第8話 居酒屋にて

 惨めだと思った。マシンエリアに集まる東日本武道大学女子ボクシング部の5人がこっちをチラチラと見ている。中でも志津香は杏子のことをじっと見詰めていた。

 レッスンをしていても気が散ってしょうがなかった。そして、恥ずかしいと思ったのだ。

「私に憧れていた・・・くそう、コケにしやがって」

 杏子の心の声が漏れそうだった。

 自分に憧れていたわけがなかった。なぜなら、自分は高校3年間、団体でも個人でも、一度も試合に勝ったことがないのだ。

 一生懸命にやっていた。練習もたくさんした。もちろんやる気もあった。でも勝てなかったのだ。それが憧れていただなんて。人を馬鹿にしている。

 杏子はレッスンを終えると、まだマシンエリアに残っていた志津香を無視してバックヤードに入ってしまった。川口店は赤羽店と違ってSTAFF ONLYの部屋も広く、ひとりで居ても違和感がない。もう話もしたくない。

 こんな気持ちになったのはまさに8年ぶりだ。苦い記憶を思い出してしまった。自分は負け犬なんだ。


 2回目のレッスンの頃には志津香たちはもう居なかった。ホッとする杏子だ。そしてホッとしている自分に杏子は腹が立った。今までの人生を全否定された気がする。

 それで杏子はレッスンの後、川口の繁華街へ足を運んだ。飲みに出かけたのである。

「飲まずにいられるか!」

という思いだった。ネオンの町からは少し外れたところにチェーン店でない大衆的な居酒屋があった。

 その店に入ると杏子はひとりでテーブル席に着く。小さなふたり用のテーブルだ。

 そして飲み出した。ハイボールジョッキを煽り出す。何でこんなに動揺する? 動揺なんかしてない。してるじゃないか? してないよ。

 ああ良いレッスンだった。嘘だ、ボクシングのまがい物じゃないか。片やオリンピック候補選手で・・・。そんなことをグルグル、グルグル考えながら杏子はハイボールを飲み続けていた。

 杏子が飲み出して小1時間もした頃だ。その頃には既に5杯のジョッキが空いていた。すると、ガラの良くない若い男が2人杏子の席に近寄ってきた。

 だが、杏子は飲み続けた。考え続けていた。なので気が付かなかった。

「おい、姉ちゃん。俺たちと一緒に飲もうぜ」

「ひとり飲みは淋しいだろ」

 そこで初めて杏子はテーブルの向こうに男がふたりいることに気が付いた。

「誰? 私は先輩なんかじゃないからね」

 杏子が声を張る。だが、男たちには意味が分からなかった。

「俺たちといいことしようぜ」

 ひとりの男が舌舐めずりでもしそうな顔で杏子を見下ろしていた。杏子は胸ぐりの空いたTシャツを着崩している。もう夏が近かった。その胸元を男は見ていた。

「あっちいけ。あたしは機嫌が悪いんだ。用はないんだよ!」

 杏子が邪険に言い放つと、男はテーブルのコップを取って杏子の胸に水を流し込んだ。

「へへ。濡れちゃったねえ。あそこのホテルにでも行こうぜ」

 男はそう言って店の窓から見えるラブホを顎でしゃくった。それで杏子の中で何かが弾けてしまった。糸が切れたと言ってもいい。今まで堂々巡りの思考を続けていたが、杏子の抑えが完全に外れてしまった。

 男は杏子の胸の谷間を覗き込んでいる。杏子は椅子から腰を浮かせた。中腰の姿勢のまま男を見上げる。

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