起きる
涙が滲んだが、それを拭う腕さえ動かない。 このまま目を閉じれば、またあの夢に戻れるだろうか? いや、もう無理だ。一度「不味い」と知ってしまった舌は、あの人工甘味料のような幸福を受け付けない。
ポケットの中で、何かが手に触れた。 潰れたカロリーメイトの袋だ。 僕は痛む指先で袋を破り、粉々になった塊を口に放り込んだ。 ボソボソとして、口の中の水分をすべて奪っていく。喉に詰まる。 「……まっずいな、ちくしょう」
でも、味がする。 チーズの匂いと、粉っぽい舌触り。そして、飲み込んだ時に胃に落ちる確かな重量感。 それは、夢の中のどんなご馳走よりも、僕の体を熱くした。
生きている。 俺はまだ、このクソみたいな世界で息をしている。
「……う、おおおおおッ!」
叫び声を上げ、全身に力を込める。 激痛が走る。足の骨が折れているかもしれない。構うものか。 瓦礫がギチギチと音を立て、少しずつ動く。 爪が剥がれ、指先から血が滲む。その痛みさえも、今は愛おしい燃料だ。
数センチ。また数センチ。 僕は這いずり、光の漏れる隙間へと手を伸ばす。 隣で眠る、名前も知らない女性の亡骸に、心の中で小さく頭を下げた。 ありがとう。君のおかげで、僕はいい夢を見られたよ。 でも、もう行かなくちゃ。
ズズ、と体が瓦礫から抜け出す。 頭上のコンクリートを押しのけると、灰色の空が広がっていた。 街は燃えている。サイレンが鳴り響き、黒煙が太陽を隠している。 酷い光景だ。地獄そのものだ。 これからの人生には、苦痛と喪失しかないかもしれない。
それでも、僕は空気を深く吸い込んだ。 焦げ臭くて、むせ返るような、生の世界の空気を。
「……おはよう、カタストロフィ」
僕は足を引きずり、瓦礫の山を越えて、最初の一歩を踏み出した。
(完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます