第10話「王都の混乱と帰還者たち」
マルコの商隊が去ってから数日後、俺たちは王都へ向かう準備を進めていた。
リア、俺、シルヴィア、そして護衛として選抜された数名の精鋭獣人たちだ。
ガルドは留守番だ。
「国の守りは任せとけ。新型のバリスタを設置したばかりだからな、ドラゴンが来ても撃ち落としてやるわい」
頼もしい限りだ。
俺たちはマルコから譲り受けた(というか、野菜一年分と交換した)立派な馬車には乗らず、俺の背中にリアを乗せ、獣人たちは自慢の健脚で走るスタイルを選んだ。
この方が速いし、目立たない(白い巨大犬が走っている時点で十分目立つが)。
森を抜け、街道をひた走る。
途中、公爵領を通ったが、その荒廃ぶりは目を覆うほどだった。
田畑は荒れ果て、村々は寂れ、人々の目には光がない。
魔物の襲撃に怯え、重税に苦しんでいる様子がありありと見て取れる。
「ひどい……お父様たちは何をしているの?」
リアが怒りと悲しみの入り混じった声を漏らす。
領民たちは、リアがいた頃の豊かな加護を失い、さらに公爵が無謀な軍拡(俺たちを討伐するためだ)に予算を注ぎ込んだせいで、困窮していたのだ。
俺たちは顔を隠すローブを纏い、ある村の宿屋に入った。
食堂では、疲れ切った農民たちが愚痴をこぼしていた。
「また税が上がったそうだ。このままじゃ飢え死にだ」
「昔はよかったなぁ……あの無能と呼ばれたお嬢様がいた頃は、なぜか作物がよく育ったもんだ」
「ああ、実はあの方が豊穣の女神の化身だったんじゃねぇか?」
民衆は敏感だ。
本能的に真実に気づき始めている。
リアはフードを深く被り直し、唇を噛み締めていた。
翌日、王都に到着した俺たちを待っていたのは、異様な重苦しい空気だった。
街全体が灰色の靄(もや)に包まれているような感覚。
これがマルコの言っていた疫病の気配か。
検問はザルだった。
衛兵たちも体調が悪そうで、ろくにチェックもせずに通してくれた。
俺たちは情報収集のため、冒険者ギルドに向かった。
そこで、驚くべき光景を目にする。
ギルドの掲示板の前で、一人の少女が罵倒されていたのだ。
「ええい! この役立たずの聖女め! お前の祈りなんぞで病気が治るか!」
「申し訳ありません……申し訳ありません……」
罵倒されているのは、きらびやかな法衣を纏った少女。
王家が認定した『正当なる聖女』らしいが、その癒やしの力は微弱で、流行り病には全く効果がないようだ。
一方、リアがそっと手をかざすと、近くで咳き込んでいた冒険者の顔色が劇的に良くなった。
「あ、あれ? 息が楽に……?」
リアは誰にも気づかれないように、小さな浄化魔法を使ったのだ。
『フェン、この病気……瘴気(しょうき)が原因だわ。地下から漏れ出ている邪悪なマナが、空気を汚染している』
『なるほど、だから普通の治療じゃ治らないのか』
原因は病原菌ではなく、呪いの一種だ。
これを解決するには、発生源を断つしかない。
【クエスト発生:王都地下の瘴気溜まりを浄化せよ】
【報酬:王国からの感謝状(不要なら破棄可)、名声の獲得、王家の宝物庫へのアクセス権】
宝物庫へのアクセス権は魅力的だ。
俺たちは夜を待ち、マンホールから地下水道へと侵入した。
地下は迷宮のように入り組んでおり、強烈な腐臭が漂っている。
だが、俺の鼻は正確に「悪意の源」を嗅ぎ分けていた。
最深部、かつて王城の地下牢があったとされる場所。
そこに、どす黒いヘドロのような怪物が鎮座していた。
『ヘドロ・デーモン』。
瘴気の集合体だ。
こいつが地脈を汚染し、地上へ毒を撒き散らしていたのだ。
「グルァァァ……」
怪物が俺たちに気づき、触手を伸ばしてくる。
物理攻撃は効きにくい相手だ。
だが、リアには相性が良すぎる。
「穢れた魂よ、土に還りなさい。『セイクリッド・ライト』!」
リアが杖を掲げると、地下空間が真昼のような光で満たされた。
聖属性の極大魔法だ。
ヘドロ・デーモンは断末魔を上げる暇もなく、光に焼かれて蒸発していった。
後に残ったのは、澄んだ空気と、綺麗になった地下水路だけ。
俺たちは何事もなかったかのように地上へ戻った。
翌朝、王都は騒然となっていた。
「病が消えた!」「空気が美味しい!」
人々は奇跡だと騒ぎ立て、あの役立たずの聖女が「私の祈りが通じました!」と便乗しているのが少し腹立たしいが、まあいいだろう。
俺たちの目的は名声ではない。
だが、この事件をきっかけに、王家の諜報部が動き出した。
「地下で強大な聖なる魔力が観測された」
「それは、数週間前に公爵家を追放された令嬢の波長と一致する」
真実に近づく者が現れ始めたのだ。
そして公爵家でも。
「馬鹿な……あの無能が、聖女以上の力を持っているだと?」
公爵は焦っていた。
リアを連れ戻さなければ、自分の立場が危うい。
いや、連れ戻せなければ、抹殺するしかない。
狂気に駆られた公爵は、禁断の手段に手を出そうとしていた。
古代遺跡に封印された『厄災の竜』の封印を解く鍵。
それを彼は持っていたのだ。
俺たちがフェンリル王国への帰路についた頃、背後で巨大な影が蠢き始めていた。
平和な建国物語は、ここで終わりを告げる。
次は、存亡をかけた戦争だ。
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