぎる英才教育(8)
王宮での謁見から数日後。
セルヴァン公爵邸では、今日も今日とて「微笑ましくも邪悪な」日常が繰り広げられていた。
「あるゔぁにいさま~!」
パタパタと危なっかしい足音を立てて、小さな女の子が僕の部屋に飛び込んできた。
イザベラだ。
僕より一つ年下の妹、現在三歳。
ふわふわの金髪に、大きな青い瞳。フリルのドレスを着て、お気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめている姿は、まさに天使そのものだ。
だが、その天使の手には——毒々しい紫色の花が握られていた。
「みてみて! おにわで、きれいなおはな、みつけたの!」
「イザベラ、それはトリカブトの変異種だね。素手で触るとかぶれるよ」
「へいき! イザベラ、つよいもん!」
彼女はケラケラと笑い、その花を僕の机の花瓶に無造作に生けた。
この妹、見た目は愛らしいが、毒草や危険な生き物に対する耐性と好奇心が異常に高い。
将来、毒殺を得意とする淑女になる未来が透けて見える。
「それでね、おうきゅうから、おてがみきたの!」
彼女がポケットから取り出したのは、ピンク色の封筒だった。
差出人は、王妃イザベル。
「『こどもおちゃかい』だって。……ねえ、あるゔぁにいさま。イザベラ、いってきてもいい?」
彼女は上目遣いで僕を見つめる。
三歳児特有の無邪気さと、計算された媚びが混ざった最強の表情だ。
「王妃は危険だぞ。君を人質にするつもりかもしれない」
僕が警告すると、後ろから優雅な声がかかった。
「あら、大丈夫よアルヴァ。……ママも一緒に行くから」
振り返ると、母上・セレナが扉に寄りかかっていた。
その手には、イザベラとお揃いのピンク色の封筒が握られている。
「王妃様からの招待状、私にも届いていたの。『可愛い娘さんと一緒に、育児のお話をしましょう』ですって。……ふふ、白々しいわね」
母上の目が、スッと細められた。
その瞳の奥には、冷え切った殺意が渦巻いている。
「あの女、まだ懲りずに私たちの家族にちょっかいを出す気ね。……いいわ。受けて立ちましょう」
「ママ、いっしょにいってくれるの?」
「ええ、もちろんよイザベラ。あなたが王妃様に『プレゼント』を渡すところ、ママが一番近くで見届けてあげるわ」
母上はイザベラの頭を撫でながら、悪戯っぽく微笑んだ。
その「プレゼント」の意味を、僕たちは全員理解していた。
地下実験室で、僕と母上が夜なべして開発した『特製クッキー』のことだ。
「でも母上、王宮の毒見役は優秀です。検知魔法をすり抜けられますか?」
僕が懸念を口にすると、母上は自信たっぷりに胸を張った。
「アルヴァ、ママを誰だと思ってるの? 元・王立研究所のエースよ? 今の王宮魔導師たちが使っている検知器なんて、私が二十年前に設計した旧式モデルだわ」
彼女は指先で空中に魔法陣を描いてみせた。
「毒の成分を『美容成分』として偽装する術式を組んでおいたわ。検知器を通しても、『肌に良いコラーゲン』としか反応しないはずよ。……ま、ある意味では間違ってないわね。肌の細胞分裂を異常加速させて、老化させるんだもの」
恐ろしい技術力だ。
この母にして、この娘あり。
最強の母娘タッグの結成だ。
「わかった。……頼んだよ、二人とも。でも、無理はしないで」
「はーい! いってきまーす!」
イザベラは元気に手を振り、母上と手をつないで部屋を出て行った。
僕は窓から、二人が乗り込む馬車を見送った。
華やかに着飾った美しい母と、天使のように愛らしい娘。
誰が見ても、幸せな貴族の母娘だ。
まさかそのバスケットの中に、国の支配者を破滅させる呪物が詰め込まれているとは、誰も夢にも思うまい。
***
数日後。
王宮のお茶会当日。
王妃の間は、甘いお菓子の香りと、上品な会話で満たされていた。
だが、その空気には微かな緊張感が漂っていた。
『ようこそ、セレナ公爵夫人。そしてイザベラちゃん』
王妃イザベルが、満面の笑みで迎える。
その若々しい美貌は、今日も不気味なほど完璧だ。
『お招きいただき光栄ですわ、王妃殿下』
母上・セレナが優雅にカーテシー(礼)をする。
その所作には一点の隙もない。
そして、母上のスカートの影から、イザベラがちょこんと顔を出した。
『はじめまして、おうひちゃま! イザベラです!』
舌足らずな挨拶。
三歳児として完璧な振る舞いだ。
王妃の目が、値踏みするようにイザベラを見つめる。
『まあ、なんて可愛いのかしら。……アルヴァ君に似て、聡明そうな目をしているわね』
『ええ。兄妹揃って、私の自慢の子たちですわ』
母上がイザベラの肩に手を置く。それは愛情表現に見えて、実は王妃からの精神干渉を防ぐための結界を展開していた。
『これ、ママとつくったの! おうひちゃまにプレゼント!』
イザベラが、小さなバスケットを差し出した。
中には、可愛らしい動物の形をしたクッキーが入っている。
『まあ、手作り? 嬉しいわ』
王妃が手を伸ばそうとすると、後ろに控えていた侍女長が進み出た。
『失礼いたします。毒見を』
侍女長が魔導器をかざす。
ブゥン、と低い音がして、魔導器のランプが緑色(安全)に点灯した。
さらに、侍女長自身がクッキーの端を少しかじり、数分待つ。
……変化なし。
『問題ございません』
『そう。ありがとう』
王妃は警戒を解き、クッキーを一つ手に取った。
母上とイザベラは、息を殺してそれを見守る。
今、この瞬間が勝負だ。
『いただくわね』
サクッ。
乾いた音が響いた。
王妃がクッキーを飲み込む。
(……勝った)
母上は内心で喝采を叫んだ。
このクッキーに含まれているのは、ただの毒ではない。
食べた直後には何の影響もないが、王妃が毎晩行っている「若返りの儀式」の魔力と反応し、その効果を逆転させる「呪いの種」だ。
今日から彼女は、若返ろうとすればするほど、逆に老化していくことになる。
『おいしいわ。……セレナ夫人、お料理もお上手なのね』
『恐縮です。美容に良いハーブを少し混ぜておりますの。殿下の美しさに少しでも貢献できればと』
『あら、気が利くわね。ふふふ』
王妃は上機嫌だ。
自分の体が内側から蝕まれ始めたことにも気づかずに。
その後、お茶会は和やかに進んだ。
王妃は巧みに話題を変え、セルヴァン家の内情を探ろうとした。
『そういえば、アルヴァ君はお元気? 最近、地下室に籠もっているという噂を聞いたのだけど』
鋭い。どこから情報が漏れているのか。
母上は顔色一つ変えずに答えた。
『ええ、あの子は読書家ですから。地下の書庫がお気に入りなんですの。……最近は「ネズミの生態」に夢中みたいで』
すかさずイザベラが割り込む。
『うん! あるゔぁにいさまね、「ネズミさんとおはなしできる」っていってたの! 「おきて」っていうとね、しんでたネズミさんがおどりだすんだよ! すごいでしょ!』
『……ほう?』
王妃の目が光る。
死霊術の証拠か?
『でもねー、ママにいったら「それはゆめだよ」っていわれたの。イザベラも、ゆめだとおもう! だってネズミさん、きたないもん!』
イザベラはケラケラと笑った。
あまりにも子供らしい、支離滅裂な発言。
これには王妃も毒気を抜かれたようだ。
『……そう。子供の想像力というのは豊かね』
王妃は苦笑して、話題を打ち切った。
「三歳児の妄言」として処理されたのだ。
母上とイザベラの、完璧な連携プレーだった。
『そろそろお暇させていただきますわ。イザベラもお昼寝の時間ですので』
『ええ、またいらっしゃい。……そのクッキー、とても気に入ったわ』
『光栄です。また焼いて参りますわ』
母上とイザベラは、悠然と王宮を後にした。
背中を見送る王妃の手には、まだ半分残ったクッキーが握られていた。
彼女はそれを、愛おしそうに口に運ぶ。
それが、自分を破滅させる毒だとは知らずに。
***
帰りの馬車の中。
王宮の門を出た瞬間、母上は大きく息を吐き出し、イザベラを強く抱きしめた。
「よくやったわ、イザベラ! 完璧よ! あんなに上手にお芝居ができるなんて!」
「えへへ、ママもすごかったよ! あのオバサン、ぜんぜんきづいてなかった!」
「ええ。ざまあみなさいって感じね。……あの方が鏡を見る日が楽しみだわ」
母上は扇子で口元を隠し、冷たく笑った。
その横で、イザベラもまた、天使のような顔で邪悪に微笑む。
「シワシワになっちゃえーだ!」
最強の母娘は、勝利の凱旋を果たした。
これで王妃への「毒」は仕込まれた。
あとは時間が解決してくれる。
そして、月日は流れる。
僕たちは、表向きは「無邪気な子供たち」を演じながら、水面下で着々と力を蓄えていた。
兄のヴィクトールは、魔法剣士としての才能を開花させつつあった。
妹のイザベラは、その愛らしさを武器に、王宮内部へのパスポートを手に入れた。
婚約者のアメリアは、実家の暗殺ギルドを通じて、僕の手足となり動いていた。
そして、時は満ちた。
七歳。
王立魔法学園への入学の時が来たのだ。
「準備はいいか、アルヴァ」
学園への出発の朝。
十三歳になった兄上と、七歳になった僕、そして同じく七歳のアメリアが玄関に並ぶ。
イザベラ(六歳)はまだ入学年齢ではないため、涙目で見送ってくれている。
(※ここでイザベラも成長して6歳になっています)
「ずるいよ、おにいさまたちだけ! イザベラもはやくがくえんにいきたい!」
「すぐだよ、イザベラ。君が入学する頃には、僕たちが学園を『遊び場』に変えておいてあげるから」
僕は妹の涙を拭い、ニッコリと笑った。
さあ、行こう。
揺り籠から這い出した魔王の、次なるステージへ。
王立魔法学園。
そこは、次世代の権力者たちが集まる場所であり、僕にとっては最高の「人材(死体)発掘場」だ。
ライバルであるアレクサンドル。
親友のカイル。
そして、王子の取り巻きたち。
待っていろ。
僕が、退屈な学園生活を、最高にスリリングな「支配ゲーム」に変えてやるから。
【第一章 完】
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