第一章:赤ん坊の秘密と、黒すぎる英才教育(5)
王宮からの招待状。
それは、セルヴァン公爵家にとって一つの試金石だった。
「いいか、アルヴァ。今回のパーティーはただの祝賀会ではない」
出発の朝、父上は僕のネクタイを直しながら、低い声で言った。
鏡に映る四歳の僕は、オーダーメイドのタキシードに身を包み、いっぱしの貴公子に見える。
だが、その瞳の奥には、父上譲りの冷徹な光が宿っていた。
「第二王子派閥……つまり、王妃一派が我々の『値踏み』をする場だ。セルヴァン家が従順な犬か、それとも噛み付く狼かを見極めようとしている」
「わかっております、父上。僕は『無害で優秀な神童』を演じればいいのですよね?」
「そうだ。だが……」
父上はニヤリと笑った。
「舐められてはいけない。適度に牙を見せ、かつ尻尾を掴ませない。それが一流の悪役(貴族)というものだ」
「承知いたしました」
僕は恭しく一礼した。
演じるのは得意だ。前世で二十八年間、「良い子」を演じ続けてきたのだから。
だが今回は、その演技に「毒」を混ぜる。
それが楽しみで仕方なかった。
***
王宮の大広間は、煌びやかなシャンデリアと、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。
甘い香水の匂い。生演奏の音楽。
そして、その裏に渦巻く嫉妬と欲望の気配。
前世で何度も見た光景だが、ネクロマンサーの視点で見ると、全く違った景色に見える。
(……腐臭がすごいな)
僕は鼻をつまみたくなった。
物理的な臭いではない。ここにいる貴族たちの多くに憑いている、どす黒い生霊や怨念の臭いだ。
特に、あの中央にいる太った大臣。
背後に十数人の少女の霊が憑いている。……ロリコン趣味の拷問マニアか。後でイザベラに報告して、社会的に抹殺リストに入れておこう。
「アルヴァ様、お顔色が優れませんわ」
隣を歩くアメリアが、心配そうに僕の顔を覗き込む。
今日の彼女は、真紅のドレスを着ていた。
銀髪とのコントラストが美しく、会場中の視線を集めている。
だが、彼女の瞳は僕以外を映していない。
「大丈夫だよ、アメリア。ただ、空気が少し淀んでいるなと思ってね」
「ふふ。じゃあ、少し『お掃除』しましょうか?」
彼女は扇子で口元を隠し、物騒なことを囁く。
彼女のドレスの影には、僕が護衛用に貸与した「影法師(シャドウ・ストーカー)」という下級悪魔が潜んでいる。
いざとなれば、気に入らない貴族の影を食いちぎる準備は万全だ。
その時だった。
会場の入り口が騒がしくなり、ファンファーレが鳴り響いた。
「第二王子、レオンハルト殿下のご入場です!」
大歓声と共に、一人の少年が現れた。
レオンハルト。
金髪碧眼。整った顔立ち。
六歳にして、すでに王者の風格を漂わせている。
前世で僕を裏切り、処刑台へ送った男だ。
(……久しぶりだな、殿下)
僕は心の中で呼びかけた。
前世の記憶にある彼は、もっと狡猾で、歪んだ笑みを浮かべていた。
だが、今の彼はまだ幼い。
周囲の大人たちに媚びられ、自分が世界の中心だと信じて疑わない、無邪気な傲慢さが顔に出ている。
レオンハルト王子は、取り巻きの貴族たちを引き連れて、会場を練り歩く。
そして、僕たちの前で足を止めた。
「やあ。君が噂のセルヴァン家の神童、アルヴァか」
王子が見下ろすように言った。
六歳と四歳。身長差はあるが、それ以上に「身分」という壁でマウントを取ろうとしているのがわかる。
「お初にお目にかかります、殿下。アルヴァ・セルヴァンです」
僕は完璧なカーテシー(礼)をした。
隣のアメリアも、優雅にスカートを摘む。
「ふうん。もっと強そうな奴かと思ったが、随分とひ弱そうだな」
王子は鼻で笑った。
周囲の取り巻きたちも、追従してクスクスと笑う。
典型的な挑発だ。
ここで怒れば「無礼者」として処罰できるし、萎縮すれば「腰抜け」として笑い者にするつもりだろう。
浅はかだ。
こんな子供騙しの挑発に、僕が乗るとでも?
「ええ、おっしゃる通りです。僕は剣も弓も苦手でして」
僕は困ったように眉を下げて見せた。
そして、一歩前に出た。
「ですが、殿下。……背中、重くありませんか?」
「は?」
王子が怪訝な顔をする。
僕は小声で、彼だけに聞こえるように囁いた。
「左肩に、女性が乗っていますよ。……長い黒髪の、首に縄の跡がある女性が」
「ッ!?」
王子の顔色がサッと青ざめた。
彼は慌てて自分の左肩を払い、後ろを振り返る。
もちろん、そこには誰もいない。
だが、僕には見えていた。
王子の背後には、実際に女性の生霊が憑いていたのだ。おそらく、王子の乳母か、あるいは王妃によって消された誰かだろう。
「な、何を言っている! 気味の悪いことを言うな!」
「おや、見えませんか? 彼女、殿下の耳元で『寒いわ』って泣いているんですが」
「ひぃっ!」
王子は悲鳴を上げ、尻餅をついた。
会場がざわつく。
次期国王候補ともあろう者が、四歳の子供の一言で腰を抜かしたのだ。これは醜態だ。
「あらあら、殿下。お加減が悪いのですか?」
アメリアがすかさず追撃を入れる。
彼女は倒れた王子に手を差し伸べるふりをして、その耳元で冷たく囁いた。
「アルヴァ様を侮辱するから、バチが当たったのですよ。……次はありませんわ」
その声は、悪魔のように甘く、そして恐ろしかったはずだ。
王子はアメリアの手を振り払い、涙目で逃走した。
取り巻きたちも慌てて後を追う。
「……やりすぎたかな?」
「いいえ。あれくらいで逃げ出すなんて、器が知れていますわ」
アメリアは満足げに微笑んだ。
周囲の貴族たちは、何が起きたのかわからず困惑している。
だが、一部の鋭い者たちは気づいただろう。
セルヴァン家の子供が、ただ者ではないということに。
「ふむ。見事な『返し』だったな」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには見知らぬ少年が立っていた。
黒髪に、鋭い眼光。
年齢は六歳くらいか。王子と同じ年頃だが、纏っている雰囲気がまるで違う。
冷たく、理知的で、そしてどこか孤独な気配。
「アレクサンドル・ヴァレンティーノだ」
少年は短く名乗った。
ヴァレンティーノ公爵家。
セルヴァン家と双璧をなす、帝国武門の最高峰。
そして前世において、僕の最大のライバルであり、最後まで僕に勝てなかった男だ。
(……アレクサンドルか。懐かしいな)
前世の彼は、もっと直情的で熱血漢だった。
だが、今の彼は随分と冷めているように見える。
家庭環境に何か問題でもあるのだろうか?
「見ていたぞ。殿下に幻術でもかけたのか?」
「まさか。僕はただ、見えたものを言っただけですよ」
「フン。食えない奴だ」
アレクサンドルは僕を睨みつけたが、その瞳には敵意よりも、探究心のようなものが宿っていた。
「俺は父上から、お前をライバル視しろと言われている。セルヴァン家は目障りだから叩き潰せとな」
「それは怖いですね」
「だが、俺は群れるのが嫌いだ。殿下のように取り巻きを使ってイキるような真似はしない」
彼は腰に下げた木剣(模擬刀)に手をかけた。
「決着は実力でつける。……近いうちに、学園でお前を叩きのめしてやる。覚悟しておけ」
そう言い捨てて、彼は去っていった。
一匹狼。
孤高の戦士。
なるほど、前世とは少し違うルートを歩んでいるらしい。
だが、その真っ直ぐな性根は変わっていないようだ。
(……悪いな、アレクサンドル)
僕は彼の背中を見送って思った。
君は正々堂々と戦おうとしている。
だが、僕は違う。
僕はネクロマンサーだ。
君が一人で戦うなら、僕は千の死者を使って君を袋叩きにする。
卑怯? 大いに結構。
勝つことこそが全てだ。
「アルヴァ様、あの方……将来、良い『部下』になりそうですわね」
アメリアが的確すぎる評価を下した。
僕も同感だ。
彼のような真っ直ぐな男を、絶望の淵に叩き落とし、そして救いの手を差し伸べてやる。
そうすれば、彼は誰よりも忠実な「番犬」になるだろう。
「楽しみだね。学園生活が待ち遠しいよ」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
王子の醜態。ライバルとの遭遇。
そして周囲の貴族たちへの牽制。
今日の成果は上々だ。
だが、パーティーはまだ終わらない。
この後、僕たちは「本当の敵」と対面することになる。
王宮の奥座敷で待つ、帝国の黒幕。
王妃イザベルとの謁見が、僕たちを待ち受けていたのだ。
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