第3話 偶然は必然なのです!

気が付くと、俺は教室にいた。

寝起きで、状況がまったく呑み込めない。 ぼんやりと視界をさまよわせた、その瞬間――


鼻に、走る激痛。


「――っ!!」


次の瞬間、後ろに引き倒され、床に叩きつけられた。 視界が滲む。笑い声が、耳に刺さる。


「へへへ、木下。もっと泣けよ。つまんねぇな」


男の声。 同級生――たぶん、そうだ。


何が起きているのか分からないまま、 腹、背中、脚に衝撃が走る。


複数人だ。 蹴られている。


「オラァ!!」


腹に入った一撃で、息が詰まった。 そこでようやく視界がはっきりする。


三人ほどの男子生徒。 それを囲んで、笑っているクラスメイト。

声が出ない。 恐怖で、頭を抱え、床にうずくまった瞬間――


意識が、途切れた。



「――うおっ!!」


飛び起きる。

天井。 見慣れた自室。 時計を見ると、朝六時。


……夢?


いや、夢にしては感覚が生々しすぎる。 鼻の奥に、まだ痛みが残っている気がした。


(……あれ、知ってる)


前の人生。 確かに、似た記憶がある。

でも、誰だったのか。 なぜそうなったのか。 肝心なところだけ、抜け落ちている。


「翔〜!ご飯よ!」


オカンの声で、思考が中断された。


……考えても仕方ない。 とりあえず飯だ。 美味いもん食えば、少しは落ち着くだろ。



昨日と同じように、朝食を食べ、制服に着替える。 今日は弁当も忘れずに鞄に入れた。


完璧だ。


時刻は七時半。 ベッドに腰を下ろし、さっきの夢を思い返す。


(……あれが、一度目の高校生活)


なぜ忘れているのか。 なぜ今、思い出したのか。

考え始めると、頭が痛くなる。


「……やめよう」


そして、もっと切実な問題に気づく。

今日の昼―― 結衣と一緒に食べる約束。

夏樹は、絶対誘ってくる。 結衣を断れば、何が起きるか分からない。


詰み、では?


「翔〜、お迎え来たわよー」


ノープランのまま、時間切れ。


「……ええい、なるようになれ!」



外に出ると、夏樹がいた。


「おはよう、翔君」


「おはよう」


「昨日は……ごめんね」


俯き気味の声。


「気にすんな。大丈夫だから」


そう言うと、少し安心したように微笑った。

俺は、昨日と同じように夏樹の手を取った。 その瞬間、ぱっと表情が明るくなる。


……分かりやすい。


「夏樹。部活、陸上部にすることにした」


「……やっぱり?」


一瞬だけ間を置いて、


「じゃあ、私マネージャーやる!」


「……は?」


「翔君、絶対活躍するもん。  そばで応援したいし……見張れるし浮気の心配もないしね」


最後の一言、聞かなかったことにした。



学校に着き、教室へ。

響と柊も合流。 いつもの流れ。


だが――


「あ……」


思い出した。


今日の昼。 結衣。


胃が、きりっと痛む。



そして、昼休み。


「翔君、今日お昼は友達と食べるね」


……勝った。


「おう、了解」


奇跡か? いや、神か?

俺は急いで二組へ向かう。


「翔、こっち」


結衣はすでに席を用意していた。 机を向かい合わせ、逃げ道なし。

弁当を開くと、完璧すぎる中身。


「うまそう」


「ちょーだい」


「あーん?」


「はいはい」


昨日と同じことを、今度は結衣に。

周囲の視線? 2日目にしてもう慣れた。


「翔、部活どこ?」


「陸上部」


「そっか。私も」


「……え?」


「翔と同じとこがいいじゃん。  近くで見れるし」


――また、それか。


頭が真っ白になる。

夏樹はマネージャー。 結衣は部員。


(……終わった)


「浮気の心配もないしね」


同じ台詞。 同じ笑顔。

俺は机に伏した。


(無理だろ……)


弁当のおかずは、ほぼ消えていた。



弁当を食べ終え、教室へと無事帰還した俺は、窓際で黄昏ていた。


……すごいぜ。 人って、後悔とか恐怖とか色んな感情が混ざりに混ざると、笑っちゃうんだぜ。


「翔、何笑いながら黄昏てんだ?」


ちょっと引き気味でそう言ってきたのは響だった。


「いや、ちょっとな……あはは」


「狂ってるな。まあ幸せそうで何よりだぜ」


ん・な・わ・け・あ・る・かァァ!!


確かにな、手ぇ繋いだり、あーんとかしたり、笑顔が可愛かったり、そういう瞬間だけ切り取ったら最高だよ。充実してるよ。 でもな――


怒った時の“目”が、マジでやべぇんだよ。 笑ってんのに、目が笑ってねぇ。 冗談みたいに言ってるのに、冗談じゃねぇ温度がある。


……しかも、そういうのが二人。


偶然にしては出来すぎてないか? 二度目の人生、死ぬにはまだ早いぞ俺。


そんなことを考えていると、5時間目、6時間目はあっという間に過ぎた。 授業は全然頭に入らず、数学の強面先生に「真面目にしろ!」とアホみたいに怒られたしで散々だった。


今日は早く帰って寝よう……。


気づけば教室には、俺と夏樹しかいなかった。


「翔君、帰ろ。……それと、帰る前に話があるんだけどね」


「ん……? どした?」


夏樹は笑ってる。 笑ってるのに、空気が冷たい。


「昼ご飯、なんで結衣ちゃんと食べてたの?」 「なんで……あーんなんかしてたの?」


背中に悪寒が走った。 同時に、全身が鳥肌で包まれる。


なんで知ってんだよ。 いや、どう考えても見られてたか、聞かれてたかだ。


俺は夏樹と目を合わせられず、視線を泳がせた。 だって絶対怖いんだもん。目を合わせたら終わる気がする。


「い、いや、さ……誘われたから……」


声が震える。 喉が固まる。 体が金縛りみたいに動かない。


「ふーん。そーなんだ」


一拍置いて、夏樹は首を傾げる。


「で、なんであーんしてたの?」 「関係ないよね?」 「翔君は私の――」


そこで言葉が止まる。 笑顔のまま、目だけが“狩る側”のそれになる。


「……次したら、分かってるよね?」


「……はい」


怖い。怖すぎる。 泣きたいのに涙すら出ない。 怖さが一周回って、身体の反応が止まる。


「翔君は私だけ見てればいいの。よし、じゃあ帰ろ!」


テンションが一瞬で明るくなる。 さっきの空気が嘘みたいに。


「う、うん……」


震える足を必死に抑えて立ち上がる。 入部届は先生に渡しておいた。そこは問題ない。


……問題があるとしたら。


(明日、部活……)


さっきの出来事で確信した。 明日、100%ヤバい。

回避しようにも、何も思い浮かばない。


「翔君、明日から部活楽しみだね!」


悪気のない一言が、追い打ちをかける。


あぁ……終わった。 二度目の人生よ、さようなら。


「……そう、だな」



家にたどり着いた俺は、昨日と同じようにベッドに倒れ込んだ。 もう考える気力すらない。


「ご飯食べなくて大丈夫なの?」


心配そうなオカンの声。


「うん……大丈夫……」


大丈夫なわけがない。 オカンの飯すら喉を通らないとか、重症だぞおい。


二日連続で晩飯抜き。 スマン母よ……ほんと心配かけてすまん。

布団にうずくまりながら、明日のことが頭をよぎる。


「明日……どうすっかな……」


逃げようとしても、現実は容赦なく突きつけてくる。 非情すぎませんかね?


明日俺にある選択肢は三つ。

学校を休む。 部活を休む。 大人しく学校にも部活にも行く。

学校を休めばオカンが心配するし、俺がいない間に“何が起こるか”分からない。 部活を休むのは、入部初日から逃げるとか最悪すぎる。


つまり――


「……行くしか、ねぇ……」



――side 夏樹


家に帰ってきた私は、明日の部活をとても楽しみにしていた。

だって、好きな人と同じ部活。 それだけで、心が勝手に踊る。


「翔君に会いたいな……」


バイバイして、まだ五分。 なのに、もう会いたい。

顔を見るだけで幸せで、癒されて、何時間でも見ていられる。


そんなことを考えていると、ふと――


「……結衣ちゃん、か……」


昼。 翔君と、結衣が一緒にご飯を食べていた。 楽しそうに話して、距離が近くて、あーんまでしてて。


胸の奥が、ぐちゃっとした。


殺意、って言葉にしてしまうと簡単だけど、 それよりももっと嫌な感情。 自分でも形にできない“黒い熱”。


「ぬ〜……ライバルだ……」


これは戦争だ。 明日の部活では、結衣に翔君の気が向かないように、 いっぱいアピールしなきゃ。


(結衣ちゃん、何部なんだろ……)


……まあ、いいや。 どうせ、すぐ分かる。


「絶対に……私のものにするからね……」


枕元に置いてある、翔君の写真。 それにそっと口づけをして、私は眠りについた。

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