第4話 人は見かけによらない
「ね・れ・ね・ええええ……」
時刻は6時。
ついさっきまで夜の10時だった気がするんだが、色々考えてるうちにオールしてしまったらしい。
自分の精神力の弱さに、軽く恐怖すら覚えつつ起き上がる。
……ちくしょう。寝れるわけがねぇ。
分かってる。分かってるよ。
今日から部活で運動するんだから、ちゃんと寝なきゃダメなんだって。
でもな?
寝れねぇもんは寝れねぇんだよ。
「はぁ……朝飯いいや」
オカンは今日と明日、出張で家にいない。
しばらくあの高級レストラン級の飯が食えないと思うと頭がおかしくなりそうだが、心配をかけずに済むのはありがたい。
俺は教科書を鞄に詰め込み、手洗い場へ直行。
歯を磨き、顔を洗い、夏樹を待つ。
「……覚悟決めっか」
ここまで来たら、もう引き返せない。
なんやかんや言って、夏樹も結衣も、笑ってる方が俺は好きだ。
心配させるのが一番キツい。
スマホをいじっていると、インターホンが鳴った。
鞄を肩にかけ、ポケットにスマホを突っ込む。
……さぁ、勝負だ。
「おはよう、翔君」
「おう、おはよう」
玄関の鍵を閉めると、夏樹が俺の手を引っ張る。
もはや慣れた光景だ。
「今日から部活だね!」
「そうだな。久しぶりに走るからタイム落ちてないか心配だわ」
「あはは、大丈夫でしょ。翔君めっちゃ早いし」
「そんなことねぇよ」
朝から笑い合う、こんな日常。
借金に追われてた頃じゃ考えられない。
……一度目の高校生活でも、ここまでじゃなかった。
中学時代、陸上部で何度も優勝して輝いていた俺。
高校でも途中までは順調だった。
けど、最後の最後で気を抜いて、引退前に練習を疎かにして――負けた。
二度目は、そうはいかない。
ちゃんと走る。ちゃんと積み上げる。
……まぁ、今日で死ぬかもしれないけどな。
あっはっは。
◆
学校に到着し、1時間目から4時間目までをなんとか乗り切る。
完全に開き直ったおかげで授業は意外と頭に入った。
……が、眠い。
信じられんほど眠い。
「……あ、弁当ねぇんだ」
「じゃあ今日も私のあげるね」
母は出張=弁当なし。
死活問題である。
「悪いな、ありがとう」
机を向かい合わせにくっつけ、夏樹が弁当を開いた――その瞬間。
ガラッ!
荒々しく開く教室の扉。
「翔!!」
……結衣。
いや待て、想定外すぎる。
部活どころの話じゃねぇぞ。
「弁当一緒に――……は?」
結衣の視線が、夏樹に向く。
「……結衣」
「……夏樹」
二人の視線が交差し、空気が凍る。
まるで映画のワンシーンだ。
……とか言ってる場合じゃねぇ!
しばらく睨み合い、やがてバチバチと火花が散りそうな空気に。
周囲の生徒は察したのか、静かに撤退を始める。
「何しに来たの?」
「弁当食いに来たんだけど?」
「ごめんねぇ、翔君弁当忘れちゃって、私の食べるんだ〜」
「はぁ? なら私のあげるし、関係ないし!」
「なんですって!?」
「文句あんのか!?」
「「翔(君)はどっちがいい!?」」
……はい、来ました。
テンプレ地獄。
だが対策は一切ない。
「す、すまん!!」
俺は全力で逃げた。
こんなの選べるわけねぇだろ!!
生まれ変わるなら男?女?なんて選択より遥かに重い。
俺は廊下を走り、2階の空き教室へ飛び込んだ。
「お、どした?」
「翔?」
そこには響と柊。
「……結衣と夏樹に、殺されかけた」
「あ〜、察した」
「リア充かよ」
「そんな良いもんじゃねぇ……」
ここは安全地帯だ。
間違いない。
「弁当忘れたんだろ?俺のやるよ」
「柊……!」
「俺のもやる」
……神か?
俺は二人の弁当を分けてもらい、ようやく腹を満たした。
「で、部活何入った?」
「俺、ボクシング部」
響はファイティングポーズを取りながらそう言った。
「納得」
「俺は帰宅部」
「なるほど……ってボクシング部!?」
一度目の人生では聞いたことねぇぞ!
「翔は?」
「陸上部」
「やっぱりな」
「翔、陸上だけはバカ早いもんな」
“だけ”って言うな。
「うるせぇ」
他愛ない会話。
これだよ、これ。
さっきまでの地獄も含めて――
これが青春なんだろうな。
◆
渋々教室に戻った俺は、呆気に取られていた。
というより――もはや言葉が出てこない。
「翔君ってさ〜、かっこいいよね〜」
「いやもう、存在してるだけでかっこいいからな!!」
「分かります!それ、めちゃくちゃ分かります!!」
……いや、ちょっと待て。
さっきまであれだけ喧嘩していた結衣と夏樹が、
何事もなかったかのように仲良くガールズトークを繰り広げている。
しかも――
眼鏡をかけたロングヘアの清楚系女子。
同じクラスの
いや、夏樹と結衣はまだ分かる。
なんで増えてるんだ?
「あ、翔君!!」
「翔、遅かったじゃねぇか〜」
「翔さん、待ってましたよ!」
「お、お、おう……」
状況が理解できない。
喧嘩してた2人が仲良くなってるだけでも意味不明なのに、
なぜか+1名様ご案内されている。
「弁当は柊と響にもらったから大丈夫だぜ」
俺は先手必勝とばかりにそう言い、ドヤ顔を決める。
こういうのは先に言ったもん勝ちだ、多分。
「「「……柊と響……ぶっ殺す……」」」
あ、ダメだこれ。
しかも唯一の希望だった菜々までこの反応。
……いや、待て。
学年トップの成績を誇る優等生だぞ?
メンヘラとかヤンデレとか、そんなわけ――
俺は必死に自分に言い聞かせた。
「……で?なんでそんな仲良さげなんだ?それに菜々さんも」
「いや〜、実はね」
「菜々って呼んでください!」
◆
――時は、翔が教室を飛び出した直後に遡る。
翔が去った教室は、異様な空気に包まれていた。
弁当を食べていた他の生徒たちは、空気を察して全員退避。
「翔君は私の物よ!!」
「翔は物じゃねぇ!人だ!!」
「それは屁理屈よ!!」
「うるせぇ!私の方が翔好きなんだよ!!」
「はぁ!? 私よ!!」
「……なら決着つけようじゃないか」
「翔の好きなところ、言い合いしようぜ」
「望むところよ!!」
「私から行くぞ?――かっこいい」
「ありきたりね。――優しい」
こんな応酬が、30往復以上続いた後。
「……いい加減、降参しなさいよ」
「するわけないだろ。かっこいい・パート2」
「それ、反則でしょ……」
「ちょっと待ったぁああ!!」
教室の扉をバァン!と開けて飛び込んできた人物。
――黒瀬 菜々。
「2人とも、そんな程度ですか?」
「翔さんの素晴らしさは、言葉にできない神聖なもの」
「砂漠に現れるオアシス……」
「乾ききった私の心を潤す、天使なのです!」
「そんな翔さんを、あなた方になんて渡せません!!」
「「……こいつ、強い……」」
◆
「――ってことがあって、今に至る」
「……なんだそのショートコント」
いや、それ以前にだ。
俺の好きなところを言い合うだけで、60個以上出るって何なんだ。
「で、菜々。部活は?」
「陸上部です!!」
「あ、詰んだ」
やっぱりな。何故か予想できちゃってましたァ!
結衣と夏樹が仲良くなったのは、俺の生存率的にはプラスだ。
だが、その代償として1人増えるのは聞いてない。
悪魔と契約した覚えはないぞ。
しかも菜々は文系の権化。
体育が得意なタイプじゃない。
――理由は俺だ。分かってる。
チャイムが鳴り、皆が教室へ戻っていく。
すまん、みんな。
多分これからも、ずっとこんな感じだ。
◆
授業が始まり、俺は完全に上の空だった。
あと2時間で放課後。
すなわち――部活。死刑宣告。
結衣と夏樹が仲良くなったのは想定外だが、悪くない。
だが、菜々の参戦は完全に誤算。
しかも3人とも陸上部。
「はぁ……」
「木下、分からないなら先生に聞け」
「……あ、はい」
数学の授業中だった。
心の声が漏れたらしい。
基礎問題?
んなもん分かっとるわ。
問題は放課後だ。
3人が協力し出したら――
俺、物理的に終わる。
「……何考えてんだ俺」
夏樹は相変わらずノートに何かを書き続け、
菜々はずっと俺を見てる。
……やめてくれ。
「そんなに分からないのか木下。基礎だぞ?」
「すんません……」
周囲の視線が痛い。
響と柊は腹抱えて笑ってる。
――覚えとけよアイツらァ…。
◆
そして放課後。
俺は教室で体操服に着替えていた。
「翔、気にすんな!」
「翔君、私たち気にしないよ?」
「翔さん、問題ありません!」
「いや、俺が気にする」
なんで女子3人が残ってるんだ。
そんな時頭に浮かぶ最善の一手。
「……あ!響がこっち見てるぞ!!」
「「「えっ!?」」」
今だ!
俺は一瞬で着替えを終えた。
「ふははは!引っかかったな!!」
「やりやがったな!」
「着替え早すぎません!?」
「じゃ、先行くぜ!」
女子3人の着替えを見るほど、俺はまだ終わってない。
◆
陸上部は4時半開始。
グラウンドに立つと、胸の奥がざわつく。
不安も恐怖もある。
でも――逃げない。
「よっしゃ……行くぜぇえ!!!」
俺の中で、何かが吹っ切れた。
――陸上部、開幕。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます