第3話 偶然は必然なのです!
気が付くと、俺は教室にいた。
寝起きで、状況がまったく呑み込めない。 ぼんやりと視界をさまよわせた、その瞬間――
鼻に、走る激痛。
「――っ!!」
次の瞬間、後ろに引き倒され、床に叩きつけられた。 視界が滲む。笑い声が、耳に刺さる。
「へへへ、木下。もっと泣けよ。つまんねぇな」
男の声。 同級生――たぶん、そうだ。
何が起きているのか分からないまま、 腹、背中、脚に衝撃が走る。
複数人だ。 蹴られている。
「オラァ!!」
腹に入った一撃で、息が詰まった。 そこでようやく視界がはっきりする。
三人ほどの男子生徒。 それを囲んで、笑っているクラスメイト。
声が出ない。 恐怖で、頭を抱え、床にうずくまった瞬間――
意識が、途切れた。
◆
「――うおっ!!」
飛び起きる。
天井。 見慣れた自室。 時計を見ると、朝六時。
……夢?
いや、夢にしては感覚が生々しすぎる。 鼻の奥に、まだ痛みが残っている気がした。
(……あれ、知ってる)
前の人生。 確かに、似た記憶がある。
でも、誰だったのか。 なぜそうなったのか。 肝心なところだけ、抜け落ちている。
「翔〜!ご飯よ!」
オカンの声で、思考が中断された。
……考えても仕方ない。 とりあえず飯だ。 美味いもん食えば、少しは落ち着くだろ。
◆
昨日と同じように、朝食を食べ、制服に着替える。 今日は弁当も忘れずに鞄に入れた。
完璧だ。
時刻は七時半。 ベッドに腰を下ろし、さっきの夢を思い返す。
(……あれが、一度目の高校生活)
なぜ忘れているのか。 なぜ今、思い出したのか。
考え始めると、頭が痛くなる。
「……やめよう」
そして、もっと切実な問題に気づく。
今日の昼―― 結衣と一緒に食べる約束。
夏樹は、絶対誘ってくる。 結衣を断れば、何が起きるか分からない。
詰み、では?
「翔〜、お迎え来たわよー」
ノープランのまま、時間切れ。
「……ええい、なるようになれ!」
◆
外に出ると、夏樹がいた。
「おはよう、翔君」
「おはよう」
「昨日は……ごめんね」
俯き気味の声。
「気にすんな。大丈夫だから」
そう言うと、少し安心したように微笑った。
俺は、昨日と同じように夏樹の手を取った。 その瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
……分かりやすい。
「夏樹。部活、陸上部にすることにした」
「……やっぱり?」
一瞬だけ間を置いて、
「じゃあ、私マネージャーやる!」
「……は?」
「翔君、絶対活躍するもん。 そばで応援したいし……見張れるし浮気の心配もないしね」
最後の一言、聞かなかったことにした。
◆
学校に着き、教室へ。
響と柊も合流。 いつもの流れ。
だが――
「あ……」
思い出した。
今日の昼。 結衣。
胃が、きりっと痛む。
◆
そして、昼休み。
「翔君、今日お昼は友達と食べるね」
……勝った。
「おう、了解」
奇跡か? いや、神か?
俺は急いで二組へ向かう。
「翔、こっち」
結衣はすでに席を用意していた。 机を向かい合わせ、逃げ道なし。
弁当を開くと、完璧すぎる中身。
「うまそう」
「ちょーだい」
「あーん?」
「はいはい」
昨日と同じことを、今度は結衣に。
周囲の視線? 2日目にしてもう慣れた。
「翔、部活どこ?」
「陸上部」
「そっか。私も」
「……え?」
「翔と同じとこがいいじゃん。 近くで見れるし」
――また、それか。
頭が真っ白になる。
夏樹はマネージャー。 結衣は部員。
(……終わった)
「浮気の心配もないしね」
同じ台詞。 同じ笑顔。
俺は机に伏した。
(無理だろ……)
弁当のおかずは、ほぼ消えていた。
◆
弁当を食べ終え、教室へと無事帰還した俺は、窓際で黄昏ていた。
……すごいぜ。 人って、後悔とか恐怖とか色んな感情が混ざりに混ざると、笑っちゃうんだぜ。
「翔、何笑いながら黄昏てんだ?」
ちょっと引き気味でそう言ってきたのは響だった。
「いや、ちょっとな……あはは」
「狂ってるな。まあ幸せそうで何よりだぜ」
ん・な・わ・け・あ・る・かァァ!!
確かにな、手ぇ繋いだり、あーんとかしたり、笑顔が可愛かったり、そういう瞬間だけ切り取ったら最高だよ。充実してるよ。 でもな――
怒った時の“目”が、マジでやべぇんだよ。 笑ってんのに、目が笑ってねぇ。 冗談みたいに言ってるのに、冗談じゃねぇ温度がある。
……しかも、そういうのが二人。
偶然にしては出来すぎてないか? 二度目の人生、死ぬにはまだ早いぞ俺。
そんなことを考えていると、5時間目、6時間目はあっという間に過ぎた。 授業は全然頭に入らず、数学の強面先生に「真面目にしろ!」とアホみたいに怒られたしで散々だった。
今日は早く帰って寝よう……。
気づけば教室には、俺と夏樹しかいなかった。
「翔君、帰ろ。……それと、帰る前に話があるんだけどね」
「ん……? どした?」
夏樹は笑ってる。 笑ってるのに、空気が冷たい。
「昼ご飯、なんで結衣ちゃんと食べてたの?」 「なんで……あーんなんかしてたの?」
背中に悪寒が走った。 同時に、全身が鳥肌で包まれる。
なんで知ってんだよ。 いや、どう考えても見られてたか、聞かれてたかだ。
俺は夏樹と目を合わせられず、視線を泳がせた。 だって絶対怖いんだもん。目を合わせたら終わる気がする。
「い、いや、さ……誘われたから……」
声が震える。 喉が固まる。 体が金縛りみたいに動かない。
「ふーん。そーなんだ」
一拍置いて、夏樹は首を傾げる。
「で、なんであーんしてたの?」 「関係ないよね?」 「翔君は私の――」
そこで言葉が止まる。 笑顔のまま、目だけが“狩る側”のそれになる。
「……次したら、分かってるよね?」
「……はい」
怖い。怖すぎる。 泣きたいのに涙すら出ない。 怖さが一周回って、身体の反応が止まる。
「翔君は私だけ見てればいいの。よし、じゃあ帰ろ!」
テンションが一瞬で明るくなる。 さっきの空気が嘘みたいに。
「う、うん……」
震える足を必死に抑えて立ち上がる。 入部届は先生に渡しておいた。そこは問題ない。
……問題があるとしたら。
(明日、部活……)
さっきの出来事で確信した。 明日、100%ヤバい。
回避しようにも、何も思い浮かばない。
「翔君、明日から部活楽しみだね!」
悪気のない一言が、追い打ちをかける。
あぁ……終わった。 二度目の人生よ、さようなら。
「……そう、だな」
◆
家にたどり着いた俺は、昨日と同じようにベッドに倒れ込んだ。 もう考える気力すらない。
「ご飯食べなくて大丈夫なの?」
心配そうなオカンの声。
「うん……大丈夫……」
大丈夫なわけがない。 オカンの飯すら喉を通らないとか、重症だぞおい。
二日連続で晩飯抜き。 スマン母よ……ほんと心配かけてすまん。
布団にうずくまりながら、明日のことが頭をよぎる。
「明日……どうすっかな……」
逃げようとしても、現実は容赦なく突きつけてくる。 非情すぎませんかね?
明日俺にある選択肢は三つ。
学校を休む。 部活を休む。 大人しく学校にも部活にも行く。
学校を休めばオカンが心配するし、俺がいない間に“何が起こるか”分からない。 部活を休むのは、入部初日から逃げるとか最悪すぎる。
つまり――
「……行くしか、ねぇ……」
◆
――side 夏樹
家に帰ってきた私は、明日の部活をとても楽しみにしていた。
だって、好きな人と同じ部活。 それだけで、心が勝手に踊る。
「翔君に会いたいな……」
バイバイして、まだ五分。 なのに、もう会いたい。
顔を見るだけで幸せで、癒されて、何時間でも見ていられる。
そんなことを考えていると、ふと――
「……結衣ちゃん、か……」
昼。 翔君と、結衣が一緒にご飯を食べていた。 楽しそうに話して、距離が近くて、あーんまでしてて。
胸の奥が、ぐちゃっとした。
殺意、って言葉にしてしまうと簡単だけど、 それよりももっと嫌な感情。 自分でも形にできない“黒い熱”。
「ぬ〜……ライバルだ……」
これは戦争だ。 明日の部活では、結衣に翔君の気が向かないように、 いっぱいアピールしなきゃ。
(結衣ちゃん、何部なんだろ……)
……まあ、いいや。 どうせ、すぐ分かる。
「絶対に……私のものにするからね……」
枕元に置いてある、翔君の写真。 それにそっと口づけをして、私は眠りについた。
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