第2話 杏子の仕事
サンダー・スポーツクラブではスタジオレッスンとして、体力系のエアロビクス、ダンス系のジャズダンス、ズンバ、格闘系のボクササイズがあり、最近始めたヨガのコースもあった。初心者向けの40分コースから60分のフルコースまで所要時間でもいくつかの種類がある。
杏子の担当はボクササイズだ。ボクササイズはボクシングの動きを基本にハイテンポの音楽に合わせて身体を動かすエクササイズである。また杏子はエアロ・エクササイズも代打として受け持つことがあった。
杏子は通常1日に6枠、代打が入ったりすれば7枠、8枠のレッスンを受け持つ時もある。とは言え、決して杏子がやる気満々だというわけではない。出来れば楽して済ませたいといつも思っていた。
「杏子さん。レッスンに少し工夫とか出来ないんですかね」
朝一のレッスンを終えて事務室に戻ってきた杏子に三反薗が詰め寄った。
「ああ・・・? 工夫って?」
「それを考えるのがあなたの仕事でしょ」
今日の三反薗は隙がない。今週末には社長の視察が入る予定なのだ。サンダー・スポーツクラブ赤羽店の成績は全8店中下から3番目だった。
「ボクササイズ、受講者数減ってますよ」
三反薗が更に追求する。
「そうは言っても。広告宣伝の強化が必要じゃ」
「ふざけないでください」
「レッスン内容変えるって言ったって・・・」
「きつ過ぎるんじゃないですか?」
「だって。ボクササイズですよ。あのくらいは当たり前で・・・」
「だから。お客様はボクシングやりに来てるわけじゃないんだから」
こうして杏子は10分ほど三反薗店長にグズグズ言われてようやく解放された。
午前中2本目のボクササイズを秋葉原店でこなしてから、フィットネス・インストラクター仲間と杏子は昼食に出た。
杏子は都内で赤羽店を中心に、秋葉原店、上野店の3施設で教えている。昼食はここ秋葉原店周辺で摂ることも多かった。
「
杏子の頼んだ大盛りを前にエアロビクスの
「え? だめかな?」
「そうじゃないですけど。私なんかすぐ太っちゃうから」
「そうなの?」
「コーラ飲んでも太るんですよ」
「コーラは太るわ」
「え? そうなんですか? ダイエットコーラでも?」
梓早苗はエアロビクスの全国大会への出場経験もある。サンダー・スポーツクラブの数少ないエアロ・エクササイズ専門インストラクターだ。ただ体型はアスリートというより、モデル系。痩せている。
「ムリムリ。そんなんじゃ絶対足らないから。まだ今日4つレッスンあんのよ。食べないと死んじゃう」
杏子はそう言って食事にかぶりついた。
「御子柴さん、ボクササイズって赤羽店ではどうなんですか?」
もうひとりのフィットネス・インストラクターの佐藤千春が問いかけた。
「どうって?」
「受講者数減ってませんか?秋葉原店ではもうひとりのボクササイズ・インストラクター、クビになっちゃいましたよ」
「カナエさんね。可哀想・・・」
と梓だ。
「私たち、所詮契約社員だからね。簡単にクビになっちゃうから」
佐藤が愚痴る。そこには暗に杏子の置かれた立場に対するやっかみが入っていた。
「よく分かんないけど、食って、寝て、やれれば、それでいいわ。私は」
杏子はそう言い切った。呆れ顔のふたりを見もしなかった。
杏子はサンダー・スポーツクラブ、略してTSCの設立初期からの正社員である。現在インストラクターは基本契約社員だ。1年契約を前提としていて、組合にも加入できない。
10年前に埼玉で設立されたTSCは順調に業績を伸ばし、6年前都内に店舗を構えるタイミングで杏子が入社した。高校を卒業してバイト生活をしていたが、ボクシング経験を買われて現社長に雇って貰ったという経歴だ。
だから杏子は組合員でもあり、簡単にはクビにならない。しかも社長に話が出来るという待遇は益々杏子を増長させていた。
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