取調と作戦会議

 波乱万丈といえばそうかもしれない、という程度の人生をライアーバードはおくってきた。

 死にかけたこともそこそこあるし、そこそこの危機を乗り越えてきた自覚はある。

 とはいえ、せいぜい金品のついでに命と貞操を狙われる程度のことばかり。

 いつぞや廃遊園地で殺竜未遂事件の犯人だと疑われ神竜に遊園地ごとペシャンコにされそうになったこともあるが、そういうのは基本的に例外事項だし、その時以上の危機に瀕することなんてもうないだろうと思っていた。

 あれ以上の珍事も危機もそうなかろう、と思っていたのに、先週の事件はそれを超えてしまった。

 珍事としては未だに廃遊園地ペシャンコ未遂事件がトップ独走中だが、危険度は先週の方が上だろう。

 ライアーバードが旅を初めて四年ほど経つが、心の底から死を覚悟したのは先週の事件が初めてだった。

 ライアーバードはどこにでもいるつまらない旅人である。

 旅先で変なことに巻き込まれることは時々あるが、物語として語った場合ギリギリ面白いのが廃遊園地の事件と他数件くらいの、旅をしている本人だけが楽しい旅を続けている。

 働きもせずただ観光目的で世界中を彷徨いているだけ、そんな自分のことをライアーバードはろくでなしだと思っている。

 そういうろくでなしだからバチがあたったのだろうか、とライアーバードは先週の事件を振り返ってそう考えたが、すぐに心の中で否定した。

 自分が一人で勝手に野垂れ死ぬだけなら別にいい、それだけなら自業自得の因果応報だ。

 しかし先週の事件はそうではない、あの事件ではライアーバードの大切な人が深い傷を負ってしまった。

 あれを自分の自業自得の因果応報で片付けることはできない、その一言でどうでもいいと笑って受け入れるわけにはいかない。

 因果応報だというのなら傷付くのは自分だけのはずなのだから。

 だからライアーバードは先週の事件をどうにかしたかった。

 失われたものはもう戻らない、死者は戻ってこない。

 けれどこの先のことはまだどうにかなるはずだとライアーバードは思った。

 そうは思えど、ライアーバードにできることなど本当はきっとほとんどない。

 それでも罪を肩代わりする程度のことはできるだろうと思っていた。

 悪いのは、自分一人だけでいい。

 傷を負うのも自分だけでいい。

 それだけで済む話だったら、そのくらい単純な話だったらどれだけ良かっただろうか、とライアーバードは思った。


 捕まった挙句地下牢に閉じ込められているらしい人を解放させるために旅人になる前の幼馴染であり世界一の歌姫であるアイリスを人質にとろうとしていたライアーバードだったが、色々あって何故か王城に連れてこられた。

 地下牢に捕まっていたその人は魔力を暴走させて牢を大破壊して逃げてしまったらしい。

 その人はとても強い人でかつ現在その精神状態は大変不安定になっているらしい、もし街中などで暴走したらちょっとした災害程度の被害が起こる可能性が高いとのことで、現在いろんな人がその人の捜索に駆り出されている。

 現にライアーバードの知人でもあるナハトとその部下はライアーバードとその他を転移魔法で城まで転移させた後、その人の捜索に戻っていった。

 ちなみにライアーバードは全く知らなかったのだが実はこのナハトという青年、王宮魔術師の長とやらをやっているらしい。自分と歳がそんなに変わらないのにすごいなとライアーバードは月並みなことを思った。

 あの時劇場にいた面子で城に残されたのはライアーバードとその兄、歌姫アイリスと、ライアーバードの上司の娘であるらしいアクアと言う名の少女。

 歌姫アイリスだけは城ではなく自宅に戻すべきなのではという案も出たが、本人がその案を強めに却下したため、彼女も城に連れて来られることになった。

 城に連れて来られた後、ライアーバードは内装が豪華な部屋に連れて来られた。多分応接間的な部屋なんだろうとライアーバードは思った。

 部屋に入ってから三分ほどで見知らぬ銀髪の女性とうっすら見覚えのある男が部屋にやってきた。

 うっすらと見覚えのある男はライアーバードの父親だった、五年ほど前にライアーバードが生き別れになっていた兄と再会した時に初めて顔を合わせた男だ。

 その後兄よりも会った回数が少なかったのもあり、ライアーバードは自分の父親の顔を忘れかけていた、というか顔を見ただけでぼんやりとだけでもその男のことを自分の父親だと認識できた自分に少しだけ驚いたほどだった。

 男はライアーバードの顔を見て心底安堵したような顔で深く息を吐き、小さな声で無事でよかった、とだけ。

 そんな言葉をかけてもらえるような人生を送っていたつもりがなかった、当然罵倒されるだけだろうと思っていたライアーバードは少しだけ驚いた。

 男と一緒にやってきた銀髪の女性のことをライアーバードは知らなかったが、アクアという名の少女が彼女のことを「お母様」と呼んでいたので彼女の母親であることに間違えはなさそうだ。

 ただ、具体的にどういった立場の人なのかはよくわからなかった、アクアの父親はライアーバードの兄の上司であるらしいので、多分偉い人なんだろうなとライアーバードは結論付ける。

 女性はレミと名乗った、正確に言うと「レミとお呼びください」と言われた。

 ライアーバードの頭には基本趣味の知識しかない、政治その他のことなんて全くといっていいほど知らない。

 なので実はものすごく偉い人だったらどうしよう、と思いつつ、とりあえず失礼にならないよう言葉遣いに気をつけることにした。

 そんなこんなでやってきた二人とライアーバードの兄、それからアクアという少女による、ライアーバードへの事情聴取、もしくは尋問が始まった。

 ライアーバードの幼馴染である歌姫は一旦退室となった、あの人関連で一般人に知られると良くないことがいくつかあるらしく、それを理由に追い出された。

 アクアという少女はライアーバードの兄が歌姫と一緒に追い出そうとしていたが、少女が頑固顔で居座ったのと銀髪の女性が許可を出したのでこの場に残っている。

「アムドゥシアスの亡霊含むその他余罪はこの事件が終わった後に改めて確認する。この場では主に彼……いや、彼らについての話を聞かせてもらおう」

「わかりました」

 ライアーバードが普段通りの老女のような声で答えると、ライアーバードの兄はほんの少しだけ眉根をあげた。

「何故その声なんだ」

「特に深い理由はありませんよ。素の声を出し続けると咄嗟の時にこちらの声が出て来なくなるので」

「ちょっと待て、なんの話だ」

 ライアーバードの父が理解できていなさそうな顔で問いかけてきたので、ライアーバードは少し考えた後ぼそっと呟いた。

「一発芸、お兄様の声真似」

「……は?」

 ライアーバードの父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「私の唯一の特技です。何度か聞けば大体それらしく聞こえる程度に模倣できます」

 今度は父の声でそう言うと彼はポカンと口を開けた、結構な間抜け面だった。

「あら……魔法で変えているのではないのですね、それ」

 銀髪の女性にそう問われたので、ライアーバードは首肯した。 

「魔法なんて使わずともこの程度なら。……とはいっても、魔法を使えば声を変えるのなんて簡単ですからね、特技とはいっても地味なものです。……それに歌姫アイリスや神竜様の声など、特殊な方の声の再現率は結構下がります」

 ちなみに歌姫アイリスの声真似よりも神竜の声真似の方がまだ簡単だったりする、わざわざ口にする必要もないだろうけど、とライアーバードは思った。

「……そういえば、彼らはお前の声の事を本当に知らなかったのか?」

「ええ、あの人の前では基本的にこの老女の声でしか喋ったことがありません。……お兄様の同僚なのは知っていたので、あの人経由でお兄様やお父様に私の事がバレたら困る、と思いまして」

「…………そうか」

 兄の言葉に素直に答えると、兄は若干複雑そうな顔をした。

「私の声真似のこと知っていてかつ私の素の声を聞いた方は何人かいますけど、その方々は私の前職のこと知らないので……その方々とあの人が接触するような機会もなかったので、結局あの人には何も。……旅の途中で私があの悪名高き歌姫モリオンだと気付かれたこともなかったです」

 その辺りも含めた話をそろそろちゃんとすべきではないかとライアーバードが真剣に迷っていた頃にあの殺人事件は発生した。

 たとえあの殺人事件の前にライアーバードが全てをあの人に話していたところで何かが変わった可能性は低いので、その事についてはそこまで悔いはない。

 しかし、この事件が解決したらいい加減色々と白状すべきなのだろうとライアーバードは思っている。

「そうか。……お前のそれに関してはもういい。……それよりも」

「いや、ちょっと待て!!」

 ライアーバードの兄が本題に入ろうとしたところで、父が大きな声をあげた。

「なんでしょうか、お父様」

「その声が声真似であるのなら、呪いというのは……!? そもそもなんだその喋り方は……なんかもっとこう……口が悪かっただろう!?」

「あー……呪い云々はデタラメです。そういうことにでもしないとお仕事辞められそうになかったのでそういうことにしました。この特技、モリオンやエリカの知り合いには知られてなかったのでなんかうまいこと信じてもらえたみたいです。喋り方は……昔はああいうふうに振る舞わないと私の主張が全く通らなかったので、仕方なくああしてただけです」

 ざっくりと説明すると、父は唖然とした顔をした。

 自分たち双子に比べると随分と感情が顔に出る人なのだな、とライアーバードはその男の顔を見て思った。

 ライアーバードは幼少期に自分を庇って死んだ母親の顔をふと思い出す、思い浮かぶのはのっぺりとした何を考えているのかよくわからない顔ばかりで、自分達兄妹はきっとそんな母親に似たのだろうと考えた。

 父はライアーバードの割と自分勝手な話を聞かされたからだろう、咄嗟に言葉が出て来ないようだった。

 代わりに、銀髪の女性が声をあげる。

「その話以上に優先すべき話があるのはわかっていますが、二つほど質問させていただいても?」

「はい、なんでしょうか」

「まず一つ、何故歌姫を辞めようと思ったのか。二つ、その声が呪いでもなんでもなくただの声真似だというのなら、あなたの本来の声は、元のままで?」

 ライアーバードは一瞬だけどどう答えるか悩んで、特に偽りもなく答えることにした。

「一つ目、歌に固執するのをやめて他の夢を追いたくなったから。二つ目、ただ声変えてるだけなんで元の声もこんな感じに普通に出せますよ」

 ライアーバードは自分の本来の声でそう答えた、そうするのが一番わかりやすいと思ったからだ。

 銀髪の女性と、ついでに父がライアーバードの顔を凝視する、父はただただ驚いたような顔で、銀髪の女性はどことなく安堵したような、それでいて悲しそうな顔をしていた。

 父にそういう顔をされるのは別に意外でもなんでもないが、銀髪の女性に何故そのような顔をされたのかライアーバードにはわからなかった。

 ライアーバードの前職は歌姫だった、今思うと自分に歌姫なんて職業は全く向いてなかった、というか多分、なったこと自体が大失敗だった。

 歌姫としての技量も大した事がなかったし、大した事ないくせに歌う以外の仕事を拒絶して好き勝手やっていたので、とにかく評判が悪かったという覚えしかない。

 とはいえ、その悪評がきっかけとなり生き別れていた双子の兄の方がライアーバードのことを探し出してくれたので、それはそれでよかったのかもしれないが。

 悪評ばかりの悪名高き歌姫モリオンの失踪後、世間で自分の失踪がどのように扱われていたのか、実はライアーバードは把握していなかった。

 失踪直後は首都から遠く離れた極東に行っていたし、そこからしばらく首都に近寄ることもなかった。

 だから自分がいなくなった後、誰がどのような反応をしたのかもよくわかっていなかった。

 おそらく、「あの歌姫アイリスのライバル (笑)が声に呪いをかけられてどっかに逃げたんだってさー、因果応報じゃん (蔑みの笑み)」みたいな感じで何日か噂になった後、すぐに忘れ去られたのだろうとライアーバードは予想している。

 幼馴染や兄や父、それと幼少期に自分を拾って育ててくれた人は多少心配してくれているかもしれない。

 けれどもそのうち同情や心配よりも「思い返してみるとあいつ好き勝手ばっかやってやがったな」みたいな怒りの方が勝って、もうどうでもいい、あんな奴いなくなってせいせいした、くらいに思われているだろう。

 そうであればいいと思った、恩知らずにも程があるかもしれないが、心配されるよりもどうでもいいと思われている方が気が楽だとライアーバードは思っていた。

 ライアーバードは割とクズだし善人か悪人かどちらかだというと悪人だった。

 ついでに類は友を呼ぶというのか、ライアーバードの唯一の悪友も割と救いようのないクズであったりする。

 というわけで、ライアーバードは何故銀髪の女性にそんな顔をされたのかよくわからなかった、安堵されるような理由も悲しそうな顔をされる理由も特にない。

「……お前の声と、それからいなくなった後どこで何をしていたのかは、クラリスも交えて後でしっかり聞かせてもらう。いいな?」

 兄が少しだけ怒ったような声でそうライアーバードに言う。

「……いいですよ。退屈な話しかないですけどね」

「退屈だとかそういうのはどうでもいい。……父上、こいつの声と悪業に関していちいち突っ込んでいたらキリがないので、話を先に進めますよ。お二方もそれでいいですね?」

 兄は父と、銀髪の女性、それから思いの外静かに話を聞いているアクアという少女にそう問いかけた。

 父親は複雑そうな顔で、残り二人はどことなく浮かない顔で小さく首を縦に振る。

「では、本題に入りましょう。……まず」

 そんな言葉と共に、ライアーバードへの本格的な尋問が開始されたのだった。


 あの人が牢の中に入れられている間、まともに会話が成立したことはほぼなかったらしい。

 ただし同期であるライアーバードの兄と、それからアクアという少女とだけはそれぞれ一回ずつ、割とまともな対話ができたらしい。

 今回の尋問は主にあの人が語ったこととライアーバードの記憶のすり合わせが目的だった、狂気に堕ちたあの人の言葉にどれだけ信憑性があるのか、本当に信じるべき言葉だったのかを確かめるために。

「まず、お前があいつと出会ったのは今から三年前、場所はヴェパル島行きの船の上。あっているか?」

「あってます」

「……どうやって、あいつに出会った?」

 あの人がどこまで語ったのかはわからないが、訳のわからない出会い方をしたのでおそらくあの人がそのまま語っていたとしても信憑性のない話だと思われているんだろうなとライアーバードは思いつつ、素直に答えた。

「船の中でマンティコアに体当たり喰らって、その勢いのままあの人が泊まってた部屋の中にぶっ飛ばされたんですよね。そんな感じでした」

「……本当に、そんな事があったのか?」

 疑いの目で見られたが、本当のことなので臆せずに首を縦に振る。

「…………わかった、ひとまず信じて話を進めよう。……それで、お前はその時、あいつの顔を見たのか?」

「見ましたよ。……どういう顔だったかは、黙秘させていただいても?」

 見たということは素直に話すことにしたが、その顔がどのようなものであったのか、ライアーバードは口を噤むことにした。

 元々その顔を見られたから、その特徴を他人に言いふらされたくないからという向こうの言い分によってライアーバードとあの人の関係ははじまったのだ。

 あの人はとても綺麗な顔をしていた、当時は赤い目と金色の髪が美しい美少年だった、ついでに今は美青年である。

 ライアーバードはあの人が何故その顔を隠すのか、実はその理由をしっかりと把握しているわけではない。

 後々聞かされた話によるとあの人は姉弟同士の近親相姦で生まれたらしい、また両親にあまりにも顔が似過ぎているので、その顔を人に知られると厄介なことになる、とだけ。

 あの人の口ぶりから察するに、おそらく普通の人だったら誰でも顔を知っているような有名人の子なのだろうとライアーバードは推察している。そしてそういう話なら確かに面倒な話になりそうだなと思っている。

 ちなみにライアーバードにはまともな常識がないので、ライアーバードはあの人の両親がどこの誰なのかよくわかっていない、多分きっとすごい有名人なんだろうな、とだけ。

 竜には赤目が多いので、ひょっとしたらどこかで竜の血を引いているのかもしれないと思ったこともある。

 一定以上の知能を持つ竜は人間に化けられる、人に化けた竜が人間と交わることもある。

 ライアーバードが知る竜達も普段はそちらの方が手先が器用でコンパクトだからと大抵人の姿に化けている。

 もし彼の先祖に竜がいたとするのなら、そしてそれを理由に貴族か何かとして栄えた家の出身とかであるのなら、その出生や顔を隠すのも当然なのだろうとライアーバードは思った。

 竜という生物は近親同士で子を成すことを人間よりも忌み嫌うのだと、ライアーバードの悪友が以前話していたことがある。

 そう語った悪友の目も赤だった。彼女の場合元は銀色だったらしいが、幼少期から赤目の神竜の魔力の影響を受け、というか彼女曰く穢されて後天的に赤くなったらしいが。

 あの人とライアーバードの付き合いは三年程度とそこそこ長いが、実は互いに自分のことを話したことはそんなにない。

 多分、聞こうと思えば聞けたのだろう、けれどもライアーバードは敢えて深く聞かなかった。

 深く踏み入りすぎると今の関係が壊れそうだと思ったのだ。

 それが嫌で、真面目なことなんて何一つ話さずだらだらとした関係を続けて、三年。

 そういうのがずっと続くと思っていたがそうはいかなかった、現実というものは結構厳しいものなのだ。

 黙秘する、と答えたライアーバードにその場にいた彼ら彼女らは気まずそうな表情を見せた。

「……この場において、あいつの顔を隠す必要はない。……この場にいるものは全員、あいつの顔を見ている」

「あら、そうなのですか……無理矢理あの兜を引っ剥がしたんです?」

 ライアーバードは半分意図的に冷たい声を発した。

 ここにいる誰かがあの人が嫌がることをしたというのなら、その報復はしておかなければならないと思ったのだ。

 とはいっても大した事はできないだろう、せいぜい夜道で悍ましい幻を見せる程度のことしかできないだろうが。

「……いや、誰かが引っ剥がしたわけではない。暴れるあいつを牢の中に封じた際に、あの兜が壊れただけだ」

「…………ふうん、そうですか」

 それなら報復は不要だろうか、それとも牢に封じたという誰か、おそらく兄に報復すべきだろうか、とライアーバードは悩む。

 しかし、暴走するあの人を放置したらかなりの被害が出ていたらしいので、仕方なかったのかもしれない。

 なので、ライアーバードは答えを出すのを後回しにすることにした。

 そしてその後聞かれるだろうその後の出来事をざっくりと思い出す。

 あまり話したくない事があるので、そこだけ略して話を短くまとめてしまおうと思った、そこを抜かすか曖昧にぼかしてもおそらくなんの問題もないだろうし。

「ああ。話を続けるぞ。……その後お前はビスクバイトに脅されて無理矢理彼の海竜退治に付き合うことになった」

「ええ。大体そんな感じでしたね。……あの人の顔のこと、誰かに話す気はありませんし、そもそも話すような知人もいないと答えたのですが、あんまり信用してもらえずしばらく行動を共にすることになったんです」

 そこまでは大した話じゃないのでライアーバードは素直に答える、問題はこの先だ。

 この場でというかいつどこであっても話したくない、話しにくい話題というものがある、この先に起こった事がまさにそれなのだ。

「しかし島に着いてみると鉄道が動いていなかったので数日港町に留まることになった、そして」

「ええ、その通り。それで鉄道が動いた後に海竜退治に行って……少しトラブルがありましたけど無事討伐完了して、島での旅は終わり、って感じですね」

 話したくない話題を話さないようにするために、ライアーバードは島で起こったことを乱暴に端折った。

 兄はライアーバードの顔を睨むように見てから、口を開いた。

「本当に、それだけか?」

「手短に済ませましょうよ」

 ライアーバードはその場にいる全員をチラリと見た。

 兄に父、それとよくわからない高貴な身分らしい女性と、少女。

 あの口うるさい幼馴染やライアーバードの育ての親などがいないだけまだマシだが、この面子でたった今省略した話をしたくない。

 それに、幼さが残る女の子の前でああいった話をするのはよくないだろうとも思う。

 兄と目があったライアーバードは一瞬だけ少女に視線を送った後、再び兄の目を見る。

 こちらが言いたい事をどうやら察したらしい兄が苦々しい表情になる、おそらくこの辺りの話も含めて問いただしたかったから、兄はこの少女をこの場から追い出そうとしたのだろう、とライアーバードは勝手に推察した。

「……ね? あの人からどんな話を聞かされたのか知りませんけど、島でのことはこれ以上語る必要はありません……特筆すべき点がないとはいえませんが、そこまで重要な話ではありませんし……いえ、実はこの時にあの人から少し昔の話を」

「強姦した、と言っていた」

 こちらが話している最中で口を挟んでくるのは無作法だろうとライアーバードは思った。

 父親と銀髪の女性が険しい表情でライアーバードを見ている、ただ一人、おそらくその話を知らなかったのだろう少女だけが目をまんまるに見開いていた。

「あいつは、お前を犯したと言った、かなり酷い目に合わせたと、それは事実か?」

 兄は厳しい表情でライアーバードに追撃をかける、話したくないから端折ったのに、何故聞いてくるんだとライアーバードは思わず兄に強烈な幻を見せてやりたくなった。

 けれど兄はホラーや虫系、炎系の幻術はあまり効かなそうだ。流石に人死に系の幻術を見せるほどの外道ではないが、今後の対応によってはそれも辞さないでいいか、とライアーバードは思った。

「答えろ」

 無言のままのライアーバードに兄が圧をかけてくる。

 黙秘します、と言っても素直に聞いてくれそうにない。

「えーっと、ですね……その、なんていうか…………そういう話、今必要です?」

「必要だ……これだけは素直に話せ」

 駄目だ、一番話したくなかったしあの事件にはほぼ関係ない話をライアーバードは吐かなければいけないらしい。

 どうしよう、すごく話したくない。

 なんだって兄と父、ついでに知らない少女と女性にあんな話をしなければいけないのか、絶対に必要ない話なのに。

 黙りっぱなしのライアーバードに、兄は初めてこちらを気遣うような表情を見せた。

「辛い記憶を思い起こさせて悪いが……お前の兄として、そしてあいつの同僚として、何があったのか、あいつの言葉が本当だったのかは知っておくべきだと思っている」

 何やら覚悟が決まっている顔だった、これは何か妙な誤解もされているらしいなと思ったライアーバードは、仕方なく口を開く。

「……客観的に見るとそうだったかもしれませんが」

 けれども、別にそこまで酷い話ではなかったし、そもそも嫌だったら普通に逃げられたみたいに続けようとしたライアーバードだったが、また口を挟まれた。

「それ、ほんとうですか!!?」

 そう叫んだのは少女だった、少女の顔は見ているこちらの方が辛くなるほど真っ青だ。

 お年頃の女の子に強姦云々の話を聞かせるのはよくないだろう、というか強姦云々関係なしに男女の性交渉の話など聞かせるべきではない、早急に変な誤解を解いて話題を変える必要がある、とライアーバードは判断し、口を開こうとしたが――

「え、あの、その……あの人からその、そういう話は聞いたんですけど、その強姦とか、そういう感じじゃなさそうな感じだったというか……むしろ……けど、あっちの人の話の方が信用ならないし…………本当なら、なんてことを……!! この度はうちの馬鹿騎士がとんでもないことを……」

「あ、いえその」

 勢いよく頭を下げた少女にそんなことはしなくていいと続けようとしたライアーバードだったが、続けて少女が何か呟きはじめたので失敗する。

「あ、待って、伯母様の息子、ってことはビスくんアクアの従兄……というか兄……」

「………はい?」

 ビスくん、というのはあの人のことだろうかとライアーバードは推察する、あの人がそういったあだ名で呼ばれていることは知らなかったが、レイフがレイくんで知人ナハトがナハくんなら、確かにそれらしい。

 問題は『伯母様』と『従兄』、それに『兄』だ。

 つまり、このアクアという少女はあの人の従妹であり妹であるということになる、。

 そしてこの少女は兄の上司の娘であるらしいので、あの人の父親もその兄の上司ということになる。

 自分の父親にそうとは知られずに仕えていたらしいあの人は、一体どんな気持ちだったのだろうかとライアーバードは慮った。

「う、うわああああ……ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……!! この度はわたくしめの身内が、大変なことを……!!!」

 放っておけば土下座でもしはじめそうな少女に、ライアーバードは慌てて声をかける。

「え、いやちょ、頭を上げてください……!! 客観的に見るとちょっとそれっぽい感じではありましたけど……逃げようと思えば余裕で逃げられた場面で逃げなかったのは私です…………その、察してください」

 最後の一言でどうか察してくれ、辛いとか悲しいとかそういうのではなく単純に小っ恥ずかしいから話したくないだけなのだということを、とライアーバードは切に思った。

 なんだって兄と父とよく知らない女性と少女の前で自分の情事の話をしなければならないんだ、ちょっとした地獄だろうとライアーバードは思う。

「逃げられるわけないだろう。お前があいつから」

「逃げられましたよ、余裕です。そういうの、得意なんです」

 余計なことを言ってきやがった兄にライアーバードは即座に言葉を返す。

 実際逃げようと思えば逃げられたというのは事実だった、腕力では絶対に叶わない相手であっても、ライアーバードの幻術は効くことの方が多い。

 流石に魔術を専門に扱っている者が相手になると難しいが、そういうのは声真似で混乱させた後に幻術をかけるというコンボ技で大体どうにかなる。

 それでどうにかならなかった相手は直近に限定するとあの人の母親だけだった。

「しかし……」

「あーもう……確かにあの人と私はそういうことしたことあります、そういう関係でした。けどそれだけです、けど一方的に犯されたとかものすごい暴力振るわれたとかそういう感じではないので、これ以上この話するのやめてください。……それとお兄様、あの人が何をどう伝えたのかはわかりませんが、彼は特に悪くないので『身内に手を出しやがって』みたいなこと、しないでくださいね」

「いや、しかし……」

「いやでもしかしでもじゃないんですよ、この件に関してはあの人悪くないですから。というかこんな場で妹の情事の話を聞かないでくださいよ。私にだって羞恥心というものはあるんですから」

「しかし、無理矢理にしたとか、殴ったとか言っていたが……」

「だからそういう話をしたくないんですってば………………そういうも含めてそういうことされてた時に一人で勝手にお花畑状態になってときめいてた話とか、詳しく話したくないんですよね」

「は????????」

 兄がすごい顔になった、自分の性癖を一部暴露するという痛手をライアーバードは喰らったが、それでもこれなら流石に話題を切り替えてもいいだろう。

 ライアーバードは周囲を見渡す、少女は青い顔のまま呆然とライアーバードの顔を見ていて、父は唖然としていて、銀髪の女性は何もいえなそうなとても複雑そうな顔をしていた。

「とにかく、そういうわけでこの話とこれに関する話は終わりです。これ以上はただの猥談になります。真面目な席でするような話ではありません。本当に勘弁してください」

「……わかりました。しかし、何か辛いことなどがあったのなら、後で話を聞かせてください。この話を掘り返すのはやめましょう、あなた達もそれでいいですね?」

 そう言ったのは銀髪の女性だった。

 兄はそれに反論しようとしたようだったが、女性に見つめられて口ごもり、最終的に「わかりました」と小さな声でつぶやいた。

 少女と父も何か言いたげにしていたが、女性が無言で彼と彼女を黙らせた。

 助かった、とライアーバードは思った、多少の犠牲はあったが多分最低限で済んだだろう。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。……それとすみません、話を戻す前に一つ質問させてください」

「はい、なんでしょうか?」

「そちらのアクア様ってどういう方なんでしょうか。……お兄様の上司の御息女ということですが、そもそも何故あの時お兄様と一緒にあの劇場に?」

 ライアーバードの質問に、ライアーバード以外の全員が顔を見合わせた。

 何かおかしなことを聞いただろうか、それともアクアという少女は有名な人なのだろうかとライアーバードは記憶を探るが、常識のない頭からは何も出てこなかった。

「あー、そのすみません、ひょっとしてその、かなり有名な方だったりします……? 私、そういうことにはとことん疎くて……」

「……お前、気付いていなかったのか?」

「はあ、気付く……?」

 兄の言葉にライアーバードは首を傾げた。

 気付くも何も知らない娘さんだった、自信はないがどこかで会ったこともおそらくないだろうと、ライアーバードは愛らしい見た目の少女の顔を見る。

「その方は、マリア様だ」

 仕方なさげな顔の兄はそう言った。

 どこかで聞いたことのある名前である気がするが、果たしてどこで聞いたのだったか、とライアーバードは過去の記憶を探る。

「そ、その……すみません!! アクアというのは町に遊びに行く時に使っている偽名で……本当の名はマリアと申します。名乗るのが遅くなり申し訳ございません……!! あの時はレイく……じゃなくてレイフさんのお家にその……晩御飯をご馳走になろうと……」

 記憶を探っている最中で少女がライアーバードに向かってそんなことを言ってきた。

「はあ、お兄様のうちで晩御飯を……」

 自分の兄も幼馴染も料理の腕が壊滅的だったはずだが少女の胃は大丈夫なのだろうかと心配したところで、ライアーバードはようやく『マリア』という名に関する記憶を引き当てた。

 確かそれは、この国の第一王女と同じ名前だ。

 常識のないライアーバードでも流石に自分の故郷の王女と王子の名前くらいは一応把握していた。

 その名前をすぐに思い出すことはできなかったが、それでも一応、知っていた。

 そういえばとライアーバードは遠い彼方にあった記憶を思い出す、この国の王妃の名はエレミヤで、その愛称が「レミ」だったことを。

 つまり、今ライアーバードの目の前にいるのは、この国の王女と王妃ということになる。

 そして、少女の言葉によるとあの人は王女マリアの従兄であり兄であるらしい。

 ライアーバードは自分の顔から一気に血の気が引くのを感じた。

 きっと、ライアーバードだけが把握していなかった。

 そして把握していなかったことにもきっと誰も気付いていない。

 ライアーバードはあの人の顔と言葉を思い出す、美しい金の髪と赤い目、両親によく似ているという顔、近親相姦によって生まれたという、その話を。

 そりゃあ隠すわけであるとライアーバードは頭を抱えたくなった。

 つまりあの人は、ライアーバードが大好きなあの人は、国王とその姉の間に生まれた子なのだ。

 何故そこまでしてあの綺麗な顔を隠したがるのだろうかと思っていた、そこまでして隠す必要が本当にあるのだろうかとも。

 ライアーバードは今この瞬間、初めて自分の常識のなさを心の底から呪い、後悔した。

 目的もなくあちこちふらつくだけの旅人に政治やらなんやらの常識や知識は必要ないと呑気に思っていた過去の自分を、今はただ殴りたい。

 ライアーバードが一人で今更すぎる衝撃の事実に恐れ慄いていると、少女、もとい王女がオロオロとしはじめた。

 父はおそらく自分の娘は今初めてこの場にいる女性と少女が王族であることに気付いて慄いているのだろう、とでも考えているようで、「あちゃー」とでも言いたそうな顔をしていた、銀髪の女性もとい王妃も顔色を見る限りどうやら同様のことを思っているようだ。

 ただ一人、兄だけは深々と溜息を吐いて心底呆れた顔でライアーバードの顔を見る。

「……あいつから話を聞いた時点で嫌な予感はあったんだ。あたってくれるなよと思っていたんだが…………お前、気付いていなかったな?」

 その問いかけはアクアという少女の正体ではなく、あの人が王と王の姉の子であることに気付いていなかったのだろう、という意図のものであるようだった。

 流石兄、妹の非常識さをよく理解しているとライアーバードは感心した。

「……今、はじめて知りましたね…………そうですか、確かにそれなら……あんな必死に顔を隠してたのにも……納得です」

 ライアーバードの言葉に兄以外が不可思議そうな顔をする、兄だけが一人呆れ返った様子でライアーバードの顔を睨む。

「お前っていう奴は……」

「いやだって普通王族だとは思わないじゃないですか。……私が知らないだけの、どっかのすごく有名な貴族とか超有名人の血筋なんだろうな、くらいにしか……」

 ライアーバードがそこまで言って、ようやく兄以外の全員がライアーバードがどこまで理解していなかったのか気付いたらしい。

 その場にいる全員の視線がライアーバードの顔に突き刺さる、ライアーバードは穴があったら入りたいという言葉はこういう時に使うのだろうと現実逃避気味に思った。

「あの赤い目はこの国では王族にしか生まれない!! あの顔だって陛下と瓜二つだ!! なんで気付かない!! この、この……世間知らずで済ませていい話じゃないだろうそれは!!」

「返す言葉も、ありません……」

 珍しく怒鳴り声を上げる兄にライアーバードはただ身を縮こませる、この件に関しては完全にライアーバードの非常識さが悪い。

 一つだけ言い訳がましいことを言っていいのなら、ライアーバードの中で赤い目がさして珍しいものでなくなっていたことを訴えたい。

 ライアーバードの悪友や知人の神竜の目の色は赤で、彼女らに招待されて訪れた竜の国にも赤い目の竜達はそこそこいた。

 だから人間の赤い目の希少さをすっかり忘れていたのである。

「……レミ様、マリア様、うちの愚妹が本当にすみません。……このアホ、たった今まであいつが誰の子であるのか把握してなかったらしいです」

「すみません、お兄様の言うとおり、たった今知りました。……私とあの人、互いにあんまり詳しい話してなかったんですよね。……多分、あの人も気付いていなかったのでしょうね、私があの人の両親が誰であるのか知らなかったのを……」

 兄がそんなことを言いながら頭を深々と下げたので、ライアーバードもそれに倣って頭を下げた。

 その後、針の筵のような雰囲気のまま、ライアーバードへの尋問は続いた。

 妹の常識のなさに心底呆れ返っている兄、そこまでとは思ってなかったらしい父の呆然とした顔、こちらへの妙な気遣いを見せる王妃と王女。

 自業自得の因果応報とはこういうことをいうのか、とライアーバードは頭を抱えたくなった、想像していたよりも精神的苦痛がすごいなとも思った。

 ライアーバード以外に苦痛はないので、これが正しく因果応報なんだろうとも思った。こういうのなら自分のせいだし仕方ないと受け入れられる、とも。

 ライアーバードはできるだけ正確に兄の質問に答えた。

 と言ってもあの人に関しては、特にあの人の過去に関する話は酷い話であるのでそこだけはぼかした。

 あの人とライアーバードが出会いから今までの三年間の話は、ライアーバードが思っていたよりも早くに語り終わった。

 しかしその短さは当然のものでもあった、なんせライアーバードはあの人のことを実はそんなに知らなかったし、三年付き合いがあるとはいえど三年間ずっと一緒にいたわけでもないので。

 互いに真面目な話なんてほとんどしなかったし、互いに自分のことを語ることもほとんどなかった。

 例外は出会って間もない頃にあの人が自分の過去を、近親相姦によって生まれたことと、生まれた直後に諸事情あり娼館に売られたことを語ったその時だけ。

 希薄といえば希薄だったし、肉体関係はあれど恋人というには不誠実で爛れた関係だった。

 互いに真面目な話はせずに、なんとなく心地いいから共に過ごして、身体を貪り合いながら快楽に溺れる。

 ああいうのを多分堕落というのだろう、けれどもライアーバードにはそれが心地よかったし、悪くないと思っていたし、この先もこういうのが続けばいいと思っていた。

 結局それは叶わなかった。この先どうなるのかもわからない。

 ただ少なくとも元の自分達に戻れないことだけは、ライアーバードも理解していた。

「……と、いうような感じであの魔女様をいい感じに行動不能にできた、と気を抜いた瞬間にあっさり捕まってしまいまして。いやはや、情けない話です。気を抜かなければギリギリどうにかなっていた気がするんですよね」

 なんて反省たっぷりにあの殺人事件が起こる前に自分が行なっていた決死の逃走劇を語り終えたライアーバードに兄と父が深々と溜息を吐いた、その顔は胃痛か頭痛でも堪えているような顔だった。

「お前があいつ相手に余裕で逃げ切れた、と言い切った理由がよくわかった。……何故、あの魔女を相手にして逃亡に成功しかけているんだ、お前は」

「……なんで妖精と普通に話せているのかだとか、なんで廃城の間取りを理解していたのかとか、そもそもなんで神竜の声真似ができるのか……短くまとめられるなら理由を聞いても?」

「昔興味があって妖精言語を覚えていたので。廃城の間取りを知ってたのは昔色々あったからで……神竜様の声真似できるのは神竜様と知り合いだからです。声を使う許可はいただいています」

 ライアーバードは父の疑問にざっくりと答えた。

 ちなみに立ち入り禁止区画となっている廃城の間取りをライアーバードが知っていたのは旅の途中で盗人を追って廃城に侵入したことがあったからである。

 もう一つちなみにその時のあれこれが原因で廃城の一部が吹っ飛ぶという惨事が起こった。

 最終的にあの時の騒動が原因で起こった爆発は原因不明の謎の爆発事件として新聞の一面を飾ったりもしている。その辺りのことを話すと面倒なことになると判断したライアーバードは色々あったの一言で片付けた。

「そもそも何故神竜と知り合いに……?」

 その疑問に答えるためには例の廃遊園地ペシャンコ未遂事件について話さなければならないので、ライアーバードは父の疑問に「色々あったんですよ」とだけ答えた。

 ちなみにライアーバードにとって神竜が何者なのか短くまとめるとするのならただの知り合いか、もしくは悪友のストーカーである。

「……お前はレイフと比べると普通の子だと思っていたのだが……そういえばお前も自分とアレの娘だったな」

 最終的に父はそう呟いて頭を抱えてしまった。

 ライアーバードの母は極々普通の貧乏人を自称していたが、よく思い出してみるとなんかちょいちょいおかしな部分があった気がする。

 幼少期の自分はそんなものかと普通に受け入れていたが、ひょっとして父親だけでなく母親も割と変な人だったのだろうか、とライアーバードは考えた。

 しかし、兄に比べると自分なんて普通だ、自分は兄のように巨大な魔物を一刀両断とかできない、とライアーバードは兄の顔をチラリと見た。

「お兄様に比べれば私なんて大したことないですけどね。……とまあ、そんな感じで捕まってしまって……その後すぐにあの方……魔女様に呼び出されたあの人がやってきたんです」

 そこから先の話に関して、ライアーバードは嘘を吐くことにした。


 ライアーバードは結局、自分の嘘を突き通すことに失敗した。

「…………わかりました。どう頑張ってもひっくり返らないというのなら、世間的にそういうことになるというのはそれで諦めましょう」

 ようやく折れたライアーバードがそう言うと、兄は疲れた顔をした。

「それでも、あの人を死なせたのは私に責任があります。……その罰はいずれ受けるつもりです」

「まだ言うか、いい加減にしろ。そもそもどうやって罰を受けるつもりだ」

「さあ、どういう形になるかはまだわかりませんが……それだけはお兄様がなんと言おうと曲げる気はありません」

「……もういい、好きにしろ」

 兄はぶっきらぼうにそう言った。

 疲れ切ったその顔を見た後、ライアーバードはその場にいる他の人達の顔を見る。

「それで、この後どうします? あの人ってまだ見つかっていないんですか?」

「まだ連絡はありません。一体どこに潜伏しているのか……」

 答えたのは銀髪が美しい王妃だった。

 まだあの人は見つかっていないらしい、一旦どこに行ったのだろうかとライアーバードは考える。

 しかし、やはり心当たりなんて一つもなかった。

「……私にできることがあれば何なりと。あの人に危害を加えないというのなら、あの人の捜索に協力は惜しみません。……私は、あの人と話をしなければならないのです」

「今、王宮魔術師達が全力で捜索していますが……それでも見つからないとなると……」

「いっそ私がその辺で裸踊りとかしてみます? それで意外とあっさり出てくるかもしれませんよ」

 そんなふうにライアーバードが嘯いたら、その場にいた全員から絶対にやめろと叫ばれた。

 確かにあの人を探すためだけに自分の見苦しい裸体を晒すのはどうかと思うし、目撃者の皆さんが可哀想だともライアーバードは思った。

「そうですよね、流石に見苦しいし私もそういうことはあんまりやりたくない……ふふ、所詮私の覚悟はその程度ですよ……どこぞの神竜様は躊躇いなく全裸になったというのに……」

「見苦しいとかそういう話では……!? というか何があって神竜が全裸に!?」

 青い目の可愛らしい王女が悲鳴じみた叫び声をあげる、未成年の女の子の前でする話じゃなかった、とライアーバードは反省しつつ彼女の疑問に答える。

「神竜様の厄介ファンが神竜様の想い人をぶっ殺そうとしてたんですよね。で、その厄介ファンを引き摺り出して捕まえるために神竜様が自らの裸体を晒そうとしたのです。……流石に全裸は駄目でしょうと止めましたけどね」

 ちなみに神竜が裸踊りでもすれば出てくるんじゃないかという発想はライアーバードの悪友が出したものだ、本人は完全に冗談のつもりだったらしいが神竜がそれを間に受け、その場で服を脱ぎ散らかしたのである。

 全てがオープンだった、股間のそれも普通に見てしまった、ライアーバードはあの人以外の裸体を目にした罪悪感でしばらくあの人の元を訪れることができなくなった。

 ちなみに最終的に神竜はその厄介ファンを誘き寄せるために半裸でセクシーダンスを披露することになった、開始から五分で厄介ファンが釣れたので無事問題は解決した。

「……お前、後でその辺りも含めて全部話せよ」

 胃痛と頭痛が同時に襲いかかってきたような酷い顔でそう言った兄にライアーバードは首肯する。

「しかし、どうしましょうか……私を囮に使えばうまいこと釣れそうな気はするのですけどね。……あまり過激な手は使えないでしょうし」

「あ、あの……さっき劇場で言ってた見せ物をするという話は……」

 王女が控えめにそう聞いてきた。

 その案はよくよく考えると微妙だったとライアーバードは答えようとしたが、その前に王妃と父にどういうことだと聞かれたので、まずはそちらへの返答を返す。

「あの人の剣を見せびらかしつつ私が見せ物でもして目立った行動をすれば、あの人の方から来てくれるかもな、と。……とはいえ、私ができる見せ物なんて地味な物真似芸くらいですし……そもそもあの人、私が声を変えられること知りませんし……だから、案としては微妙、というかほぼ無しでしょう」

「……物真似芸しかできないとはどういうことだ、お前は元々歌姫だろう? 下手な芸よりも歌った方がいいのでは?」

「ただ歌うだけでは地味ですし、全然目立たないですよ」

 父の疑問にライアーバードはそう返した。

 ライアーバードは歌姫としては全く大したことないので、自分がただ普通に歌っただけでは特に目立ったりはしないだろうと思っていた。

 ライアーバードの目論見としては、剣を持った変な奴がなんか見せ物やってると噂になる→その噂話をどっかで耳にしたあの人が様子を見に来る→確保、の流れなのである程度目立つ必要があった。

 神竜の時は一応正体は隠していたが神竜という美男子のセクシーダンスという圧倒的に人を惹きつける要素があったから人が集まり噂となり目的の人物を釣ることができたのだ。

 ライアーバードにはそういう人を惹きつける要素はほぼない、いっそ神竜を呼び出せば解決するのではと思ったが、流石に応じては貰えないだろう。

 いや、悪友をいい感じにのせれば意外と応じてくれるかもしれない。

 しかし結局、彼らと連絡を取る時間がないのでこの案も却下だろう、とライアーバードは結論付けた。

「そうか……そうなのか」

「そうなのです。私が世界一の歌姫とかだったらただ歌うだけでどうにかなったかもですけどね」

「というか物真似芸と言っているが、具体的に何をやろうとしていたんだお前は」

「適当に声変えつつ歌うつもりでした。結局歌うんじゃないかというツッコミは一旦やめてくださいね、結局私にできるのってその程度なんですよ。……朗読とか演劇とかもやろうと思えばできるかもですけど、あまり自信はないんですよね」

 兄の素朴な疑問にライアーバードがそう答えると、兄は訝しげな顔をした。

「声を変えつつ歌う……できるのか?」

「できますよ。一人で魔狼奇譚とか。あとは曲ごとに声変えればなんかいい感じになるかな、と。……とはいえ、声変えつつ歌うなんて魔法使えば簡単にできるのでそれでもだいぶ地味な芸ですけどね」

 ライアーバードは大仰に肩を竦めた、自分にできることなど所詮その程度なのだと。

 裸踊りの方がまだ目立つ、と続けようとしたが、うら若い乙女の前なのでやめておいた。

「魔狼奇譚……確か魔狼に拐われた姫君を救い出す騎士の歌……だったか? 確か魔狼役と姫君役と騎士役の三人で歌う曲……だったよな?」

「合ってます。……いや、驚きましたよ、まさかお兄様が知っているとは」

 正確にいうとそれに冒頭の語り手が加わるのだが、兄の回答が概ねあっていることにライアーバードは驚いた。

 ライアーバードの中で兄は剣を振り回すこと以外の全てに興味のない男だった、妹が歌姫をやっていたにも関わらず、そちら関係の知識はほぼないに等しかったのだ。

「クラリスが昔、歌っていたんだ」

「なるほど、そういう理由ですか。なら納得です。……けどやっぱりなんというか、地味ですよね……最悪、ナハト様が言っていた『早く出てこなければこの女の命はないぞ』って私を人質扱いする案を使えば……」

「それはあいつをさらに暴走させることになるだろうから駄目だ」

「駄目ですか、ならその案も却下ということで。……何かいい感じの案とかってあります? 私を囮に使っても使わなくてもいいので、何か思いついていたら教えてくださいな」

 兄から視線を逸らしてライアーバードは父と、それから王妃と王女の顔を見る。

 父は難しそうな顔をしていた、王妃と王女は何やら奇妙な顔をしていたので、ライアーバードはどうかしたのかと聞こうとした。

 その直前に王妃と王女が互いに顔を見合わせる、そして何やら思いが通じたのか互いに頷きあっていた。

 何か妙案でも思い浮かんだのかもしれない、仄かに期待しつつライアーバードは二人の顔を見る。

 ライアーバードの視線に気付いた二人は目配せし合って、口を開いたのは王妃だった。

「その……ええと、物真似芸をやるとしたらどこでやるおつもりでしょうか?」

「えっ……と……そこまでは特に考えてなかったのですが……神竜様の時は申請すれば誰でも使える見せ物広場みたいな場所を使ったので、この辺で似たような場所があればそこを借りればいいか、とだけ……確か首都の駅前の広場で演奏してたり玉のり的なパフォーマンスしている人を見た覚えがあるので……申請が簡単ならその辺りでしょうかね」

 ライアーバードは当初考えていたことを話した。

 とはいえ落ち着いて考えてみると、ライアーバードが物真似芸を披露したところで地味すぎてあの人が釣れるとは思えないの。

 そういうわけで却下になったので、それに関して聞かれたところで今更だとは思ったが。

「なら、あ……わたくしがその申請を出しましょう」

「はい? ちょっと待ってください、私の物真似芸、地味すぎるから却下扱いにしたのですが……あ、他に何か見せ物系でいい案とかが思い浮かんだのでしょうか?」

 そういえばとライアーバードは自分の兄と父の顔を見る、二人ともそこそこ顔がいいし、ライアーバードの父は騎士団の団長で兄は確か次期騎士団長候補だとかなんとか言われていた気がする。

 この二人を表に出せばいい感じに人が集まるかもしれない。

 剣舞とかできるのならそれで充分だし、この親子なら模擬試合というだけで人が集まりそうだ。

 それでも足りなければライアーバードがそれらしい戦歌でもBGMに歌えばいい、歌いつつ剣を見せびらかせばなんかいい感じの噂になりそうだ、とライアーバードは考えた。

「あ、そっか。お兄様とお父様をいい感じに使えばいいのですね」

「おい待てどういうことだ。まさかおれらに出来もしない芸をして恥をかけと?」

 兄が即座にそう聞いてきた、ひょっとしたらさっきの神竜の話からセクシーダンスを披露しろとでも言われると思ったのかもしれない。

「芸というか、お父様とお兄様が模擬試合的なことをしたら人が集まりそうだな、と。その脇で私があの人の剣を見せびらかしつつBGMに戦歌でも歌えばそれでどうにかなりそうな気がしてきました。……お父様とお兄様って有名人ですし、そもそもあの人の知り合いで、話を聞いたところによるとあの人はすでに私達の親子関係を知っている……それなら」

「……なるほど、それなら確かに……あいつがその噂を聞けば、様子を見にくるだろう。それにおれと父上がそろっていれば、あいつが暴走しても抑え込めるだろう」

 兄が納得顔になった、父の顔も見てみると彼も納得した様子であるようだった。

「王妃様、今の案でどうでしょうか。お父様とお兄様をメインに私を脇に添える形であの人を誘き寄せる感じの作戦です」

 ライアーバードが王妃にそう問いかけてみると、王妃は少し何かを考えた素振りを見せた後、口を開いた。

「その案だと、おそらく人が集まりすぎて大混乱になるかと」

「あー……そうですか、お兄様達だと……確かに、目立ちすぎるかもですね」

 ライアーバードは自分の身内の知名度の高さを恨んだ、もう少し地味だったらこの案でどうにかなったかもしれないのに。

「あの……そもそもモリオン様だけで充分なのではないでしょうか」

「私の物真似芸だけだとやっぱり地味すぎるでしょう。モリオンの名を出したところでそれは同じ……というか、正直な話をするとその名義はあんまり使いたくないんですよね」

 控えめにそう聞いてきた王女にライアーバードはそう答えた。

 歌姫モリオンが業界から消えて四年も経つ、もうその名を覚えている者はそんなにいないだろうし、いたとしてもモリオンを嫌っていたアンチがほとんどだ。

 歌姫時代のライアーバードはモリオンのアンチに何度か襲われたことがある、一部例外を除いて自分の力だけで逃げ切ったが、ライアーバードに幻術と逃げ足の才能がなければおそらく四、五回は殺されていた。

「何故その名を使いたくないか、理由を聞いても?」

「悪評まみれのモリオンにはアンチしかいなかったので。……モリオンのことを覚えている人はほぼいないでしょうけど……究極に運が悪ければ刃物持った人とに私が刺されるかもしれないので」

「そ、そんなことないですよ!? アンチしかいないとか、そんな……それに刺されるとか……」

 狼狽えた様子の王女に、ライアーバードみたいな元ろくでなし歌姫が急にそんなことを言っても信用されるわけがないか、と小さく溜息を吐いた。

「冗談だと思われそうですけど……実は歌姫時代に何度か路地裏に引き摺り込まれて殺されかけたことがあったんですよね」

「おい待て、聞いてないぞそんな話」

 ライアーバードは話に割り込んできた兄の顔を見る、その顔はひどく疲れ切っているように見えた。

「言ってないですからね。殺しにきた人達は基本的に幻術でコテンパンにしました。私と見間違えて何か途轍もない悍ましい者に襲いかかって、恐ろしい目にあった……みたいな感じの幻術です。……幻術でどうにかしたって話がどこかから漏れたら幻術対策されかねなかったので誰にも話さないようにしてました」

 あと何度か過剰防衛じみたこともしでかしているので、それのお咎めを受けるのが面倒だったという話は伏せておいた。

 流石に殺しはしなかったが、数名ほど精神をぶっ壊したりしている。とはいってもそういう人達の精神はモリオンに襲いかかった時点でもうすでにどこかおかしくなっていた様子だったが。

「襲ってきた人達はモリオンのアンチ、というよりも歌姫アイリスの熱狂的な信者だからモリオンの事が大嫌い、って感じの人の方がほとんどでした。ほら、私って素行不良で悪評まみれだったじゃないですか。犯行動機は基本的にこんな奴がアイリスのそばにいるなんておかしい、死んでしまえって感じだったっぽいです。……この話、歌姫アイリスには言わないでくださいね、この程度のことで気を揉まれたら困ります」

 ちなみに余談だが何度か襲われた後に色々面倒臭くなったライアーバードは舞台で歌う時だけ頭がおかしいほどケバッケバの化粧をするようになった。

 その頭おかしい化粧の効果でそのうち化粧を落としている状態のライアーバードを歌姫モリオンだと認識する人はほぼいなくなった。

 化粧を始めて数ヶ月も経てば歌姫モリオンの素顔を覚えている人はほとんどいなくなったらしく、その辺りでライアーバードが道中で突如モリオンのアンチに路地裏に引き摺り込まれることはほぼなくなった。

 その化粧が歌姫モリオンの悪評をより高めていたことは理解していたが、評判が悪くなる程度で道中で突然襲われなくなるのならそちらの方がまだいいと当時のライアーバードは思っていた。

「……その話、あいつは知っているのか?」

「いえ、話してませんよ。そもそも私、前職については声に関わる仕事だったこと以外は言ってませんから」

 ライアーバードがそう答えると、兄は深々と溜息を吐いた。

「そういうわけで、あんまりモリオンの名前は出したくないんですよね。だから私を囮に使うのなら無名の物真似芸人とした方が都合がいいのです……モリオンのアンチっていうだけの人はもうほぼいないでしょうけど、アイリスの信者かつモリオンのアンチはギリギリ残ってそうというか、四年も経ってまだモリオンの事を覚えているような人って、それだけモリオンに対する嫌悪感が強い人って事だと思うので」

 そう言ってからライアーバードがその場にいる全員の顔を見渡すと、全員酷い顔になっていた。

 兄は疲れ切った顔を、王女はショックを受けているような顔を、父と王妃は何やら難しそうな顔をしていてどちらも少し怖めの雰囲気を醸し出している。

「すみません、その時の犯人達の顔や名前、手がかりになる特徴を覚えていますか?」

「実はあんまり……基本、幻術が効いているうちにとすぐに逃げていたので顔の確認とかしてなかったんですよね……そもそも顔を隠している人も多かったですし」

「そうですか……」

 問いかけてきた王妃にライアーバードがそう答えると、彼女は憂い顔をした。

 ライアーバードはこのままだと殺されかけたという話自体が真っ赤な嘘だと疑われそうだなと思ったので、朧げな記憶を掘り返してみた。

 歌姫モリオンを襲った者達の顔や姿は面白いほど思い浮かばなかった、当時のライアーバードがどうでもいい者達だと切り捨てていたので、びっくりするほど思い出せない。

 しかし一つだけ、ぼんやりと思い浮ぶものがあった。

「あー、でも一人だけ……額の真ん中と鼻の両側にすごく大きなホクロがあるスキンヘッドの男性がいたような……すごく大きいホクロだったので、それだけは印象に」

 それを聞いた兄の顔色が変わる、動揺と強い怒り、あるいは憎悪か。

 よくわからないが先ほどのライアーバードの発言のどこかに兄の逆鱗に触れるようなものがあったらしい。

「……おいエリカ。それはいつの話だ。いつその男に?」

「詳しい日時は忘れましたけど、旅に出る少し前ですね。……顔に特徴あったのとなんか言動というか雰囲気が不気味だったのでかろうじて思い出せました。……そこまで苦戦せずに逃げ切れたんですけど、結構久しぶりの襲撃だったのとなんか……こう言うと申し訳ないんですけど全体的になんか気持ち悪い人で……」

 その頃には化粧を落とした自分をモリオンだと認識する者はほぼいなくなっていたので、モリオンだと看破されたことにも驚いたし、喋り方と雰囲気が不気味だったので即座に幻術をかけて逃げ出した。

 とはいえ、不気味さとそのホクロが特徴的だったためかろうじて思い出せただけで、集団でもなければ強くもない、当時のライアーバードのような素人の幻術に簡単に引っかかるような大したことのない人物だったが。

「それで、その方が何か? 逃亡中の凶悪犯罪者とかと顔の特徴似てたりします?」

「……その男、お前が失踪した直後にクラリスを襲った男だ」

 一瞬、ライアーバードの思考が停止した。

 なんだって? あの不気味な男が、世界一の歌姫アイリスを襲っただって?

「……なんてこと、あのアイリスに手を出すような狂人の類でしたか、あの男。……なら、再起不能なほどキッツイ幻を見せてやればよかったです」

「きつい幻も何も、そもそもお前が襲われた時点でおれにでも相談していれば、あんなことには……!!」

 それはそうであるが、ライアーバードを殺そうとするような奴がアイリスに手を出すとは全く思っていなかったのである。

 モリオンのアンチは≒でアイリスの信者であることが多かった、アイリスのことが好きだからこそアイリスの幼馴染でありながら悪評しかないモリオンを嫌っている者ばかり。

 だからそもそも、モリオンに危害を加えようとしていた輩がアイリスに危害を加えることはほぼあり得ないとライアーバードは思っていた。

 アイリスになんらかの嫌悪感を持ち危害を加えようとする者がいるのなら、モリオンなんか無視してアイリスに直接手を出すだろう、と。

 だからライアーバードは自分に襲ってきた者達へは幻術をかけて逃げる以外の対応をしなかった、自分以外に誰かが被害に遭うようなことはないと思っていたので。

「……あんまり聞きたくないんですけど、その……歌姫アイリスはその男に何を?」

「…………最悪の事態はまぬがれたとだけ」

「そう、ですか。まさかそんな被害が出ていたなんて……これは、アイリスの信者がアイリス本人に手を出すとは思っていなかった私が悪いですね」

「……ああそうだな、お前が悪い」

 暗い顔で呟くようにそう言った兄の顔を見て、本当に酷いことが起こったのだろうとライアーバードは推測した。

 ライアーバードは間抜けな自分の幼馴染の顔を思い出した。

 過去に何やら酷い目にあっておきながら、あの場でたった一人でろくでなしな幼馴染を待っていた、どうしようもない歌姫のことを。

「それでその犯人、どうなったんです?」

「現行犯でおれが捕まえた。他にも余罪もあったから刑務所行きになったが、その三ヶ月後に自殺した」

「そうですか」

「……この話は……後で話す。クラリスがいないところで、だ」

「わかりました。……彼女の前でも、この話は話題に出さないことにします」

「そうしろ。……すみません、急に身内話をはじめてしまった。話を戻しましょう」

「そうですね……結局、どうやってあの人を誘き寄せればいいのでしょうか。……囮が私だけだと地味すぎる、お兄様達も囮に使うと逆に目立ちすぎて大混乱……」

 ライアーバードと兄は仕切り直しをはかった。


 話し合いは迷走した。

 最終的にあの人さえ発見・確保できればいいのだが、どうすればいいのかがなかなかまとまらない。

 まず、現在は王宮魔術師と騎士団その他があの人の捜索を行っているが、現時点で未だ発見できていない。

 ライアーバードがお土産としてあの人に渡したペーパーナイフはどうも本当に高名な大魔導士が作った魔法道具であるらしく、その魔法道具のせいで普通だったら簡単に追跡できるはずのあの人の魔力が全く追跡できていないらしい。

 なので現時点では単純な目視での捜索になっている。

 そちらの捜索をただ待つ事にした場合、いつあの人が見つかるかは完全に不明。

 運が良ければすぐに見つかるかもしれないが、運が悪ければいつまでも見つからないとのことだった。

 また、現在ライアーバードの知人でもある王宮魔術師の長を中心に王宮魔術師達が首都を取り囲む形で簡易結界とやらを張っている、こちらの結界とやらは内部から外部への脱出を阻止するようなものではなく、単純に内部から外部への移動した人間の魔力や姿などを記録し、術者達に知らせるような代物であるらしい。

 現在こちらの結界であの人らしき人物が外に出たという形跡はないとのことなので、現時点であの人が首都に留まっていることはほぼ確定らしい。

 ただ、この結界はそこそこ大規模のものらしく、明後日の朝まで持つかどうかとのことであるそうだ、そして同じ規模の結界を再度貼り直すためには最低でも三日程度はかかるらしい。

 そういうわけで、できるだけ早くにあの人を発見したほうがいいらしい。

 虱潰しに探しても発見できる可能性は低い、なのであの人を確保するためにあの人を誘き寄せる策を用意する、というところまでは話がまとまった。

 そして、具体的にどうやってあの人を誘き寄せるのか。

 その方法が出てこない。

 案自体はいくつか出たが、効果が薄そうだったり、効果があっても被害が予想されたりして却下になった。

 それと王女と王妃が何故かライアーバードが物真似芸をやる方向に持って行きたがるのも、話し合いを迷走させる一因となった。

「私としては私を囮にしようともしなくてもあの人が見つかればいいので、どうしてもというのなら大抵のことやれますけど……モリオン名義はあまり使いたくありませんが、どうしてもなら別に……どうせモリオンのことを覚えてる人なんてそんなにいないでしょうし」

 ライアーバードは方法はどうであれあの人が見つかればなんでもいい派だった。

 流石にライアーバード以外の誰かが大怪我することが前提となるような方法には賛同しかねないが、自分が多少怪我する程度か、大怪我する可能性がある程度なら許容範囲内だった。

「いや、駄目だ。さっきの話を聞いてお前を『モリオン』として表に出すのは親として許可できない。……というかそもそもアレに会わせるのだって本当は許可したくない。暴走している云々を除いてもだ」

 ライアーバードの言葉に父が反論してくる、父はライアーバードを囮に使いたくない派だった。

「では、もういっそ『ライアーバードはここにいます』とでも書いたビラを首都中に撒くか、首都中に音声拡大魔法かなんかで放送入れればいいのではないでしょうか? 場所は城……だと問題がありそうなので、別の場所の方がいいかもしれませんが」

「……それだったら確かに……エリカの身に危険が及ぶ可能性は低いか」

 兄はライアーバードを囮には使いたくないがどうしてもならやむを得ない派だった、そんな兄の提案に父は賛同の意思を見せるが、王妃が小さく首を振る。

「ですが、それだと罠だと思われ警戒される可能性もあります。……実際、わたくしは今、彼女を余計な危険に晒さぬよう彼女がいない偽りの場所を指定してあの者を迎え撃てば……と思ったので」

「あー……なんかもう、埒が明かない感じになってきましたね……誰が何を言っても、反論が出てくる」

 王妃の話にそれはそうかと思いつつ、ライアーバードは進展のなさに思わず溜息を吐いた。

 こんなことになるのならおとなしくこんなところまで着いて来ないで、逃げて一人で行動を起こしていた方がマシだったのではないかとライアーバードは思う。

 ライアーバードの手癖をなんとなく把握している王宮魔術師の長相手に逃げ切れたかは微妙だが、あの場にいた他の誰かを恐慌状態にして意識を逸らすことに成功すればどうにかなる可能性はあった。

 今この場から逃げ切る事が可能かどうかライアーバードは考える、もう何を言っても駄目なら自分が一人で勝手に行動を起こすべきでは、と。

「ひ、ひとまずそれぞれの主張をまとめましょう。……騎士団長はモリオン様を囮に使うことには全面的に反対。レイく……じゃなくてレイフさんはモリオン様を囮に使いたくないけどやモリオン様やその他への被害が抑えられるのなら許容。モリオン様は大きな被害が出なければご自身が囮になってもならなくても問題なし。わたしとお母様は……モリオン様を囮に使えばどうにかなると思っているので、基本的に囮作戦に賛成……という感じでよろしいですか?」

 王女がそれぞれの主張を簡単にまとめたので、それぞれが小さく頷いた。

 頷いた後にライアーバードの父が苦々しい、言いにくそうな顔で口を開いた。

「概ねその通りですが……王妃様と王女様は、うちの娘の芸が見たいと言う私欲もありますよね?」

 王妃と王女が非常に気まずそうな顔で押し黙った。

 そういえばとライアーバードは思い出す、王女がモリオンのファンを自称していたことと、その両親もモリオンのファンだとか言っていたことを。

 先ほどの知人の部下の姉といい、何故今日に限ってモリオンのファンとかいう非常に物好きな存在がこう何人も出てくるのか、とライアーバードは疑問に思った。

 偶然だろうが、変な偶然も続くものだ。

「…………そこまでモリオンの歌が聴きたいのなら、今回の件が落ち着いた後に何か適当に歌いますが」

「え!? いいんですかァ!?」

 王女がワンオクターブ高い声を上げた、何かすごく嬉しそうな顔をされてしまったが、モリオンの歌にそこまでの顔をする価値はない。

 王女の顔もすごいが王妃の顔もすごかった、なんとか表情を保とうとしているようだが歓喜の感情が漏れ出ている、口元がすごい。

 モリオンというかライアーバードの歌は普通の人よりも少し上手い程度である、わざわざ聞きたがるような価値もなければ面白さもない。

「は、はい……そんなに大したものは歌えませんが、それでよければ……」

「是非お願いします……うわ、やった。……え? いいの本当にいいの、これ現実……?」

 モリオンが歌う程度で夢か現実か疑うとか、そういうのはやめてほしいとライアーバードは思った、何故こんなに期待が重いのだろう。

「……いいのか?」

「ええ、歌うだけなら別に」

 兄に問われたのでライアーバードはそう返す。

「……歌うのが嫌になったのではないのか?」

「え? いえ、別に……あー……私は歌姫アイリスを超える事を諦めただけで、別にそれで歌うのが嫌いになったわけじゃないです。趣味の範囲で普通に好きです」

 いつのまにか妙な誤解を受けていたことに気付いたライアーバードはそれを否定した。

 ライアーバードの中で歌の優先度が下がったが、ただそれだけだった。

 今でも人がいない場所とかでは普通に歌っているし、神竜の時含め、人前で歌うこともある。

「……そうか」

「そうなのですよ。……とはいえ、すすんで人前で歌いたいとは思ってないですけどね。それでも何かの対価に歌う程度なら問題はありません」

「なら、いい。……それで、どうします?」

 兄の問いかけに、その場にいた全員は再び眉間に皺を寄せた。


 そこそこ長い話し合いの末、ようやくどうするのかがある程度固まった。

 話し合いの最中にあの人が見つかればいいのにとライアーバードは思っていたが、そんな幸運も起こらなかった。

 話し合いの結果、ライアーバードは仮面で顔を隠しあの人の剣を持った状態で、首都の駅前の広場で物真似芸をやることになった。

 何があってもいいようにすぐそばでライアーバードの父と兄、それから王宮魔術師の皆さんが待機、あの人が姿を見せた時、攻撃的な姿勢を見せたらライアーバードの父と兄が対応。

 攻撃してきてもしてこなくても王宮魔術師の皆さんの転移魔法であの人を含めた関係者全員を城の訓練所に転送し、そこであの人を対話できるまで落ち着かせる。

 歌姫モリオンのアンチを恐れライアーバードをを表に出したくないライアーバードの父と、ライアーバード本人が出張らないと罠だと警戒されてあの人が出てこないと予測する王妃の意見がぶつかり合った結果、最終的に歌姫モリオンだとバレなければモリオンのアンチが沸く心配はないだろうということになった。

 顔を隠せばあの人が剣を持つ者がライアーバードだと気付かないのでは、そもそもライアーバード以外の誰かがあの人の剣を持って騒ぎを起こせばそれでよかったのでは、という考えにライアーバードが思い至ったのは、大体話がまとまった頃だった。

 とはいえ、あの人さえ誘き寄せられれば過程はもうなんでもいいしこれ以上の話し合いは疲れるのでもういいや、と思ったのでライアーバードは口を閉ざした。

 話し合いが終わったのは深夜だった、今日はもう何をしても無駄だろうという話になり、作戦の決行は翌日になった。

 王妃は作戦の内容を王宮魔術師その他に伝えるために姿を消し、王女は王妃の「もう寝なさい」という言葉に仕方なく従い自室に戻った。

 ライアーバードの父と兄も騎士団の団員達に今後の話をするためにいなくなった。

 ライアーバードは客室に案内された、案内された客室の隣の部屋の扉の前で、ライアーバードの幼馴染が膝を抱えてぼーっとしていた。

「……何をやっているんですか、あなたは」

「待ってた。ずっと待ってた……遅い!!」

「静かにしなさい、もう遅いんですから。……何か聞きたいことがあれば明日以降答えます、あなたの旦那さんも交えてです」

 ライアーバードはそう言ったが、勢いよく立ち上がった歌姫アイリスは我儘をいう子供のような顔で首を大きく横に振った。

「いや、今すぐ話して」

「今何時だと思っているんですか? もう寝なさい、世界一の歌姫が夜更かしなんかで体調崩すとか困ります」

 ライアーバードは歌姫の体調を気遣いながらそう諭すが、それでも歌姫アイリスは引き下がらない。

「やだ!! ずっと待ってたのよわたし!!」

「我儘を言わないでください。……遅くなってしまったのは申し訳ないと思いますが」

「申し訳ないと思うなら、今すぐ話してよ!!」

 それはそうであるが、流石に時間が遅すぎるとライアーバードは思った。

 あそこまで話し合いに時間がかかるとはライアーバードだって思っていなかったし、遅くなってしまったのは本当に申し訳なく思っている。

 それでもライアーバードは今この時に歌姫アイリスに話をする気はなかった、なんせもうこんな時間である。

 良い子どころか悪い子ですら、本来ならぐっすり眠っている時間だ。 

「全てを話すと長くなります。夜が明けるほどではありませんが」

「なら、手短にまとめてよ」

 機嫌悪そうに、それでも最大限妥協したらしい歌姫アイリスの言葉にライアーバードは少しだけ考えてから答えた。

「……そうですね。旅に出たのは歌以外の夢を追いたくなったから、あなたやあなた以外の誰かが嫌になったとかそういう理由ではありません。声が呪われた、ということにしたのはそういうことにでもしないと円満に歌姫を辞められそうになかったからそうしただけです。旅の最中は……時々変なこともありましたが、大きな怪我をするようなこともなかったです」

 ライアーバードは歌姫アイリスが聞きたそうな事をざっくりと話した、これで勘弁してくれるだろうかとライアーバードがご機嫌斜めな歌姫の顔色を伺うと、彼女はまだ不満げな顔をしていた。

「……どうして、四年も会いにきてくれなかったの。旅に出たのはそれでいい、歌以外の夢を見つけたのならそれでいい。それなのにどうしてあんなふうにあなたはいなくなってしまったの!?」

 幼馴染の言葉に、ライアーバードはあの頃のことを思い起こす。

 路地裏に自分を引き摺り込んだ気味の悪い男の顔、悪評まみれの歌姫モリオン、歌以外の全てを削ぎ落としても決して叶うことのない夢。

 怪物にすらなれなかった絵描きの少女、悪魔にすらなれなかった自分、怪盗を自称する少年の言葉、見上げた星空の美しさ。

 古い夢を追おうとした自分と、歌姫モリオンが金になると信じて疑わない劇場の支配人の声。

 いくつもの男の手に押さえ込まれた自分の身体、汚い声、死の予感、自業自得、因果応報、絶望よりも濃い諦観、それを全て切り裂いた兜の騎士の声。

 ライアーバードは歌姫アイリスを超えるという夢を諦めると同時に、幼い頃に見た美しい夢を取り戻した。

 けれどもその夢を叶えるためには、歌姫モリオンという自分が邪魔だった。

 多分ライアーバードにはあそこまでする理由はなかった、きっとただいなくなるだけでも十分目的は達成できたのだろう。

 多分、あそこまで酷いデタラメを使わなくてもよかっただろう。

 時間をかけてモリオンの周辺の人達を説得して、普通に旅立つことだってできたかもしれない。

 実際やろうとすればかなり面倒だっただろうがライアーバードは最初、本当はそうしようとしていたのだ。

 それでもライアーバードは最終的にああいう方法をとった、モリオンという歌姫の自分の価値を貶めるてから姿を消した。

 ライアーバードは、いやエリカは認めたくなかったが、そのことに全力で目を背けていたが、本当はとても恐ろしかったのだ。

 自業自得の因果応報で何をされてもおかしくなかった、何があっても笑って受け入れるほかなかった、当時のモリオンという自分が。

 だから、その自分を切り捨てなければならなかった、そうしなければ怖かった。

 何があっても因果応報と笑って受け入れるつもりだったライアーバードだったが、それでも本心ではそれをどこかで恐れていた、そう思ってしまった当時の自分をライアーバードはとても情けないと思っている。

「……都合が良かったんですよ、その方が」

 ライアーバードは思い出した全てを隠して小さく笑った。

 最終的に自業自得で輪姦されかけて、それが怖くて歌姫の名を捨てるためにああした、なんて話を彼女に直接する気はなかった。

 先程兄から聞いた話のこともある、最悪の事態は免れたという話だが、歌姫アイリスは歌姫モリオンの、否、ライアーバードの不手際できっと地獄を見たのだろう。

 なら、それに類する話はしない方がいい。そんな話で世界一の歌姫の心を曇らせる必要はない。

「都合がよかった!? 何よそれ!!」

「邪魔だったんですよ、旅をするには悪評しかない歌姫モリオンなんて名前は。歌えない歌姫なんて無価値でしかないし、そんな価値のない女を追う者もいないだろう、と思ったんです。誰にも追われず、誰にも邪魔されずに私は自由に旅がしたかった。そのためにはああするのが一番いい方法だと思ったから、そうしただけです」

「そんな、そんな自分勝手な理由で……あなたは、あんなデタラメを……!!」

「私の自分勝手なんていつものことじゃないですか。そこまで怒らないでくださいよ……歌姫モリオンほど自分勝手で我儘で自己中で最悪な歌姫はいなかったでしょう?」

 わなわなと震える幼馴染にライアーバードは意地の悪い笑みを見せる。

 結構最悪な言動をしているな、とライアーバードは思った。

 どう足掻いても自分が最悪なのは変えられないので、別にそれでいいかとも思った。

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