亡霊の虚言

 青年とついでにアクアからあの事件から今までの概要と、そして牢に封じられていたその人の逃亡の知らせを聞いた黒い歌姫は、小さく溜息を吐いて剣を下ろした。

 そしてその剣を収納魔法でしまった後、白い歌姫の背を押した。

「もういいわよ。あの人が逃げたのならあなたにもお兄様にも利用価値はない。後々取引として使えるかもしれないけど、その時まであなたを抑え込めるとは思えないし」

 あっさりと自分を解放した黒い歌姫の顔を白い歌姫は呆然と見る、しかし黒い歌姫には彼女に話すことはもう何もないと言わんばかりの顔で彼女の顔を一瞥して、青年に顔を向ける。

「お兄様、一つ質問。ラズベリル、もしくはペッツォタイトという名前に聞き覚えはあるかしら?」

 それはアクアには覚えのない名前だった、青年もその名前に覚えはないらしく、訝しげな顔で首を横に振った。

「そう。……ふーん、なるほど、なるほどねえ……そうなったか、そうなっちゃったか……いや、これどっち…………うーん、どうしよ……」

「そのラズベリルとかペッツォタイトとかいうのは何者なんだ?」

 勝手に一人納得した顔の黒い歌姫に青年がそう問いかける。

「あの人の守護妖精」

「守護妖精? ……そんなものが憑いているという話は一度も……それにそんな気配も」

「そうでしょうね。本人も自称って言ってたし」

 こちらは、少なくともアクアは話についていけないが、黒い歌姫に説明する気はないらしい。

 黒い歌姫は突き放した白い歌姫に視線を戻して、小さく片手を上げた。

「それじゃ、私もう行くわ。怖い目合わせて悪かったわね」

 そう声をかけた黒い歌姫は、極々自然な足取りで舞台袖に消えようとした。

 あまりにも自然だったものだから、アクアは一瞬普通に見送りかけた。

「おい待て!! どこに行く気だ!!」

 しかし青年が鋭い怒号をあげる、その声にハッとしたのか彼の妻も慌てた顔で黒い歌姫の手を掴んでその場に引き留める。

 黒い歌姫はすごく鬱陶しそうな顔をした。

「うるさいわねえ。私がこの先どこで何をしても別にどうでもいいでしょう? あの人が逃げ出したのならもうあなた達に用はない。……というか、あなた達よりも先にあの人を見つけ出す必要がある。……大丈夫よ、あの人を見つけて話をしたら、その後にちゃんと自首するから」

「お前一人でどうする気だ。さっきも言ったがあいつは完全に正気を失っている。お前のことだってわからないかもしれない、わかったところで」

「大丈夫よ、殺されたりしないから。私、そういうの得意なのよ。……それに、あの人を正気に戻せるとしたら多分私だけだろうし。……自惚れよ? 失敗したら盛大に笑って頂戴」

 そう言って黒い歌姫は笑った。

 失敗したら笑えというが、笑えるわけないじゃんとアクアは思った。

「何が得意、だ。あいつは俺と同じか、それ以上に強い。しかもその力を暴走させている……何が起こるかわからない、何かあったらお前が死ぬだけじゃない、他に」

「他にも何か被害が出るだろう、って? そんなことどうでもいいわ。あの人さえ無事ならどうでもいい。他に誰が怪我しようが死のうが知ったこっちゃない」

 かつての噂と何も違わない我儘で自己中な態度を見せる黒い歌姫に、青年は厳しい表情で近寄る。

「我儘もいい加減にしろエリカ。そもそもあいつのことがなくたってお前を取り逃すつもりはない。この四年間どこで何をしていた。おれらがどれだけ心配したと思っている」

「知らないわよそんなこと。勝手に心配されてもこっちが迷惑なだけだわ。……ちょっと離しなさいよ、何よ意外と力強いわねあなた」

 黒い歌姫は白い歌姫の腕を引き剥がそうとしているが、白い歌姫は必死の形相で彼女の手を両手で掴んで離そうとしない。

「離さないもん……だってまだちゃんと話せてない……どこで何してたのか全部吐くまで、絶対離さないんんだから……!!」

「この……」

「そもそもあなた一人でどうする気!!? なんかよくわからないけど、なんかすごい人が逃げちゃったんでしょう!? その人を見つけるって言っても、どうやって探す気なの……!!」

 白い歌姫の怒鳴り声に全く動じた様子も見せず、黒い歌姫は淡々とした口調で答える。

「さあね、けどやり方はいくらでも。というか多分、私が探すよりもあちらに見つけてもらった方が早い……最近そういうのがあったから、同じ手口を使うのなら…………見せ物ね」

「見せ物?」

「ええ。さっきの剣はあの殺人事件で私が使った凶器だけど、それ以前にあの人の剣なの。あの人の剣を持った奴が何か目立ったことをすれば、噂話を聞いたあの人の方から足を運んでくれるかも。……闇雲に探すよりも手間はかからないでしょうね……とはいえ博打ではあるけど」

 そう言いながら黒い歌姫は白い歌姫に掴まれている腕をブンブンと振った、それでも白い歌姫はその手を離さない。

「見せ物って何をする気……お手伝いしてあげようか?」

「いらないわよ、あなたの助けなんて。あなたの手、というか声を借りたら騒ぎが大きくなりすぎる」

 黒い歌姫だけで大騒ぎになるだろうなとアクアは思った、四年前に突如失踪した彼女のファンは結構多いのである。

 その美しい歌声が失われているのだとしても、悲劇の歌姫の行方を、そして無事を知りたいという者達はこの国たくさんいるのだ。

「じゃあ、どうするっていうわけ、あなた一人で一体何を」

「物真似芸を」

「ものまね? あなたものまねとかできる人だったっけ? 一度もそんなの」

「できるぞ」

 その声を聞いた直後、アクアは思わず青年の方を見た。

 聞こえてきたのは青年の声だ、しかし何故そんなタイミングで青年が急に口を挟んできたのだろうか。

 白い歌姫も青年の方に顔を向ける、その時一瞬力が緩んだのか黒い歌姫が白い歌姫の手から逃れようとするが、失敗した。

「え? ダーリン?」

 しかし、青年は首を横に振る。

「おれじゃない、何も言ってない」

「唯一の特技なんだよね、これ。一発芸にしか使えないけど」

 今度はアクアの声だった、しかしアクアは当然、何一つ喋っていない。

 アクアは、そして青年も白い歌姫も一斉に黒い歌姫の顔を見る。

「これだけ変えられれば芸としては十分だろう。……とはいえ、魔法を使えば誰にでもこの程度のことはできるのでつまらぬ芸ではあるだろうがな」

 今度はアクアの伯母の声だった、低く鋭く氷のように冷たい声。その声を聞いたアクアは自分の顔から血の気が引くのを感じた。

 黒い歌姫の表情が変わる、というか消えていく。

 我儘でいかにも横暴そうな顔付きが、すんと静かになって、のっぺりとした無表情に。

 その顔は、そういう顔は彼女の兄にそっくりだった、先ほどまではよく見ないとその顔が似ていることさえわからないくらいだったのに、今はもうほぼ同じにしか見えない。

 表情ひとつでここまで違って見えるのか、とアクアは呆然とする。

「そういうわけで誰の手を借りずともどうとでも、最悪幻術も併用していい感じの見せ物にするので」

 黒い歌姫の声が再び老女の声に戻る、しかし、その口調と雰囲気は、これまでのそれとはまるで違う。

 まるで手品のような、人が変わったような変貌の仕方だった。

「お前……まさか、お前……!!」

 青年が、彼女の兄が何かに気付いたのか、鋭い怒号をあげる。

「お前、その声はまさか……呪いというは……!!」

 そこでアクアも同じ答えに辿り着く。

 物真似が唯一の特技だと彼女は言った、そう言って彼女は自分の兄やアクア、アクアの伯母の声までそっくりそのまま模倣してみせた。

 なら、この老女のような声は、呪いをかけられ醜い老女のような声に変貌したという話は。

「ええ、そうですよ。デタラメです」

 一瞬、空気が完全に凍った。

 デタラメだとそう言ったのは、呪いによってすでに失われたはずの彼女本来の美しい声だった。

 四年前に失われたはずの、アクアが最も愛した歌姫の声。

 それが失われたという話そのものが、ただのデタラメだった。

 呪いなんてものは、そもそも存在しなかったらしい。

 先ほどアクアが感じた違和感の正体もそれだった、呪いをかけられたという彼女から、何かの魔法や呪いの力を感じ取れない気がしていたのは、気のせいではなく本当のことだったらしい。

 何故、とアクアは思った。

 何故、そんなデタラメを言って彼女はいなくなったのだろうか。

 確かにあの黒い歌姫は、アクアが一番好きな歌姫は、世界一の歌姫ではない。

 世界一の座は白い歌姫で間違いない、それは黒い歌姫が誰よりも大好きなアクアであっても否定することはできない。

 それでも彼女の歌声は素晴らしかった、大好きだった、心を奪われた、きっと誰もが彼女の歌声を愛していた、ずっとずっと聴いていたいと思っていた。

 それなのにどうして、彼女はそんなデタラメを、酷い嘘を吐いて消えてしまったのか。

 信じていたものに裏切られていたショックと、それでもその声がこの世界から失われていなかったことへの安堵、二つの全く違う温度の違う感情が、アクアの心を苦しめる。

「お前、ふざけ――」

「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 青年が怒鳴り声が、白い歌姫の絶叫にかき消される。

 白い歌姫は黒い歌姫をドンと突き飛ばし、突き飛ばされて転倒した彼女に馬乗りになる。

 そして、白い歌姫は黒い歌姫の頬を引っ叩いた。

 痛々しい音が響く、アクアの口から「ひえぇ」と情けない悲鳴が漏れる。

「わたしが!! わたしたちが!! どれだけ心配したと思ってるの!!!! 声に呪いをかけられたっていって!! いなくなって!! 四年、四年もずっと行方不明で!! わた、わたしが、どれだけ!! どれだけ……!!」

 パチン、パチン、バチンと頬を引っ叩く音が劇場に響く。

 黒い歌姫は一方的に叩かれ、抵抗も反撃もしようとしない。

 最終的に白い歌姫は黒い歌姫に馬乗りになったまま手を止め、そして大声で泣き出してしまった。

 子供のように泣きじゃくる彼女に青年と、それから赤く痛々しい色の頬になった黒い歌姫は呆然としていた、多分ここまで白い歌姫が感情を爆発させるとは思っていなかったのだろう。

「うぅ、なんであんなうそつくのよぉ……!! なんなひどいうそを……そもそもなによそのものまねって……ひっく、うぅ…………あれ、まって? 声、変えられるのよね?」

「え、えぇ」

 顔を赤く腫らしたまま、黒い歌姫が呆気に取られた様子のまま首を縦に振る。

「じゃあ、ひょっとしてさっき出た亡霊……って」

「ええ、はい。そうです。私です。あなたのくせに勘がいいですね」

「わたしのくせにってなによ!! ……あれ、ちょっとまって? さっきの亡霊の正体があなたってことなら、アムドゥシアスの亡霊って……」

 アムドゥシアスの亡霊、その怪奇現象についてはアクアも耳にしたことがある。

 曰く、声だけ聞こえる亡霊だとか、聞こえる声はひとつではなくたくさんで、姿を見せないその亡霊の声に追いかけ回された者も少なくない、とかなんとかいう噂話だったはずだ。

「大半は私の悪戯です。……いくつか心当たりがないものもありますが」

「おい待て」

 そこで耐えきれなくなったのか青年が口を挟んだ、何があっても無表情を貫くことが多い彼にしては珍しく、苦虫を噛み潰してしまったような顔をしている。

「なんでしょうか、お兄様」

「お前がアムドゥシアスの亡霊ってどういうことだ、それと何故呪いだなんだというデタラメを……というか何故声を変えられる? お前はただの歌姫だろう……あと、その口調はなんだ??」

 アクアが知りたいことを大体青年がまとめてしてくれた、果たして彼女は彼の言葉にどう答えるのか、それとも何も語らないのか。

「んー……アムドゥシアスの亡霊は昔のヤンチャというか悪戯がいつの間にか謎の怪奇現象扱いされて噂になってただけです。呪いとかその辺はそこまでしないと歌姫辞められそうになかったのでそういうことにしただけ。声を変えられるのは……練習したらなんかできるようになりました。口調はどちらかというとこっちの方が素です、歌姫だった頃、多少乱暴な言葉遣いにしないと私の主張ってほぼ通らなかったんですよね」

 結構あっさり回答が返ってきた、まだ理由が不明瞭なものがいくつかあるが、それでも彼女は彼の質問に答えた。

 答えを聞いた彼は絶句した。

「そういえばあなた、グレる前はこんな感じだったわね。……ずっと演技だったってこと?」

「ええまあ、そうですね。……演技というか、こっちの主張を通すために口調強めてただけですけど」

 口調強めるどころじゃなかったとアクアは思う。

 だってもう雰囲気が全然違う、顔すら別人に見えるほどだったとアクアは黒い歌姫の顔と、さっきまではそこまで似ていないと思っていた、それなのに今はものすごくそっくりに見える青年の顔を交互に見た。

「口調強めるとかそんな次元じゃなかったような……そういえばダーリンと再会した頃ってもうグレてたんだっけ? こういう喋り方のエリちゃんを見るのってひょっとして初めて?」

「多分初めてですね。とっくに『グレて』いたので。そもそもお兄様が私のこと見つけたのって、私の悪評が原因だったらしいので」

「そっかあ」

 白い歌姫が納得したような、少し間抜けな声を出す。

 そんな自分の妻の顔と妹の顔を見て、青年は難しい顔をした。

「そっか、で済ませていい問題ではないと思うが。……お前、素がそちらということは、失踪した後はそちらの口調だったのか?」

「ええ、旅の途中にこちらの主張を無理矢理押し通すようなことはなかったですし、あんな我儘全開で人に嫌われるような話し方、そうしなければならない理由がなければ使いませんよ」

「…………そうか。あいつの話に出てくるお前とおれが知るお前がほぼ別人だったのは、それが原因か。……てっきりとんでもない猫を被っているのか、声を失ったことで改心したのかと思っていたが……現実はもっとタチが悪かったんだな」

 はあ、と青年が深々と溜息を吐く。

「タチが悪いとか言われましても。……まあ、私の昔の悪行などどうでもいいではありませんか。私、さっさとあの人のこと探しに行きたいんですけど。あなたもいい加減満足したでしょう。どいてくださいな」

 黒い歌姫は白い歌姫にしっしと手を振るが、白い歌姫はその場から動こうとしなかった。

「は? どうでもよくないし、全然納得も満足もしてないけど?」

「納得してくださいよ。……ああもう仕方ないですね、全部終わったら自首する前に一回くらいは話す時間作るので、質問と文句はその時にまとめてください」

「は? 今すぐ話せ」

「こらこらこら、世界一の歌姫様がそういう口きかないでください。せっかく天使みたいに可愛らしいんですから」

 口調を強めた白い歌姫に、黒い歌姫は淡々とした声でそう諭した。

「は?」

「仕方ありませんね…………あんまり使いたくなかったのですけど」

 黒い歌姫は小さく溜息を吐いて、白い歌姫の目を見つめる。

 アクアはその時点で小さな違和感を持った、そしてそれから導き出される彼女の次の一手に予想がついた。

 なので、アクアは咄嗟に声を上げてしまった。

「あの!!」

「はい? なんでしょうか。というか今更ですけどどちらさまでしょうか?」

 そういえば青年の話を補足する形でアクアは少しだけ口を挟んだが、まだ名乗ってすらいないことを思い出す。

 アクアは本名か今使っている名前かどちらを名乗るか少しだけ迷って、結局後者を選んだ。

「レイく……じゃなくてレイフさんの上司の娘のアクアです。モリオン様のファンです大好きですうわ近くで見ると超可愛い」

「え」

 しまった、後半完全に暴走した、とアクアはプチパニックに陥った。

 最推しの前で理性を保てるほどアクアは大人ではなかった。

 というか我慢できていた方である、状況がこんな薄暗くなかったらアクアはとっくにテンションマックスではしゃぎまくっていただろうし、正直今もはしゃぎまくりたいという衝動を抑え込んでいる状態だった。

「あ、ちが、ちがくはな……すみません本当に大好きなので感無量って感じで……声、呪われたって聞いて、失踪したって聞いた時すごくショックで……けど、呪いはデタラメだって今聞いて、ほっとしました。あなたの声をまた聞けて、なんて言うか、なんていうかな……ちょっと泣きそう……」

 喋っている最中でアクアの両目からポロポロと涙が溢れ始めた、黒い歌姫はそんなアクアの顔を見てギョッとする。

「え、ちょ……お、落ち着いてください……」

「ご、ごめんなさい……なんかもう嬉しいけど状況が状況だからなんかもう滅茶苦茶悲しくて、なんで、どうしてあんなことに……なんで……」

 いつの間にかアクアは号泣していた、無様な顔を誰にも見られたくなかったので、両手で顔を覆い隠す。

「えっと、アクア様? なんでそんな泣いて……」

「エリちゃん、この子あなたのファン。ものすごい大ファン。あなたが失踪した後ショックで三日三晩部屋に引きこもって泣き続けてたくらいの大ファンなのよ」

「え? 三日三晩?」

 白い歌姫の言葉に、黒い歌姫は正気を疑うような声をあげる。

 推しのドン引きするような声にアクアの涙の量が増える、そんな自分のことを滅茶苦茶みっともないなとアクアは思った。

「あなたがいなくなった後、悲しんだ人はたくさんいたのよ。あなたが思っているよりもずっとずっと多くの人が。……当然、わたしとダーリンもよ。あとおばあちゃんと、ダーリンのお父さんと、それから……とにかく、いっぱい、たくさん!!」

「はあ……私ってアンチばかりでファンとかいなかった気がするのですが……物好きな人もいたのですね」

 完全に信用していなそうな声でそう言った黒い歌姫に白い歌姫がカッと目を見開く。

「あなたは……!! あなたがそういうの一切気にしてなかったから知らなかっただけ!! ホント、あなたって人は自分のこと以外どうでもいいって、いつまでも……!!」

「ええ、まあ……他人の評価とかそういうのどうでもいいですし……けど、自分の目の前で女の子にあそこまで泣かれると……流石にどうしたものかと……」

 結構困ってそうな声色だった、推しにそんな声を出させてしまったのが申し訳なくて、アクアはより一層身を縮めた。

「アクアちゃん、アクアちゃんうちのバカがホントごめんねー、ねえー、泣かないで〜」

「ごめ、ごめんなさい……ほんと、ごめんなさい……一個だけどうしても確認したかったことがあって無理矢理口挟んだのに……」

「いえ、なんかその……こちらこそごめんなさい……ええと、その、確認したいこととは?」

 推しからの問いかけにアクアは乱暴に顔を拭った後、顔をあげる。

「見せ物、するって言いましたよね……いつ、どこで、やりますか……?」

 アクアが確認したかったのはそれだけだった、それを知るためだけに無理矢理口を挟んだのだ。

 黒い歌姫が具体的にどのような見せ物をするのかはわからない、物真似芸とのことなのでおそらくアクアが見たい、というか聞きたいものである可能性は低い。

 それでも、あの歌姫がなんらかの形で人前で芸を披露するというのなら是が非でも見に行きたい。

 たとえ両親に止められても、弟がギャン泣きしても、国民全員に罵詈罵倒を浴びせられても。

 もちろん青年やその他父親の部下に止められたとしても簡単に止まるアクアではない、とにかく、ものすごく行きたい。

「……えーっと、特に決まってないのですが……その辺はこの場を離れたら考えるつもりでした」

「いま、今決めてもらうことって出来ます……? 場所、せめて場所だけでも……!! あとできれば日程……!! 今日なのか明日なのかそれとももっと後なのかとか……!!!! お邪魔とかは絶対にしないので、絶対、ぜったい見に行きたいのです!!」

 アクアがそう言うと、黒い歌姫は困ったような顔になった。

「うーん……お兄様とかその他色んな人の邪魔が入ったら面倒なんで、そこら辺はあんまり……なんか意外と難易度高い気がしてきました、あの時と違って目立てばいいという単純な話じゃありませんし……少し考え直しますかね」

「そんな……!!」

 アクアは絶望顔になった。

「そんな顔しないでくださいよ。それにもし本当にやるとしてもモリオンとして歌ったりするつもりはないですし……それに素人の物真似芸なんて見てもそんなに面白くはないと思いますよ」

「でも見たいんです……!! あとレイくんとかその辺の邪魔しそうな人達はわたしが全力で止めるので……!! なにとぞ……」

 アクアは深々と頭を下げた、そんなアクアに深々と溜息を吐いたものが一人。

「あなたに止められてもおれの立場だと止めるしかないのだが……危険すぎる。百歩譲ってこいつをあいつを誘き寄せる餌として使っていいとしても、その場にあなたがいるのは駄目だ」

「なんでそういうこというんですかぁ!!!!」

 ガバッと顔を上げたアクアは青年に叫んだ。

 彼の立場だと止める以外の選択肢がないのはアホの子のアクアでも流石に理解できるが、そこはいい感じに目を瞑ってくれてもいいじゃないか。

「……あなたやこの国の民を危険に晒すようなことをさせるわけにはいかない」

「む……国民の皆さんを出されるとわたしも強くは……むむむ、卑怯ですよレイくん」

「卑怯も何もないのだが…………とにかく、うちの妹にはもう余計なことはさせない。城で保護して、あいつの捜索は我々が……」

 と、青年が頭痛を堪えるような顔でそう言っている途中で、全員の背後、劇場の入り口の方から重い音が聞こえてきた。

 反射的にアクアがそちらに顔を向けると、見覚えのある赤毛の青年と小柄で栗毛の少年が入り口の方に立っていた、先ほど聞こえた大きな音は彼らが扉を勢いよく開いた音だったようだ。

 どちらもアクアの父親の部下である、赤毛の方はアクアがよく魔術に関する質問をしにいく青年で、栗毛の方はこの前の事件の際に黒い歌姫が行方不明となった元凶の少年である。

「おいレイフ!! お前緊急事態だってのになんですぐ戻ってこないわけ!!?」

 赤毛の青年は吠えるようにそう叫んでから、劇場内を見て目を白黒させた。

「……何この状況。ってかライじゃん、お前無事だったんだ」

「ええ、一応無事です。ナハト様、お久しぶりですね……?」

 そういえば赤毛の青年の言葉が真実なら、彼と黒い歌姫は知人だったそうだ。

 といっても彼が知っていたのは彼女の偽名だけで、彼女が自分の上司とその娘が推している歌姫だったことは知らなかったらしいが。

「おー、おひさー」

「えと、エステル様はお元気です……?」

 エステルというのは赤毛の青年の妻の名だ、絵がとても上手くて、物静かな女性だ。

「今この状況でエステルのこと聞く?? ……元気だよちょー元気。で? この状況はなに?? なんでうちのお嬢が泣いてんの? 誰が泣かしたの?? レイフお前何やってんの? なんでお前がいながらお嬢が泣くようなことになってるワケ?」

 赤毛の青年が青年に向かってそう問いかける。

 青年は少し考える素振りをした後、口を開いた。

「それに関しては主にうちの妹のせいだ」

「え……?」

 自分のせいにされた黒い歌姫は自分の兄の顔を見上げた、見上げられた兄は「本当のことだろう」と冷たく言い放つ。

「私のせいでは…………いえ、私のせいなんでしょうか……?」

「お前、何やったワケ? うちのお嬢泣かすとか、下手したら袋叩きにされるけど」

「怪我させたとかそういうのは……」

「違いますわたしが一人で勝手に泣き出したんです!!」

 困惑して困った声をあげる推しを庇うためにアクアは声を張り上げて叫んだ。

「というかなんでナハくん達がここに!? わたしのこととかどうでもいいから、説明してくださいな!!」

 アクアはこれ以上情けない自分の話をされたくなかったので話を逸らすことにした。

「えー……えーっと、お嬢がどこまで把握してるか知らねーんでざっくり説明しますけど、牢の中の例のあいつが魔力暴走させて逃亡しましてー……途中までは魔力反応で追えてたんですけど、急に辿れなくなって……もし街中で暴れられたら尋常じゃない被害が出るんで、王宮魔術師と騎士団その他が捜索中。暴走した時の戦力を少しでも確保しときたいんでさっさとレイフに戻ってこいっていったのに全然戻ってこねえので、レイフの通信機から座標割り出して迎えにきた、って感じっす」

「……なるほど、わかりました」

 赤毛の青年の話を聞いたアクアは頷く、そして心の中で「さん、に、いち」と唱え、気持ちを無理矢理切り替える。

「魔力反応で追えなくなったということですが、その原因は現時点で判明していますか?」

「逃亡時点で奴に負傷はなし。無傷のアレを殺せるような輩はレイフかレイフの親父さんくらいだろうし、激しい戦闘が起こった痕跡もない。そーいうわけでなんらかの理由で奴が死亡して魔力反応が消えたという可能性は低い。なんらかの隠蔽魔法か、魔力を誤魔化せる魔法道具が使用された可能性が高いです。奴が使える魔法は基本的に身体強化くらいなんで、おそらくは魔法道具を手に入れたか、隠蔽魔法を使える誰かを協力者として引き込んだか。……今んところ、こちらができてる予測はこれだけです」

「最後に反応が消えた場所、それから消えるまでの移動速度からあの人がいるであろう場所とかって割り出せそうですか?」

「一応うちのがやってますけど、多分難しいっすね。……首都から出られないように……というか最悪出られたとしても追えるように簡易結界張ってます。そちらは現在異常なしなんで、現時点で奴に関してわかっていることは『首都からは出ていない』ってことくらいです」

「そうですか、報告ありがとうございます。……ちなみにお父様とお母様は?」

「余計なことしないように宰相殿が抑えてます。……探しに行きたそーにはしてたんですがね、あの人達に何かあるのが一番まずいんで」

「……ちなみにですけど、わたしのかわいい弟は?」

「夕食を召し上がった後、書庫に篭りました。うちの部下一人と執事とメイドがついてます」

「なら問題なし、です」

 現状の把握と同時に話を逸らすことにひとまず成功したアクアは小さく頷いた。

 そして馬鹿な頭で考える、この先どうするのがいいのか。

「……うーん、レイくん、どうしたらいいと思います? 親友パワーとか騎士の勘とかであの人の行方とかわかったりしません?」

 馬鹿な頭では妙案など思いつかなかった、半ば現実逃避気味にそんな質問を青年に投げかけてみるが、いい答えが返ってくるわけなかった。

「わかるわけないだろう」

「ですよねー。……どうすればいいと思います?」

 アクアの馬鹿な頭では妙案なんて浮かんでくるわけがなかったので、アクアは自分よりは頭がいい青年にそう問いかけた。

 自分は質問してばかりだなあとアクアは情けなさを感じた、賢さが圧倒的に足りていない、とも。

「……おれとナハトは奴の捜索、発見次第全力で確保。あなたは城に戻って待機。うちの妹は保護……というか余計なことをしでかさないように捕獲して城の牢屋にでもぶち込みます」

「わたしの最推しを牢屋にぶち込まないでください」

 妥当と言えば妥当だが、最後のそれだけは許容できなかったので却下した。

 しかし、アクアが不満顔でそう言っても青年は顔色ひとつ変えない。

 威厳というか迫力がないのだ、アクアには。

「ぶち込みますよ、これ以上余計なことをされると困る。それに奴は自称殺人犯だ。それだけで牢に入れる理由になるでしょう」

 むむむ、とアクアは青年の顔を睨みつけるが、青年は全く表情を変えなかった。

「城の地下牢、あいつが暴れたせいでぶっ壊れたから今牢屋としてまともに機能してないぜ。……他に誰もいなかったから現時点で大きな問題はないらしいけど。……元々数年単位で使ってなかったみたいだしね」

 赤毛の青年がアクアと青年の会話に口を挟む、そういえばそんな話だったなとアクアは先ほどの話を思い出した。

「ってかさー、ライがいるならそいつ囮に使えば解決すんじゃね? あいつがおかしくなったのってあの事件云々もだけど、うちのポンコツのせいでライが生死不明の行方不明になったってのも原因だろうし」

 そういう赤毛の青年の隣で栗毛の少年が申し訳なさそうに身を縮める。

「ほ、本当に申し訳ございません……ぼ、ぼくのせいで……」

「まー、それはホントにそうだからしっかり反省して、ちゃんとそのノーコンっぷりを直してほしいけど……けど、あの時お前が無理矢理ライを転移させてなかったら、多分あいつの暴走に巻き込まれて死んでただろうしなー。……ってかライ、お前あの時どこにすっ飛ばされたの? 怪我とかしてない?」

 赤毛の青年が未だ白い歌姫に捕まったままの黒い歌姫に問いかける。

「……気がついたら首都の外れのゴミ捨て場みたいなところに。怪我とかは特になしです」

「そ、ならよかった。……いや、よくないな? うちのポンコツがマジでごめん。こいつ、優秀っちゃ優秀なんだけど、とにかく魔法の制御がド下手で……あの状況で転移魔法使ってお前を逃そうって判断してすぐに実行できたのは偉いけど、肝心のその転移魔法が制御できてなくて……あの後、お前がどこに飛ばされたのか飛ばした本人にもわからない、って感じで……」

 そう言う赤毛の青年の横で栗毛の少年が頭を大きく下げる。

「本当に、本当にごめんなさい…………あと、こんな状況で言うことじゃ絶対ないんですけど、後でサインください……うちの姉があなたのファンなんです……」

「お前それはマジで今言うことじゃねえからな!? その変なところで図太いのなんなの?」

 赤毛の青年が栗毛の少年の頭をペシッと引っ叩く、暴力は良くないとアクアは思ったが、流石に謝るついでに「サインください」は言っちゃダメだよな、とも思った。

 というかサインならアクアだってほしい、歌姫モリオンは歌以外の活動をほぼしていなかった、彼女関連のグッズも本人の人気具合に全く見合わないくらい少ない、というか無い。

 彼女が歌以外の仕事にかなり消極的というか、全力で嫌がっているという話はファンの間でかなり有名な話だった。

 アクアの両親は以前、アクアのお誕生日会に彼女を特別ゲストとして呼べやしないかと考えた事もあったらしいが、たとえ彼女の兄経由で頼んだとしても絶対に拒否られるだろうからと諦めたらしい。

 その話を後々になって聞かされた時アクアは心底安堵した、下手したら余計な仕事させたせいで推しから嫌われていたかもしれないので。

「えーっとあの、頭を上げてください……あの時は驚きましたけど怪我とかはなかったですし、実際、転移させられてなかったらあの人の暴走に巻き込まれて大怪我してたかもですし……あと、すみません、私サインとか書けないんです」

 そう答えた黒い歌姫に、意外そうな声を上げたのは赤毛の青年だった。

「え? お前、歌姫だったらしいのにサイン書けねーの? なんかスーパースターってやつだったんじゃねーの?」

「スターとか私から一番遠い言葉ですよ。……歌う以外の仕事をほぼ拒否してたのでサインとか書けませんし、書いたこともありません。何かおかしな誤解をされてますが、そもそも私、歌姫としては下の下ですからね」

「そーなんだ、なんか意外。超歌上手いし、よく知らんけどお嬢が知ってるくらいすごい歌姫だから、超すごい有名人だと思ってた」

「まさか。幼馴染だったからお情けで歌姫アイリスの前座やらせてもらってただけす。基本前座だったのでアイリスのファンなら私のこともついでに知っている、その程度ですよ」

「そんなことないです!!!!!!」

 堪らずアクアは口を挟んだ、いくら本人だからといって、言っていいことと悪いことがあるとアクアは思った。

「あなたはすごかった!! わたしも、お父様もお母様も、みんなあなたの歌が大好きだった!! 下の下とか、そういうこと言わないでください!!」

「歌姫としての私への評価なんてそれで十分です。舞台で歌う以外の仕事を全部拒否して好き勝手やってたんですから。悪評ばかり、というか身内からのお世辞を除くとさっきまで悪評しか聞いたことがなかったですし。……素行が、かなり悪かったですからね」

「そういうのは関係ないです!! 素行とか我儘とかそういうのが全部どうでも良くなるくらい、あなたは、あなたの歌はすごかった!!」

「すごくないですよ、結局私は世界一の歌姫アイリスを最後まで超えることができなかったのですから」

 アクアはその言葉に咄嗟に反論できなかった。

 その話もまた有名な話だったのだ。

 歌姫モリオンは自分の幼馴染の歌を、世界一の歌姫アイリスを越えようとしていた。超えるためだけに歌っていた。

 だから、歌以外の仕事の全てを断っていた、歌以外に何もしなかった。

 彼女の歌声には常に悍ましいほどの渇望がこびりついていた、憎悪にも似たそれが彼女の声をより一層美しくしていたが、時にその声は痛々しさを感じさせた。

 アクアは初めて彼女の歌を聴いた時、彼女のことが怖かった。

 けれど、それ以上に彼女の声に心を奪われ、彼女が生み出す歌の世界に引き摺り込まれた。

 確かに世界一の歌姫はアイリスだ、それはアクアにだって否定できない。

 けれども、歌姫モリオンには歌姫アイリスにはない『何か』が確実にあった、世界一でなくても歌姫アイリスを超える何かを彼女は持っていた、頭が悪いアクアにはそれがなんであるのか具体的には説明できないけれど。

「歌以外のほとんどを削ぎ落としても私は彼女を越えられなかった。そして最終的に『もういい』と諦めたのです。……だから歌姫としての私への評価は下の下で十分」

「そ、そんなこと……そんなこと、言わないでくださいよ……」

 それが彼女が最終的に自分に下した自己評価なのだとしても、それでもやっぱりそれを口にしてほしくない。

 たとえ本人であっても、本人がどれだけこき下ろそうとも、それでもアクアは彼女と彼女の歌が好きだった、好きなものを悪く言われて笑ってなあなあにできるほどアクアは大人ではなかった。

「んー、お嬢ー、ライがすごいのかしょぼいのかこのまま続けると泥沼状態になりそうだから一回話変えるってか戻していいっすか」

 赤毛の青年の言葉に、アクアは少し考えて、無理矢理頭を冷やした後に頷いた。

「よし。……で、とりあえずライは無事で特に怪我はなし。首都の外れに飛ばされたって言ってたけど、その後どこで何やってたのお前」

「あの後すぐ廃城の方に戻ったのですけど、半壊してた上に立ち入り禁止になっててたので……その後は一旦身を潜めて情報収集を。知人に頼んで調べてもらったら廃城が半壊した表向きの理由が『原因不明の爆発』になっていること、あそこで起こった殺人事件やその関係者が伏せられていること、あの人が城の地下牢に幽閉されているらしいことがわかりました。……ノコノコそちらに出向いてもどのような対応をされるかわからなかったので、お兄様の……えっと、そこにいる騎士様の妻であり世界一の歌姫であるアイリスを人質にとって、あの人を解放してもらおう……と思ってこちらでごちゃごちゃやってるうちにあの人が逃亡して、お兄様を迎えにあなたが来た、って感じです」

「……なるほど。ちなみに知人ってのはひょっとしてアルバート坊ちゃん?」

 赤毛の青年がアクアも知っている名を出した。

 貴族の少年の名だ、片眼鏡とシルクハットがトレードマークであるらしい彼とアクアは数回顔を合わせたことがある。

 気のいい少年だったが、赤毛の青年曰くちょっと危ないことに手を出しているらしい。

 赤毛の青年に問われた黒い歌姫は少し黙り込んだ。

「…………。黙秘します」

「いや、その顔は絶対そうだろ。……まあ、情報提供者に関しては一旦いい。問題は……お前があいつを開放させるために世界一の歌姫を人質にとろうとしてるとかいう……」

「それに関してはもう失敗してます。あの人、逃げてしまったらしいので彼女を人質にとる意味がなくなってしまいましたから」

「あー、そうねー……じゃ、お前どうする気なの?」

 赤毛の青年の問いかけに、黒い歌姫は顔色を暗くさせた。

「あの人を探しに行って話をしたいのですが……どうやって探そうかと」

「んー、探したいのはこっちも同じだけど、どこにいんだかって感じだし……というか見つかったところで多分話とかできないと思うよ? あいつ、会話とかできない状態なの。基本ダンマリか狂ったように何かを喚き散らかすか……まともに会話が成立したのも何回か、って感じだし」

「それに関しては賭けですね。あの人の正気を取り戻せそうなネタがあるので、それが効けば……」

「そのネタってのは?」

「この声のことですよ。……変えられるどころか地声すら聞かせたことないので。……ここ数年の私、普段は基本こんな声です」

 黒い歌姫は最後の方だけ嗄れた老女の声を出した。

 その声に赤毛の青年が驚愕をあらわにする。

「うっわ、ババア声だ。普段それで元がああなら……確かにショック療法的な感じになりそう……」

「ダメだったら他になんか考えます。……あの人、今までにもたまに様子がおかしくなることがあったんです。その時は矛盾を突きつければ元に戻っていたので……けど、今のあの人ってそもそもその話すら聞かないような状態なのでしょう? なら、この『声』を使って無理矢理にでも聞かせるしかない。……動揺を誘うのもその隙を突くのも慣れていると言えば慣れているので、どうにかなるでしょう。……どうにもならなかったら盛大に馬鹿にしてください」

「失敗したら大惨事になりそうだから笑えねーわ。……けどまあ、お前の声になんつーか、人を引っ張り込むような力があるのは知ってるし……お前の呼び声ならあいつに届くかもな」

「だといいのですけどね」

 そう言って黒い歌姫は肩をすくめた。

 そんな黒い歌姫の顔を見た後、赤毛の青年は考え込む素振りを見せた。

「お前があいつを正気に戻せるとして、そもそもどうやってあいつを探すか……」

「最初はその辺で見せ物でもやってあの人を誘き寄せよう、なんて軽率に考えたりもしましたが……目立ちすぎると邪魔が入りそうなところが難点なんですよね」

「レイフがあいつから聞き出した話によると、お前らなんか……なんかこう、恋人的な関係だったんだろう? ならいっそオレがどっか目立つところでお前に杖押し付けて『この女を殺されたくなければさっさと出て来い』みたいな……いやダメだ、オレがあいつに殺される……!!」

 話している途中で無理だと思ったのだろう、赤毛の青年は慌てた顔で自分の言葉を否定する。

「うーん……確かに私の身体に危険が、みたいな危機感を煽るような感じのはちょっと危ないかもしれません……何かいい案、私を餌に使ってもあんまり周囲に被害が及ばないような……最悪もう周囲とか気にしませんし、もうどうでもいいやって感じではあるんですが……」

「ちょ、そーいうこと言うのやめて? マジで洒落にならねーから。というか一応あいつオレのダチだから、あいつの罪をこれ以上増やすようなことあんまやりたくねーのよ」

「それ、全部私のせいってことにできません? これまでとここから先の全ての罰は私が受ける、あの人は無罪放免、みたいな……」

 黒い歌姫のそんな言葉に、赤毛の青年は眦をあげる。

「無理に決まってんでしょ!? あいつすでにあの廃城と城の一部ぶっ壊してるし、目撃者もバッチリいるの。あいつが無罪ってのは、お前がどれだけ頑張っても無理!!」

「お城の方はともかく、廃城が半壊したのは私ってことにできません? 逃げ回ってる最中に私が色々仕込んでいて、あの時の衝撃で一気にこう、ドーンってなった……みたいな?」

「無理ですー、諦めろ。……はあ、結局どうするか。どっちにしろあいつが見つかんなきゃどうしようもねーんだよな。……なー、レイフー、お前オレよりもあいつと仲いいじゃん、なんかあいつが潜んでそうな場所に心当たりない?」

 赤毛の青年は黒い歌姫に呆れた後、その歌姫の兄に意見を求めた。

「……ない」

「んー。ライ……はあたりが付いてりゃとっくに言ってるか」

「ですね」

「だよなあ……」

 そんなやりとりの後、黒い歌姫が何かを思い出したような顔をした。

 何か心当たりを思い出したのだろうか、アクアが期待を込めて黒い歌姫の顔を見ると、彼女はこんなことを赤毛の青年に問いかけた。

「あ……さっき魔力反応が消えたって言ってたじゃないですか、ひょっとして消えたのって彼の自宅付近だったりします?」

「……なんか心当たりあんの?」

「多分私がお土産で渡した魔法道具を使っているのだと思います。持ち主の魔力を隠す効果があるらしいんですよね、確か」

 黒い歌姫はそう言った。

 これは結構有益な情報なのではないかとアクアは思った。

 その魔法道具とやらがどんなものであるかさえわかれば、王宮魔術師達はそれに対応して彼を見つけ出すだろう。

 なんせうちの王宮魔術師達は全員優秀である、とっかかりさえあればきっとどうとでもしてくれるだろう、とアクアは思った。

「ふーん、協力者じゃなくて魔法道具か。お土産レベルの魔法道具なら大した効果はなさそうだけど……けど、マジで急に消えたし……使い捨てで短時間しか効果がもたないような奴かね。ちなみにどんな感じの魔法道具?」

「ペーパーナイフです。鞘に赤と黒の宝石がついていて、刀身が黒。……とある資産家の娘さんに、宝物庫の中身を全部売っぱらうからその前に好きなのを持って行って欲しいって言われてもらったものなんですけど……確か、ラス……ラスなんとかって人が作ったとかなんとか……」

 その魔法道具の特徴を語った黒い歌姫に、赤毛の青年がさっと顔色を変える。

「ねえ待って!? その資産家ってひょっとしてベラドンナ家……?」

「え? はい、そうですよ」

 そう答えた黒い歌姫の顔を見つめたあと、赤毛の青年は静かに問いかけた。

「……お前、二年くらい前にベラドンナ嬢誘拐事件に関わった? アルバート坊ちゃんから大体の話聞いてるんだけど、三人いたっていう外部の協力者については口を割らなかったんだよね。……その三人のうちの一人、お前?」

「……ええ」

 黒い歌姫は数秒の躊躇いの後、小さく頷いた。

 答えられた赤毛の青年は一度天井を見上げた、それから数回深呼吸をしたのち、勢いよく顔を前に向ける。

「お前かよ!! ベラドンナからラスコヴニクの魔力隠しの宝剣持ってった奴は!! ……お前なあ! あれがなんだかわかってんのか!?」

 わたしの推しに怒鳴らないでほしいなと思ったアクアだったが、彼の口から出てきた名前にそれどころではないと思い直す。

 ラスコヴニクと言ったか、今。

 それはお馬鹿なアクアでも知っている、大昔のとってもすごい大魔導士の名だ。

 しかし黒い歌姫はよくわかっていなそうな顔をしていた。

「え……? いえ、単純にデザインが気に入ったからもらっただけ……アルバート様が『良い物』と言っていたので、多分その通りなんだろうな、くらいしか……」

「良い物どころの代物じゃないからそれ!! 本当だったら国の宝物庫か博物館行きレベルの超貴重な魔法道具!! ……大昔の超超超すごい大魔導士が作った魔法道具のうちの一つ、先先代の国王がベラドンナにどれだけ交渉しようとも絶対に引き渡さなかった逸品だ……それをお前は、お土産って!!」

 声を大きくする赤毛の青年に、黒い歌姫はそれでもよくわかってなさそうな顔をしていた。

「そんなすごい物だったのですか……なんか普通に綺麗なだけのペーパーナイフかと……」

「ラスコヴニクの逸品を綺麗なだけのペーパーナイフとか言うなこのバカ!! あー、もうどーすんだよ……ラスコヴニクの魔力隠しの宝剣だなんてどえらい魔法道具を向こうが持ってるんじゃ、オレらじゃもうどうにもできねーんだけど……」

 そう言って赤毛の青年は顔を両手で覆った。

 確かにあのラスコヴニクの逸品が関わっているのであれば、それを使われてしまっているのであれば、たとえいくら王宮魔術師達が優秀であっても歯が立たない。

 アクアでさえそう思う。

「ちょっとお嬢、どうします? このバカのせいで魔力からあいつを追跡するのは絶望的っす。目視で探すかこのバカを囮に使うかのどっちかくらいしか手がない……」

「うーん、どうしましょうかね……それよりもナハくん。一個いいですか。とても重要なことです」

 自分の推しのことをバカとか言わないで欲しいと思いつつ、アクアは気になっていたことを質問することにした。

「何です? お嬢」

「あなた、その方と随分親しげですが……あなた、その人が声を変えられることとか知ってたんですか? 知ってて黙ってたんですか?」

 アクアのそんな疑いの声に、赤毛の青年はきょとんとする。

「別に親しくはねえっすよ。ただの知り合い、ってかちょっとした恩人。一回だけ同じ船に乗り合わせて、その時ちょっと色々あっただけです……そいつが声変えられるのと歌上手いのは前から知ってましたけど、そいつがレイフの妹だっていうのもお嬢の推しの歌姫だったのも、知ったのはあの事件の後です。……声にかけられたっつー呪い云々はデタラメなんだろうなとは思ってましたけど……怪我の後遺症とかで声が変わってるっていう可能性は残ってたんで、黙ってました」

 知ってたらしい。

 しかもデタラメかもという推測も立てていたらしい。

「なんで教えてくれなかったんですか!?」

「だって、マジでなんかあって声が変わってたんならあなたをぬか喜びだけるだけでしょう?」

「それは、そうですけど……」

 こちらをぬか喜びさせぬよう慮っていたらしい赤毛の青年の言葉にアクアは声を小さくさせる。

 そんなアクアの顔をチラリと見た後、黒い歌姫は赤毛の青年に話しかけた。

「そういえば今更ですけどナハト様ってあの人のご友人だったんですね。うちの兄とあの人が知り合いなのは把握してたんですけど」

「あー、うん。騎士団と王宮魔術師は共同で仕事すること多いから。オレらは年も近いし」

「……それと、これも今更ですけど王宮魔術師だったんですね、ナハト様って」

「そだよ? 意外?」

「いえ……逆に納得しました」

 そんな気さくに聞こえるやりとりをする二人をアクアは微妙な目で見た。

 何故、彼はアクアの推しとこんな気さくに話しているんだろうかと。

「あっそ。……てか、こっちこそ今更だけど、マジでレイフの……妹だな? 少なくとも絶対に親族。顔そっくり」

「ええ、一応双子の兄妹です」

「ふーん、おもしろ……顔だけはそっくり……レイフはくっそ音痴なのに、顔だけそっくり……」

 そう言って、赤毛の青年はぷっと吹き出した。

「お兄様って音痴だったんですか?」

「おー、知らねーの? こいつ、すっげー音痴なの。親父さんもそうだから多分遺伝なんだろーね。……あ、やばいうっかり思い出しちゃったじゃん……そんな状況じゃないのに笑いそう」

 笑いそうというかもう笑っている赤毛の青年に、話題に上げられている青年がムッとした表情を見せた。

「おれのことなどどうでもいいだろう」

「いや、マジでそれはホントにそうなんだけど……ぶふっ……悪い、笑っちゃダメだと思うほど……ダメだ、思い出すな思い出すなと思うほど、あの時の伝説のデュエットが鮮明に……」

 そう言った直後、赤毛の青年が耐えきれないと言った表情で笑い声を立て始めた。

 そして赤毛の青年が言った『伝説のデュエット』を思い出してしまったアクアの口元も緩む。

「ちょっとやめてくださいよ……うっかり思い出しちゃったじゃないですか……!!」

「だ、だって……あ、なんかもうおかしくておかしくて……レイフお前、歌の才能全部ライに持ってかれちまったんだな? ライ、滅茶苦茶歌上手いのに……おま、お前は……兄妹のくせに……!」

「やめてくださいよナハくん……ご、ごめんなさい……わたしの方が音痴なのに……レイくん達は笑えるタイプの音痴だから……」

 アクアと赤毛の青年は笑いを抑えることができなかった、多分現実逃避したかったのもあいまっていたし、笑ってはいけないと思えば思うほど、顔が歪んでいく。

「謝るくらいだったら初めから笑わないでください。……というか、さっきから話の軸がぶれすぎてるので、もっと真面目にしてください」

「ですって、ナハくん」

 アクアは責任を赤毛の青年になすりつけた。

「えー、オレのせい? ま、まあ、そうだけ、ぶふっ……」

「おい、いい加減にしろ」

「だって」

「……そんなに酷いんですか、お兄様の歌って」

「やめろもうその話題のことを口にするな、お前も余計なことを聞くな」

 おずおずと聞いてきた黒い歌姫に、彼女の兄はきつめの口調でそう返す。

「すみません、普通に気になりまして……」

 なんて話をしている最中にけたたましい音が同時に二つ響いた。

 先ほどあの人の逃亡の知らせが入った時と同じ警戒音だ。

「あ……やっべ、さっさと現場に戻れってお叱りじゃん!! とりあえずどうします、お嬢?」

 どうしようと言われてもアクアにはどうすべきか判断がつかない。

 とりあえずこの場に留まり続けるのもよろしくはないだろう

 特に赤毛の青年とついでに栗毛の少年はおそらくあの人の捜索の要になる、なのでこの二人にはさっさと本来の仕事に戻ってもらわなければ。

 だからといってその判断を自分が下してしまっていいものか、それに彼ら二人を現場に戻したところで、他の面子はどうすべきか。

「……一度城に戻りましょうか、全員で。その後のことはその後で考えましょう」

 誰をどう配置すべきなのか判断に迷ったアクアは、一旦問題を先送りにしてとりあえずこの国で一番安全な場所に移動することを提案したのだった。

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