第11話 再びの居酒屋にて
それから数日後。ようやく杏子が動き出した。何をやるのか決めたわけではない。まだまだそこまで考えてみる気になれない。
ただ、迷惑を掛けたであろう川口の居酒屋に謝罪しようと思った。チンピラのことはまあいいだろう。あれは正当防衛だ。セクハラされたのだし、下手をしたらホテルに連れ込まれていたかもしれないのだから。
でも、喧嘩騒ぎを起こされた店は被害者だと思う。謝罪するのは人として当然のことだ。何か壊れたものがあるのなら弁償したいとも思った。
店が開く前にと、杏子は陽の高いうちに川口に赴いた。あの時の居酒屋にのれんは掛かっていなかった。まだ開店前のはずだ。
「ごめんください、ごめんください」
すると鍵を開ける音がして、引き戸が開いた。
「あの。突然にごめんなさい。私、先日大変ご迷惑をお掛けした・・・」
顔を出した年嵩の男性に杏子が話し出す。すると奥から若い女性の声が聞こえてきた。
「御子柴先輩!」
志津香だった。どうしてここに・・・。杏子が訝しがる。
「あの、あの時は大変申し訳ございませんでした」
杏子が男性に頭を下げた。
「いいんだ、いいんだ。中へ入んなよ」
男性はそう言って杏子を招き入れた。店の中には志津香がいる。
「先輩、どうしたんですか?」
「いや、あの。ご迷惑をお詫びしたいと・・・」
杏子は持っていた菓子折を店主に差し出す。
「これはこれは、ご丁寧に」
「何か壊れたものとかあれば、弁償させていただこうと・・・」
「いいんだよお。何も壊れちゃいないから。それより、こっちは大助かりさ」
「大助かりって・・・?」
杏子には意味が分からなかった。すると席を立って志津香が寄ってきた。
「あのふたりには店が迷惑してたんですよ」
志津香が言った。
「あいつら、うちへ来ちゃ、女性客に声を掛けて、よからぬことばかり」
「そうなの。悪さばかりして。ああ。この人私の伯父さんなんです」
杏子は、志津香の母の兄がこの居酒屋の店主なのだと教えられた。どういう因縁なんだろう。あり得ないほどの偶然だと思った。
「もう、スカッとしてさあ! いや警察なんか呼ぶつもりはなかったんだけど、客の誰かが110番しちゃったらしくて。あんた強いねえ、惚れ惚れしたよ」
と店主。いや、志津香の伯父が言った。
「だから言ったでしょ。私が高校時代憧れの先輩なんだから。格好良かったんだあ」
志津香が伯父にニコニコ顔で言った。
まだ、そんなことを。どこまで人を馬鹿にすれば済むんだ。杏子はまた怒りの感情が湧き出してくるのを感じた。
「もう止めて! 私は憧れられたりするような選手じゃなかった。高校3年間で私の戦績は0勝なのよ。負けた回数はもう覚えてないけど。1勝も出来なかった。今はしがないインストラクターで、それもクビになったわ!」
杏子は思わずそう叫んでしまった。
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