眠る
痛い。 痛すぎる。 指一本動かすだけで、神経が焼き切れるような激痛が走る。 足の感覚はもうない。たぶん、潰れてしまっているのだろう。 助けなんて来ない。 この瓦礫の厚さを見ればわかる。僕はここで死ぬんだ。 孤独に、誰にも知られず、こんな冷たい石の下で。
視界が霞む。 隣にいる、見知らぬ女性の顔を見た。 死んでいるはずの彼女の顔が、ゆらりと滲んだ。 ノイズが走る。灰色の肌に、生気が戻る。 彼女が、パチリと目を開けた。
「どうしたの? 怖い夢でも見た?」
妻の声だ。 ああ、そうだ。僕はうたた寝をしていただけなんだ。 ここは公園のベンチ。 瓦礫に見えるのは、木漏れ日の影だ。血の匂いは、熟れた果実の香りだ。
「……うん、ちょっとね。すごく怖い夢だったよ」
僕は掠れた声で答える。 体の痛みが、急速に遠のいていく。 冷たかった手足が、ふわふわとした温かい綿毛に包まれていくようだ。
「大丈夫よ。私がそばにいるわ」 彼女が手を差し伸べてくる。 その手は白く、美しく、傷一つない。 僕はその手に自分の手を重ねる。 血まみれだったはずの僕の手も、いつの間にか若々しい肌に戻っていた。
「さあ、続きをしましょう。まだアップルパイが残っているのよ」 「ああ……そうだね。お腹が空いたな」
もう、現実の味なんていらない。 鉄の味も、痛みの味も、これっきりだ。 瓦礫の隙間から差し込む光が、暖かな夕日の色に変わっていく。 遠くのサイレンが、祝福のファンファーレに変わる。
僕はゆっくりと、重いまぶたを閉じた。 意識の最後の一滴が、甘い蜜の中に溶けていく。
「おやすみ」
瓦礫の下、物言わぬ死体の横で、男は安らかに息を引き取った。 その表情は、まるで幸福な夢を見ているかのように、穏やかに微笑んでいた。
(完)
おはようカタストロフィ 喜屋武七 @w230457raz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます