第6話 星崎先生の野球教室

 昼休み、トオルとユイが食事をしているとクラスの扉が開き、アリスが大声を上げる。


「先輩、午後から暇なんでしょ。勝負しましょ!!」


 勢いよく、飛び込んできたセリフにトオルは嫌悪を覚える。


「……」


 ただ無言で重箱を5段まで重ね上げると、ユイが話しかける。


「昨日の今日で勝負は……」


 アリスに目線を合わせるが、彼女の表情は新しいおもちゃを見つけた子供の用だった。


 ユイが何を言おうがきっとアリスは止まらない。だからトオルははっきりというしかない。


「ダメだ」


「何でですか。何度も勝負をすれば、きっとワタシたちはレベルアップが…」


「だから、ダメなんだ」


 決定的な部分。精神的にアリスは幼すぎて、周りが見えていない。


 というより、目の前のことに集中しすぎて、周りが一切見えていない。


 これでは、もし強打者と対峙したとき、アリスはランナーを絶対忘れる。


「まず主語がワタシたち。自己中心的な表れだ、野球はチームスポーツ!!


そして、最後に無策で挑んできて、返り打ちにあっても明日も挑むだろ。そして何度も来る


 それだとおれのレベルは上がらない。それはただのじゃれあいだ。勝負じゃない」


「……けど!」


 必死に反論をしようとアリスも言葉を出そうとするが、アリスの声がのどで詰まる。


 こいつに教えなければいけないことは多すぎる。


 そして夏まで短すぎる。


「ユイ、星崎に連絡して野球講座やらせてくれ。今日の練習メニューから変更できるか?」


「はいはい、わかりました。アリスちゃんは放課後か異能の授業中に、星崎君と勉強ね。それまでは投球禁止、左爪のこともあるし、今日は我慢して」


「ユイさんに言われると……わかりました」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 異能の授業中、星崎は校庭の隅で土の異能を使いながら、野球盤を作り上げる。


「星崎君の野球講座始まりまーす。バカな天才君はしっかり勉強してね」


「すごいむかつく。これ全部異能なの?」


「そう。万能使えばこれくらいできるだろ」


 アリスは思考を巡らせるが、人形を一体一体準備するのは不可能だ。丸いもの程度なら簡単に作れるが、人の形なんで無理だ。


「いや。無理だよこれ……本当にすごい、これで生きてけるんじゃない?」


「無理だよ……小6の時に立体作品で全国優秀賞が僕の限界。その時の最優秀賞は」



「……ごめん忘れてた」



(確か最優秀章ワタシだった……さすがに無神経だったかな)


 当時のアリスはどんなものでもすぐに吸収し、並みの大人レベルまでたいていのことはできた。


 けれど、異能を使って細かな作業は苦手な分類だ。



「第一問。1アウト1、3塁。カウント2-2。2アウト同じ塁、同じカウント。この際、打者はスクイズを選択し、空振り。投手はスクイズを防ぐために暴投し、後ろに逸れます。この際の得点理由と振り逃げが成立するかを答えなさい」


 野球盤の選手とボールを動かし、プレイを再現する。


「いきなり難易度高くない!!もうちょっとタッチアップとか基本的なところから」


「そんな簡単な問題で正解されるとユイさんに怒られるので、1分以内に答えてください」


 星崎は、ユイからアリスの心を折って、向上心を上げさせるように。と言われている。


 星崎にとって、野球知識は数日でついたものではない。これは、完全にアリスを一度折って、丸くする。もしくは、向上心を煽るための刺激剤でしかない。


「……答えはワイルドピッチで振り逃げは、盗塁で1塁開けたから。両方成立する!」


「不正解です。答えは盗塁は場合によるです。場合によってはワイルドピッチ。場合によれば盗塁です。振り逃げは2アウト時だけ成立です。1塁にランナーがプレイ開始時にいたため、盗塁できません」


 上記のプレイは2022年8月14日 阪神対中日戦を参照してます。


「なにその、ダブルスタンダード!!」


「AIの判定で投手が暴投しなくても盗塁成功する可能性もあります。異能の場合は盗塁です。振り逃げは1塁が埋まっているため、1アウトならランナーが途中で止まり、引き返す可能性があるので振り逃げは1アウト時は成立しません」


「振り逃げは何とか分かった……けど、野球難しくない」


「はい、次!」


「ワンナウト1、3塁打者はスクイズを選択。ただ、ピッチャーフライになり、打者はアウト。一塁ランナーと3塁ランナーは飛び出し、ホームにいます。飛び出している1塁に投げアウトにしました。この際、攻撃側は点が入りますか?」


「これは簡単ね。3アウトになるから0点ね」


「残念ながら不正解です。アピールしなければ1点入ります。必ずタッチで3塁ランナーをアウトにするか、3塁に送球してください」


「なんでよ!!」


(その苦悶する顔が見たいんだ)


「星崎ひどくない。それともワタシだけにひどいの?」


「捕手ってのは基本打者の嫌がることをするから、性格はゆがみます。ちなみに、この問題、神無月姉妹とカナタは両方正解しました」


(絶対嘘じゃん。けど、ワタシが正解できなかったのは事実……)


「じゃあ、ラスト問題。1アウト満塁、足柄カナタがライト線奥深くでフライをキャッチし、アウトにしました。


 3塁ランナーと2塁ランナーはタッチアップ。1塁ランナーはタッチアップせずに1塁と2塁の間。星崎が異能を使い、1塁ランナーを刺しました。


 この際、3塁ランナーは神速でホームにすでに到達。さて、点は入る?そして、足柄カナタのペナルティは何イニング?」


「入る。タッチアップは成立しているから1点。1アウト分の働きをしているから3イニングのペナルティです」


「野球は正解、ペナルティはダブルプレイなので4イニング使えません」


「異能ヤキュウ……」


「3問不正解の叢雲さんには追試を受けるように言われてるので、よろしくお願いします。特に外野の知識と投手の知識はしっかり入れるように叩き込むよう言われてます」


「星崎はなんで全部わかるの?」


「野球が好きだから、好きだからもっと深く自分の体に浸透させてそれを強みにしたい。


 経験則だけど、自分のミスで先輩たちの夏を終わらせると一生の傷になるぞ」



「……わかった。いくらでも付き合うからあなたの知識を教えて。熊退治の時はリードよろしく」


 気が付けば、自然と心を開いていた。


 きっと叢雲アリスが本当に求めていた人々は、ほめてくれる大人でもなく、尊敬してくれる同級生でもなく。隣を一緒に進んでくれる仲間が欲しかった。


 対等な仲間、異能のせいで格差が自然と生まれ、交友関係が格差的になったが、それでも野球の前では知識、異能、肉体。そのすべてを使う以上、絶対的な格差は少ない。


 (ワタシこの学校来てよかったかも……)





 

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