第4話 炎を切る 光に包まれて

炎は広がらなかった。燃え移ることも、爆ぜることもない。ただ拳の周囲に留まり、呼吸に合わせて揺れている。


バラガン・グロンギは軽く肩を回し、首を鳴らした。余裕があるようにも見えたし、いつもの癖のようにも見えた。


「逃げねえのか」


声は軽い。慶次は構えを崩さない。視線は相手の胸元に置いたまま、足裏の感触を確かめる。地面は乾いているが、ところどころに湿りが残っている。踏み込みの位置は限られる。


炎の拳が飛んできた。速度はあるが直線的だった。慶次は半歩だけ外に出る。肩に熱が触れ、皮膚がひりつく。痛みは後から来る。今は関係ない。


距離が詰まる。短い拳を打つ。腹に当たり、鈍い音がした。バラガンは後退し、靴底で砂を蹴る。炎が強まる。周囲の空気が少し重くなる。


「奇妙な握り方をしているな、お前」


慶次は答えない。呼吸を一定に保ち、同じ間合いに戻る。時間が引き延ばされたように感じられるが、実際にはそうでもない。殴り、避け、離れる。その繰り返しだった。


炎が地面を舐め、焦げ跡を残す。小屋の影が揺れ、風が一度だけ向きを変えた。ミヤビは柱のそばで膝を抱え、声を出さずに見ている。涙は止まっていた。


慶次の拳は赤く染まり、皮が裂けている。血は滴らず、拳に留まっている。握る力は弱めない。バラガンの動きが少しずつ遅れる。笑みが薄くなる。


「しぶとい! 」


踏み込みは低く、静かだった。いつもと同じ距離、同じ角度。


空を切る


鋭く拳が入り、炎が散る。光が瞬き、すぐに消える。


バラガンは後ろに倒れ、土の上で動かなくなった。


音は小さかった。周囲の気配が戻り、虫の鳴き声が聞こえる。


慶次はミヤビの縄を解く。子どもは袖を掴み、離さない。軽い重さだった。


突然、白い光が満ちてくる。眩しさはなく、輪郭が曖昧になる。


慶次の身体は、ほのかに光を纏っていた


水無月アヤメは少し離れた場所で、それを見ている。


「‥帰る刻じゃな」


慶次は少し狼狽えながら、しかしいつもの表情に戻り、一度だけ頷いた。


強く光に包まれた後、慶次の姿は消えた。


焦げ跡は、最後まで地面に残っていた。

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