第12話「一万対二、そして一匹の伝説」

 フェンリル王国の前に広がる平原。

 そこを埋め尽くすのは、王国軍の一万の兵士たちだ。

 きらめく槍の穂先、林立する軍旗。

 中央には、国王自らが出陣し、その横には顔面蒼白の公爵の姿もあった。


「見ろ、あれが反逆者の巣窟だ」


 国王が指差す先には、我々が築き上げた美しい街並みが見える。


「たかが小娘一人のために、ここまで軍を動かすとはな。だが、古代竜をも従えたという噂が本当なら、由々しき事態だ」


 国王は慎重だったが、公爵が金切り声を上げた。


「陛下! 早く攻撃命令を! あいつは魔女です! この国を乗っ取るつもりです!」


 恐怖に支配された公爵の言葉など、誰も真に受けてはいなかったが、国としてのメンツがある。

 独立など認められない。


「全軍、突撃!」


 号令がかかる。

 地を揺るがす足音が響き、一万の兵が津波のように押し寄せてくる。

 対する我々の陣営。

 最前線に立っているのは、俺とリアの二人だけだ。

 住民たちは後ろで待機させている。

 これは、俺たちだけの戦いだ。


「フェン、準備はいい?」


 リアは純白のドレス(シルヴィアたちの手作りだ)に身を包み、手には古代遺跡で手に入れた杖を持っている。


「わふ(いつでも!)」


 俺は『神狼』の姿となり、リアを背に乗せた。


「いきましょう。誰も殺さずに、終わらせるわ」


 無茶を言う。

 だが、それがリアだ。

 俺は戦場へ向かって駆け出した。

 たった一匹の突撃に、王国軍がざわめく。


「なんだあれは!?」「白い……山か!?」


 近づくにつれ、俺の巨大さに兵士たちが悲鳴を上げる。


「さあ、踊りなさい。『ダンス・オブ・ウィンド』!」


 リアが杖を振るうと、戦場に優しい竜巻が発生した。

 それは兵士たちを傷つけることなく、空高く巻き上げ、ふわりと後方へ着地させる。

 強制退場魔法だ。


「なっ……!?」


 前線の兵士たちが次々と宙を舞う。

 まるで落ち葉掃除だ。

 弓兵が一斉射撃を行うが、俺の『神獣の結界』がすべて弾き返す。


「撃て! 魔法部隊!」


 数百発の火球が飛んでくる。

 リアはため息をつき、指をパチンと鳴らした。


「『マジック・キャンセル』」


 古代魔法の一つ、広域魔法無効化。

 飛んできた火球が、空中でただのマナの光となって霧散した。


「ば、馬鹿な! 集団魔法が一瞬で……!」


 宮廷魔導師長が杖を取り落とす。

 俺たちは止まらない。

 敵陣を割り、本陣へと一直線に向かう。

 兵士たちは道を開けるしかなかった。

 圧倒的な格の違い。

 神と人が戦うようなものだ。


 俺は国王の馬車の前で急停止した。

 凄まじい風圧で、近衛兵たちが吹き飛ぶ。

 俺の背中からリアが降り立ち、国王と対峙した。


「お久しぶりです、国王陛下。そして、お父様」


 公爵は腰を抜かし、失禁していた。

 国王は震える手で剣を握っていたが、リアの瞳を見て、その剣を収めた。


「……負けだ。完敗だ」


 賢明な判断だ。


「何の真似だ、リア・ベルンシュタイン。王国を滅ぼしに来たのか?」


「いいえ。私はただ、この地で仲間たちと静かに暮らしたいだけ。そして、この国を苦しめている元凶を正しに来ました」


 リアは公爵を見下ろす。


「お父様。貴方の私利私欲と失政が、領民をどれだけ苦しめたか。その責任、取っていただきます」


「ひぃッ! 助けてくれ! 悪かった、謝るから!」


 見苦しい。

 リアは冷ややかに告げた。


「貴方を公爵位から解任し、強制労働の刑に処します。私の畑で、一からやり直してもらいましょう」


 殺しはしない。

 一生、土いじりをして罪を償わせる。

 それこそが、リアらしい罰だ。

 国王がため息をついた。


「わかった。公爵の処遇は任せよう。して、そなたの望みは?」


「私たちの国の独立を承認してください。そして、友好条約を。互いに助け合える関係でありたいのです」


 国王は驚き、そして苦笑した。

 圧倒的な武力を持ちながら、求めたのは平和と共存。


「……よかろう。フェンリル王国の独立を認める! そして今日より、我が国とは兄弟国としての盟約を結ぶものとする!」


 戦場に静寂が訪れ、やがて歓声へと変わった。

 兵士たちも、死なずに済んだこと、そして伝説の聖女のようなリアの慈悲に触れ、敬意を表して剣を掲げた。

 俺は誇らしげに遠吠えを上げた。


「ワオォォォォン!!」


 それは勝利の宣言であり、平和の始まりを告げる歌だった。

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