第3話 出せない手
施設の廊下は、異様に静かだった。
白い壁。
無機質な照明。
足音だけが、やけに響く。
「新人の初任務だ」
先を歩くスーツの女が言った。
「簡単な回収。相手は一人。能力も単純」
「……単純、ですか」
「ああ。君にとっては」
その言い方が、妙に引っかかった。
廊下の突き当たり。
扉の前で、女が立ち止まる。
「中にいる」
ドアが、音もなく開いた。
そこは、だだっ広い訓練室だった。
天井が高く、柱も遮蔽物もない。
中央に、一人の男が立っている。
黒いパーカー。
フードを被り、表情は見えない。
「……誰だ?」
男が低い声で言った。
「回収係だ」
女が即答する。
「抵抗すれば、殺す」
「……はは」
男が笑った。
「随分と早いな。もう新人か?」
視線が、俺に向く。
「そいつが?」
「そうだ」
女は一歩下がった。
「任せる」
「……え?」
返事をする前に、扉が閉まった。
逃げ道はない。
「へえ」
男がフードを外す。
年は、俺と同じくらい。
目が――妙に、焦点が合っていない。
「じゃんけん能力者、だっけ?」
胸が、跳ねた。
「……知ってるのか」
「そりゃな」
男は、指を鳴らした。
音が、消えた。
足音も、空調音も、呼吸音すら――消失。
「……?」
「俺の能力」
男が言う。
「遮断」
次の瞬間。
視界が、黒くなった。
「……っ!?」
光が、ない。
何も見えない。
音もない。
距離感も、分からない。
「視覚、聴覚、ついでに触覚も弱めてる」
男の声だけが、直接頭に響く。
「安心しろ。殺しはしない」
「……なら」
「ただし」
声が、近づく。
「君は、出せない」
意味が、分かった。
俺の能力は、認識が前提だ。
石は、衝突が必要。
ハサミは、切る対象を理解する必要がある。
紙は、包む“何か”が分からなければ意味がない。
何も分からない。
「……最悪だ」
握る。
グー。
石になった感触は、ある。
だが、何に当てればいい?
「動くな」
肩に、衝撃。
石の腕が、何かに当たる。
だが、相手はいない。
「外した」
男が、笑った気配だけを残す。
次。
腹部に、重い衝撃。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
「読み合い? 三すくみ?」
声が、嘲る。
「成立しないだろ。分からなきゃ」
思考が、焦る。
このままじゃ――負ける。
その瞬間。
違和感に、気づいた。
触覚が、完全には消えていない。
弱められているだけだ。
なら。
俺は、手を開いた。
パー。
紙が、床に落ちる。
見えない。
だが、紙は広がる。
空間を、包む。
「……?」
男の声が、初めて揺れた。
紙が、触れた。
能力に。
遮断が、ほどける。
音が、戻る。
光が、戻る。
目の前に、男がいた。
「――今だ」
チョキ。
刃が、首元で止まる。
男は、動かなかった。
「……参った」
男が、苦笑する。
「見えなくても、包めるのかよ」
俺は、刃を下ろした。
膝が、笑っていた。
扉が開く。
「及第点」
女が言った。
「だが覚えておけ」
こちらを見る。
「今のは、序の口だ」
俺は、右手を見つめた。
この能力は――
分からない相手に、弱い。
そして、
それを知っている敵は、必ず現れる。
三すくみの世界で、俺は右手を出す だん @kouki_dan
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