第3話 血の滲む拳
岩場の奥に、湿った空気が溜まっていた。木と石で組まれた小屋が寄り集まり、生活の痕跡が雑に残っている。
慶次は足を止め、周囲を見た。火の跡、食べ残し、踏み固められた地面。どれも新しかった。
背後で水無月アヤメが立ち止まる気配がした。声は出ない。合図もない。ただ、ここだと分かった。
人影が現れた。十人。数える必要はなかったが、数えられた。拳当てをつけ、剣を持たない者もいる。慶次を見て、囲む。動きは揃っていない。だが慣れている。
「よそ者だ」
誰かが言った。声は軽かった。
慶次は構えなかった。肩の力を抜き、一歩前に出る。
最初の拳が飛んできた。避けずに、角度をずらす。肘が当たり、相手が崩れる。
次の一人は、勢いが強かった。慶次は体を沈め、腹に短く打つ。音は鈍い。
慶次は一拍の合間に、後ろに目をやった。
アヤメもまた囲まれていたが、彼は目の前の男に視線を戻した。
アヤメは人の間を縫うように動き、男たちは触れることもできていない。
一瞥の合間に見た景色は、舞を切り取った写真のように、羽織の残像と影の揺らぎを鮮明に残していた
殴り合いは続いたが、長くはなかった。倒れる者も、立ち上がる者もいた。ただ、次第に距離が空く。息が荒くなるのは、相手の方だった。
半刻ほど経つと、拍子抜けするほど静かになった。
地面に座り込む者が数人いる。慶次は呼吸を整え、手を下ろした。
「ほう、動けるな」
奥から声が響いた。口調は軽く、楽しそうだった。
炎が灯り、揺れ、男が現れる。
拳に赤い光をまとっている。
「バラガン…」
アヤメは目の前の男の顔を見据えていた
バラガン・グロンギは口角を上げて笑うが、目は落ち着いていた。
「いい拳だ」
慶次は答えなかった。視線の先に、小さな影があった。
柱に縛られた子ども。
それはアヤメの視界にも収まっている
「ミヤビ…」
ミヤビと呼ばれた子どもは、声を上げず、ただ涙だけが落ちている。
慶次は拳を握った。強く。皮膚が裂け、血が滲む。気にする様子はない。足を開き、静かに構える。
アヤメは一歩下がった。
空気が張りつめる。火の揺らぎの中に、重い間が挟まっていた。
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