第一章:赤ん坊の秘密と、黒すぎる英才教育(4)

こうして、僕は二人の共犯者を得た。

武力担当の脳筋・ヴィクトール兄上。

謀略担当の小悪魔・イザベラ。

そして黒幕の僕、アルヴァ。

一歳、二歳、九歳という子供たちによる、世にも恐ろしい「セルヴァン兄弟同盟」の結成だ。


それからの日々は、まさに飛ぶように過ぎていった。

いや、正確には「飛ぶように敵を排除し、飛ぶように強くなっていった」と言うべきか。


二歳になった僕は、兄上との深夜特訓を続けていた。

兄上の剣術は、僕の「死霊による動きの補正(アシスト)」を受けて、メキメキと上達していた。

具体的には、剣を振る瞬間に霊たちが空気を押して加速させたり、相手の死角から視界を遮ったりするのだ。

卑怯?

いや、これは「戦術」だ。

兄上も最初は「騎士道に反するのでは?」と悩んでいたが、僕が(積み木で)『勝てば官軍』と教え込んだ結果、今では立派な「勝つためには手段を選ばない暗黒剣士」へと成長しつつあった。


一方、イザベラとの連携も順調だった。

彼女の持ち込んでくる依頼は、実に多種多様だった。

「嫌味な家庭教師のスープに下剤(霊的なもの)を入れたい」

「パパの浮気調査をしてほしい(ネズミの霊を使って)」

「ママの誕生日に、世界で一番綺麗な毒花をプレゼントしたい」

僕はそれら全てに完璧に応え、彼女からの絶対的な信頼を勝ち取っていた。


そして、僕自身の修行も忘れてはいけない。

母上・セレナによる英才教育は、日に日に過激さを増していた。

最近では、地下室での座学だけでは物足りないのか、実戦形式の訓練が増えていたのだ。


「いい?アルヴァ。今日は『死体蘇生(アニメイト・デッド)』の応用編よ」


ある日の午後。

母上は僕を連れて、領地の外れにある古戦場跡へとやってきた。

そこは数十年前に大きな戦があった場所で、未だに多くの遺骨が埋まっていると言われている心霊スポットだ。

普通の母親なら、幼児を連れてくる場所ではない。

だが、母上はピクニックに来たかのような笑顔で、バスケットを広げた。


「さあ、アルヴァ。この辺りの地面には、無念の死を遂げた兵士たちがたくさん眠っているわ。……全部、起こしてごらんなさい」


「あう(全部?)」


僕は首をかしげた。

この広大な平原に眠る死者の数は、軽く見積もっても千は超えるだろう。

一介のネクロマンサーが一度に使役できるのは、せいぜい十数体がいいところだ。

それを「全部」とは、いくらなんでも無茶振りすぎる。


「できないの?」


母上が悲しそうな顔をする。

その瞳の奥には、「できない子はいらないわ」という冷たい光が見え隠れしていた。

この人は優しいが、同時に完璧主義者だ。

セルヴァン家の跡取りとして、凡庸であることは許されない。


(……上等だ)


僕は闘志を燃やした。

前世の僕なら諦めていただろう。

だが、今の僕にはS級の才能がある。そして何より、この二年間で密かに培ってきた魔力制御の技術がある。

僕は地面に小さな手を突き立てた。


意識を沈める。

深く、深く。

土の下。岩盤の隙間。地下水の流れ。

そこかしこに眠る、朽ち果てた骨たちの声を聞く。


『寒い……』

『痛い……』

『帰りたい……』


無数の怨嗟の声が、僕の脳内に流れ込んでくる。

普通の精神なら発狂するレベルのノイズだ。

だが、僕はそれを冷徹に仕分けした。


(うるさい。文句を言うな)


僕は精神感応で一喝した。


(お前たちの無念はわかった。だが、ただ嘆いていても何も変わらない。復讐したいなら、力を貸せ。俺がその代行者になってやる)


瞬間、ノイズが止んだ。

代わりに聞こえてきたのは、歓喜と服従のざわめきだった。

『王よ』

『我らが王よ』


ズズズ……ッ。

大地が震えた。

地面に亀裂が走り、そこから土気色の手が無数に突き出してきた。

一体、二体ではない。

十体、百体、千体……!


朽ちた鎧を纏い、錆びた剣を握りしめたスケルトンの軍団が、次々と這い出してくる。

それは壮観にして、悪夢のような光景だった。


「あうー!(できたぞ!)」


僕は汗だくになりながら、母上に向かってVサインを作った。

さあ、褒めてくれ。

これだけの数を同時に制御できるネクロマンサーなんて、帝国の歴史上でも数人しかいないはずだ。


「……まぁ」


母上は目を見開いて、呆然としていた。

そして次の瞬間、僕を強く抱きしめすぎて、肋骨が軋むほどの力で締め上げた。


「素晴らしいわっ!!千体の軍団を一瞬で!?あなた、やっぱり魔王の生まれ変わりなんじゃないの!?」


母上は興奮のあまり、周囲のスケルトンたちに向かって叫んだ。


「あなたたち!私の息子に敬礼なさい!」


ザッ!

千体のスケルトンが一斉に、僕に向かって膝をつき、頭を垂れた。

その統率された動きに、僕は背筋がゾクリとするような高揚感を覚えた。


これが、力だ。

誰にも脅かされない、絶対的な暴力。

これがあれば、もう二度と理不尽に殺されることはない。

僕は、王妃派も、王子も、僕を陥れた全ての敵を、この軍団で踏み潰すことができる。


「ふふふ。パパに報告しなくちゃね。計画を前倒しにできるかもしれないわ」


母上は上機嫌で僕を抱き上げ、屋敷へと戻っていった。

背後では、スケルトンたちが自ら穴を掘り、再び土の中へと帰っていく。

『また呼んでください、王よ』という思念を残して。


こうして、僕は二歳にして「千の兵を持つ将軍」としての実力を証明したのだった。


***


そんな修行の日々を経て、僕は三歳になった。

そして運命の日。

アメリア・ファルシアとの出会いの日を迎えたのだ。


あの日のことは、前回の記録(第二章の冒頭)の通りだ。

僕たちは互いの「異常性」を認め合い、最凶の共犯者としての契約を結んだ。

だが、話には続きがある。

あの「婚約お披露目会」の後、僕とアメリアの関係がどう深まっていったのか。

それを語らねばなるまい。


婚約が成立してからというもの、アメリアは頻繁にセルヴァン邸を訪れるようになった。

表向きは「仲睦まじい婚約者同士のお茶会」だ。

だが、その実態は——闇の作戦会議だった。


「ねえ、アルヴァ様」


ある日の午後。

僕の部屋で、アメリアは紅茶を飲みながら言った。

彼女の足元には、僕がプレゼントした「動くぬいぐるみ(殺人クマ仕様)」が座っている。


「私ね、パパの書斎で面白いものを見つけたの」


彼女はドレスのポケットから、一枚の羊皮紙を取り出した。

それは古びた地図の切れ端のようだった。


「これは?」


「帝国の地下水路の地図よ。でも見て、ここ」


彼女が指差したのは、王宮の真下にあたる部分だった。

そこには、正規の地図には載っていない「隠し通路」が記されていた。


「これ、王族が緊急時に脱出するための秘密ルートなんですって。パパが暗殺ギルドの仕事で使うために隠し持っていたみたい」


「……それを、どうして僕に?」


「だって、必要でしょう?将来、あなたが王宮を攻め落とす時に」


アメリアは無邪気に微笑んだ。

恐ろしい子だ。

三歳にして、実家の機密情報を平気で持ち出し、婚約者に横流しするとは。

しかもその目的が「将来のクーデター支援」だなんて、愛が重すぎる。


「ありがとう、アメリア。これは役に立つ」


「ふふ、どういたしまして。……その代わり、ご褒美を頂戴?」


彼女は顔を近づけて、目を閉じた。

キスをねだっているのだ。

最近の彼女は、僕とのスキンシップに貪欲だ。

僕の魔力に触れると落ち着くらしいが、端から見れば完全にバカップルである。

僕は苦笑しながら、彼女の額に軽くキスをした。


「……唇じゃないの?」


「まだ早い。楽しみは取っておくものだよ」


「むぅ。アルヴァ様の意地悪」


アメリアは不満そうに頬を膨らませたが、その顔は幸せそうだった。


こうして、僕の周りには最強の布陣が完成しつつあった。

武の兄。知の妹。闇の母。権力の父。

そして、狂信的な愛を捧げる婚約者。

これだけの戦力が揃えば、もはや恐れるものはない。


そう思っていた。

だが、世界はそう甘くはない。

僕たちが着々と力を蓄えている一方で、敵もまた、動き出していたのだ。


第一章の終わりを告げる事件は、唐突にやってきた。

それは、僕が四歳になる直前のこと。

王宮から、一通の招待状が届いたのだ。


『第二王子殿下・生誕記念祝賀会への招待状』


差出人は——あの裏切り者の王子。

そして招待客のリストには、僕の名前と共に、アメリアの名前も記されていた。


(……来たか)


僕は招待状を握りつぶした。

運命の歯車が回り出す。

前世で僕たちを地獄へ落とした元凶との、最初の接触。

まだ幼いとはいえ、敵は王族だ。油断はできない。


「行きましょう、アルヴァ様」


アメリアが僕の手を握る。

その瞳は、冷たい殺意で輝いていた。


「あいつらに見せてやりましょう。私たちが、どれだけ『仲良し』で……どれだけ危険な存在かを」


「ああ。派手に行こうか」


僕はニヤリと笑った。

初めての王宮デビュー。

それは、僕たち「セルヴァン兄弟同盟」と「共犯者カップル」による、帝国への最初の宣戦布告となるはずだった。

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