第12話  三重異能戦① タッチアップ

 サイレンが鳴り響き、トオルがマウンドに上がる。七球の投球練習を終え、ナナシからの送球を受け取り、深呼吸。そしていつも通りプレートを踏む。


 いくら繰り返したルーティンでも、試合となれば緊張は消えない。少しでも力みが出ていないか、確認しながら構える。


 初回、相手の一番打者――春の甲子園で四割の出塁率を記録した選手。簡単にはいかない。


 ストレートで押し込み、あっさり追い込む。しかし、相手は一度もバットを振らない。不気味さを感じたそのとき、ナナシがインコースに構える。


 最高のボールを投げろ――そんな意思を込めたミットに向けて、トオルは力を込めて投げ込む。


 その瞬間――時間が止まったような感覚に襲われる。


(これが、“カットイン”の異能か…)


 頭では理解していても、実際に使われると気分が悪くなる。車酔いのような感覚に襲われる中、ボールはセンター方向へ。しかし、ショートがダイビングキャッチし、セカンドへのグラブトス、ファーストへと渡りアウトに。


(守備だけなら、あの二人はショウタと同じくらい上手い。双子だけあって、連携がうちの誰にも真似できない)


 次打者は、サードのファールフライで打ち取る。


 そして三番。春の甲子園で注目されたキャッチャーだ。


 アナウンスの最中に目が合う。


「全球ど真ん中ストレート!」


 ナナシが叫ぶ。変化球やコースを突いても読まれて無意味。なら、正面からぶつか

るだけ。


 一球目、振らない。二球目も振らない。違和感を覚えたナナシが外角に構えるが、トオルは首を振る。


 ナナシが舌打ちしながら、真ん中にミットを構える。


 三球目――セーフティーバント。


 倉田山全員が一瞬驚いたが、服部が冷静にさばいてアウトに。初回をランナーなしで終え、最高の立ち上がりとなる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

三重異能 スタメン 


三重異能   名前  異能         

1番ライト  加藤  精神系(カットイン)

2番レフト  伊藤  動物系(鳥)    

3番捕手   木村  精神系      

4番ファースト佐藤  超人系(電撃)

5番センター 宮川  超人系(銃口)

6番サード  高橋  超人系(念動力)

7番セカンド 田中  超人系(神速)

8番ショート 渡辺  超人系(念動力)

9番投手   神成  超人系(肉体強化)   


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

三重異能   名前  1回       

1番ライト  加藤  ショートゴロ

2番レフト  伊藤  サードフライ   

3番捕手   木村  サードゴロ  

4番ファースト佐藤

5番センター 宮川 

6番サード  高橋  

7番セカンド 田中  

8番ショート 渡辺  

9番投手   神成 





 攻撃が始まり、ナナシがバッターボックスに立つ。


「そういえばナナシさん、打席って練習でも見たことないですよね?」


 星崎が疑問を口にすると、トオルが笑う。


「あの人、努力を見せるのが嫌いなんだ。でも、俺は打者として一番戦いたくない。配球を読まれてる気がしてさ」


「先輩がそんなこと言うなんて珍しいですね」


「俺だってそこまで他人を見下してねーよ。この三か月、一年の全員、一度も休まず練習に来てる。普通にすごい奴らだよ」


 その言葉に、ベンチの面々が驚いたように顔を見合わせる。


「効率思考のトオルさんがやさしさを見せた…雨、降るかも?」


「ドームだから雨は降らねーよ。…叢雲以外の一年はよく見ておけ、ここからの先輩は恐ろしいぞ」


(バッターボックスに立つと、思考が冴える。神成のボールにも慣れてきた。次は変化球…)


 四球目、スライダー。見逃しで2-2。次は勝負球か――そう思ったら危険だ。常に状況を把握して、丁寧に攻める。


 神成がモーションに入る。練習量の多い強豪校だからこそ、そこに隙があるはず。


 外野が少し前に。サードはセーフティ警戒。なら――落とせる。


 五球目は外のストレート。ギリギリのゾーン外に投げ込まれた。


(あぶね。今のはストライクになってもおかしくなかった)


(このピッチャー、ストレートが半分、カーブでカウント調整、スライダーで逃がして、決め球はフォーク。次は――)


 六球目。外角低め、同じコースのストレート。


「ストライーク、バッターアウト!」


 AI式審判の判定に、ナナシは動かない。


「チャレンジ!」


 四角のジェスチャーで異議を唱える。


「チャレンジってなんですか?」


 神無月が疑問を口にすると、ネクストバッターのユイが答える。


「審判の判定に異議を出すこと。チームで三回まで。テニスとかであるでしょ? 高

校野球でもクロスプレイとかで使われるけど、ひっくり返ることはほとんどない」


「ナナシさん、バッターボックスで使うの珍しいですね…」


「そうね」


 バックスタンドの大型スクリーンに、チャレンジ対象となったリプレイ映像が映し出される。ベース上、ギリギリでボールが外れていたことが確認され、ナナシの四球が確定する。


 その瞬間、ナチュラルシュート気味に動いたボールの軌道が、ユイの脳裏に焼きついた。


「なるほどね。ムービングか、ナチュラルかは知らないけど……芯でとらえるのは難しそうだね」


「でもやっぱり、先輩かっこいいよな」


「……だね、相棒」


 拳を軽く合わせて気合いを入れ、ユイはバッターボックスへと歩み出る。ナナシが出塁した今、自分の役割は明確になった。


(あのボールなら、トオルならバックスクリーンまで飛ばせる。だから私の仕事は、何としてもナナシさんを進めること)


 バントかエンドランか。どう攻めるかを考えていると、相手キャッチャー――木村が話しかけてきた。


「お前、あのクソガキと仲良さそうだな」


「……クソガキ?ああ、トオルのことですか。さっさとサイン決めてくださいよ」


 異能がユイに通じていないと気づいたのか、木村はわずかに動揺し、呼吸が乱れている。ユイは構えながらベンチのナナシを見る。


(サインなし。アドリブで自由にやれってことね。十中八九、先輩は走る気かな)


 狙うは初球、外角のストレートを右方向へ――たたきつけるようなバッティング。ナナシがスタートを切ると同時に、ユイは踏み込んだ。


 ……が、ナナシのスタートは決して速くない。チームで2番目に足が遅いと言われるほどだ。


「要介護先輩……」


 ユイは小さくつぶやきながら、インコースに食い込んできたカーブをショート方向へプッシュバント。


 ベースカバーに入ったショートは反応できず、カバーに入ったサードが念動力を使ってボールを拾い、ファーストへ送球。


 ユイは全力で駆け抜けたが――半歩届かず、アウト。


「くそ、異能がなければ……」


 悔しさをこぼすが、その隙にナナシが動いた。


 二塁を駆け抜け、そのまま三塁へ――誰もいないベースへスライディング。


「サード!!」


 サードが定位置から離れており、カバーも間に合わない。ピッチャーもサードとの接触を恐れ、カバーが遅れ、声を出すだけで終わった。


 三塁へ滑り込んだナナシは楽しそうに拳を突き出し、笑う。


「ユイ、ナイスバント」


「ナナシさんこそ、ナイス走塁。……決めてよ、トオル」


「ああ!」


 拳を合わせ、笑顔を交わす二人の背中を見送りながら、トオルは静かにバッターボックスへと歩く。


「お願いします」


 その背中は熊のように大きく、打席に立つだけで威圧感があった。チーム随一のパワーヒッターであり、最強の投手でもある。


 そのタイミングで、三重異能のベンチが動く。


「……まじかよ」


 交代でサードに入ったのは、エース・斎藤。日本代表にも選ばれた爽やかなナイスガイ。普通ならリリーフとしてマウンドに立つはずの男が、なぜかサードに入った。


「悪いな、無神。見苦しいプレイを見せた。だが――奇跡は二度はない。俺が入った以上、このチームは負けない」


 サードの守備は決して悪くはなかった。あのまま異能を使わなければ、ノーアウト一二塁のピンチになっている。


 それだけ、三重異能の守備面の厳しさなのか、異能を使えば消耗品として後退させられるのか、チームの色の違いに驚きそうになる。


「……すごい自信だな。さすが高校生日本代表」


「その嫌味、いつまで続くか楽しみだな」


 斎藤が振り返り、マウンドに声をかける。


「神成、もう制限は無しだ。全力でいけ。打ち取るとか考えるな」


「言われなくても、そのつもり。もう手加減はしない」


 プレートの土を払いながら、神成は冷たく返す。


 その言葉に「制限されていたのか」とベンチがざわつく中、ナナシは冷静に聞いた。


「ちなみに神成の最速って、どのくらいだ?」


「150。自分の身長と同じ数字だ」


「素直に答えるんだな……そういうところ、ちょっと好きになりそう」


「気持ち悪いこと言うな、お前……」


「けど、残念だったな」


 三塁でリードを取りながら、ナナシはピッチャーを見据える。


「うちの後輩は、今大会最強の投手であり、最強のバッターになる予定だ。その程度のボール、打ち返せないやつじゃない」


 斎藤が何かを言いかけたが、そのとき――


 快音がドームに響いた。


「――いったろ?」


 打球は左中間へと大きく伸びる。真芯ではないが、それでも十分すぎる一打。普通の野球なら、間違いなくホームラン。


 だが、ここは異能野球。


 センターが翼を広げ、空へと舞い上がる。


 ホームランキャッチの練習など、強豪校では日常。むしろ、先ほどの奇襲バントのほうがレアケースだ。


「……うげ」


 センターがスタンドギリギリではたき落とした打球を、右腕を銃のように変形させたレフトがキャッチする。だが、その瞬間すでにナナシはスタートを切っていた。


「レフト急げ!」


 叫びが響くがもう遅い。銃を構える間にナナシはホーム間近。ボールは一秒もかからずホームへ到達するが、その勢いを殺してからタッチするには、わずかに間に合わなかった。


「ホームインだ」


 堂々と宣言するナナシだが、ほかの選手が声を掛ける。


「木村、サードに投げ……」


「無駄だ」


「タッチアップは野手が触れた瞬間からだ。ルールくらい覚えてからグラウンドに選手を絶たせろよ、木村」


 悪態をつきながら、トオルが置いたバットを拾いベンチへ戻る。その途中、チームメイトたちはざわついていた。


「マジっすか…タッチアップって、アウトになった瞬間からじゃないんですか?」


「おい、馬鹿がバレるから大声で言うな。いいか、タッチアップは“野手が初めてボールに触れた瞬間”からスタートできる。お手玉された時や、今回みたいにタイミングがずれた場合でもそうだ。野球じゃ常識だぞ」


「「ほえ〜」」


 ベンチが一気に納得ムードになる中、ただ一人だけぽかんとしているトオルが戻ってくる。


「キャプテン、さっきのって——」


「あーもう! 星崎、キャッチボールしながら説明してやれ。俺は防具着てくる。あと、トイレ行ってくる」


 ナナシはベンチを離れ、チンカップを装着しながら深呼吸を繰り返す。


(ここまでは完璧に想定内。あとはトオルを導いて、失点1以内に抑える。それしか勝ち目はない。順調、順調だ……)



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


スタメン


倉田山   名前  異能

1番捕手   神無  無能

2番センター 雫石  無効系   

3番投手   熊無  無能  

4番ライト  叢雲  万能系

5番ファースト鬼頭  動物系

6番サード  服部  超人系

7番レフト  中村  超人系

8番セカンド 神無月 精神系 

9番ショート 神無月 精神系


1回の結果           



倉田山    名前  1回       

1番捕手   神無  四球

2番センター 雫石  犠打   

3番投手   熊無  犠打(異能)  

4番ライト  叢雲  

5番ファースト鬼頭  

6番サード  服部  

7番レフト  中村  

8番セカンド 神無月  

9番ショート 神無月

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