第10話 負け犬の女

 杏子は絶望した。

 とにかくその日の夕方、サンダー・スポーツクラブ赤羽店へ出向いた。そして事情を三反薗からすべて聞いた。

「店長、すいませんでした」

 杏子は深々と三反薗に頭を下げた。

 昨晩遅くに川口警察署から赤羽店に電話が来た。警察は泥酔した杏子の所持品からIDカードを見つけ、それで電話してきたのだろう。

 夜間の担当から店長に連絡が行き、店長は神木社長に第一報を入れた。すると社長が杏子を引き取りに来たというわけだ。

 幸いチンピラふたりに怪我はなく、もちろん多少顔面は傷んだかも知れないが、女ひとりにノックアウトされたと騒がれたくなかったのだろう。それにすねに傷を持つ身で、杏子を訴えるわけにいかなかった。

 三反薗は社長がチンピラにいくばくかの金を渡したことを杏子に話していない。それは口止めされていた。

 結局杏子は逮捕されることはなかったが、警察のご厄介になったことは紛れもない事実だ。言い訳のしようもない。そして杏子は正式に解雇された。

 どうしたらいいのか・・・杏子は何も考えられなかった。当面の生活は何とかなるだろう。18の時から働いている。多少の蓄えはあった。だが、それも遠からず尽きてしまう。

「これからどうしよう・・・」

 ジムを出た杏子は躑躅に寄ってみた。もちろん酒を飲むつもりではない。しばらく酒とは離れる気でいる。

 実は佐山がいないかと思ったのだ。だが、佐山はもういなかった。あの後すぐ店を辞めたという。

 

 杏子は部屋に引きこもってしまった。仕事を探すべきだとも考えたが、今はそんな気にもなれなかった。

「私たちの人生は、どこでこんなに距離が出来てしまったんだろう」

 杏子が呟く。それはつまり、伴志津香のことだった。同じ高校の同じ部活動にあって、片や大学生になりオリンピック候補選手だ。それに引き換え自分はしがないインストラクターで、しかも、それさえ喧嘩でクビになってしまった。

 インストラクターと言ってもボクササイズなんていうボクシングの真似事みたいなレッスンをしている。

「それにしても、なんで志津香は私に憧れていたなんて言ったんだろう。おちょくったのか? 馬鹿にしたんじゃないのか?」

 杏子に志津香に対する怒りみたいな感情が湧いてきた。いや、怒りじゃなくて、単なるやっかみかな。

「1勝も出来なかったなんて・・・。問題はそこだよなあ」

 高校時代、杏子は部活に情熱を注いでいた。1年生でボクシングに出会って、魅了されたと言ってよかった。

 懸命にトレーニングしたし、センスも悪くないんじゃないかって思ってた。勇気もあったと思う。打ち合いにも臆していなかったはずだ。

 でも、勝ったことがないのだ。自分は。

「しょせん負け犬なんだなあ。あーあ、人生にも負けちゃったよ」

 杏子の瞳から涙が溢れた。

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