第9話「行商人の来訪と経済革命」

 国が形になれば、どこからともなく噂を聞きつけた商人がやってくるのが世の常だ。

 森の入り口に設けられた検問所から、連絡が入った。


「女王陛下、人間族の商隊が到着しました。入国許可を求めています」


 わんこゴーレムを通じた報告だ。

 俺とリアは顔を見合わせる。

 ついに来たか。

 俺たちはシルヴィアとガルドを連れて、検問所へと向かった。

 そこには、十台ほどの馬車を連ねた商隊が待機していた。


 商隊の主らしき中年の男が、俺たちの姿を見て馬車から降りてくる。

 彼の目は油断なく周囲を観察していたが、リアの姿と、その横に侍る巨大な俺(今や体高二メートル近い)を見て、驚愕の色を隠せなかった。


「こ、これは……お初にお目にかかります。私は『銀の天秤』商会の会頭、マルコと申します」


 マルコは恭しく礼をした。


「森の奥に、伝説のドワーフやエルフが集う幻の国があると聞きまして。交易をお願いしたく参上いたしました」


 なかなかの情報網だ。

 あるいは、逃げ帰った公爵家の兵士が漏らした情報かもしれない。


「ようこそ。私がリアです。こちらが守護獣のフェン」


 リアは堂々と対応する。

 かつてのおどおどした令嬢の面影はない。


 俺たちはマルコを街の中心部へと案内した。

 彼は整備された道路や、整然と並ぶ工房、そして何より畑で実る巨大な野菜を見て、商人の目を輝かせた。


「信じられない……このトマト、通常の三倍はある。それにこの輝き、高濃度のマナを含んでいますね?」


「ええ、私たちの自慢の作物です」


「買い取らせてください! 言い値で!」


 マルコが前のめりになる。

 だが、ここで安売りしてはいけない。

 俺はリアに『念話』でアドバイスを送る。

 スキルレベルが上がり、意識だけで会話ができるようになったのだ。


『リア、焦るな。まずはドワーフの武具とエルフの薬も見せるんだ。それと、対価はお金じゃなく、不足している物資との交換を優先させろ』


『わかったわ、フェン』


 リアは微笑み、提案する。


「取引には応じますが、条件があります。私たちは金貨よりも、小麦や布、鉄鉱石などの素材を求めています」


「もちろんです! 手持ちの商品すべてを提供しましょう」


 取引は成立した。

 マルコは興奮気味に商品を選定していく。

 ガルドの打った剣は業物として高値がつき、シルヴィアたちが作ったポーションは「死にかけでも治る」と絶賛された。


 そして夕食時、俺たちはマルコにとどめを刺すことにした。


「旅の疲れを癒やしてください」


 そう言って案内したのは、完成したばかりの『大露天風呂』だ。

 岩をくり抜き、ヒノキ(に似た香りの木)で縁取りをし、打たせ湯やサウナまで完備した娯楽施設である。


「こ、これは……お湯が湧いているのですか!?」


 マルコはお湯に浸かり、魂の抜けたような顔で空を見上げた。


「極楽……これは王侯貴族でも味わえない贅沢だ……」


 風呂上がりには、冷えたフルーツ牛乳(牧畜も始めたのだ)を振る舞う。

 マルコは完全に陥落した。


「女王陛下、お願いがあります。この国との独占交易権をいただけないでしょうか? 我が商会が、フェンリル王国の産物を世界中に広めます!」


『独占はダメだ。競争相手がいないと足元を見られる』


 俺の助言に従い、リアは首を横に振る。


「独占は認めません。ですが、『優先取引権』なら検討しましょう。その代わり、王都の情報や、外の世界の情勢を定期的に報告してください」


「ははっ! 仰せのままに!」


 こうして、フェンリル王国は初めての交易パートナーを得た。

 数日後、マルコが持ち帰った商品は、周辺の街や王都で爆発的な人気を博すことになる。

 特に「マナ野菜」は美容と健康に良いとして貴族の女性たちの間で争奪戦となり、ドワーフの武具は冒険者たちの垂涎の的となった。


 経済が回り始めた。

 国庫(といっても洞窟の金庫だが)には資金が蓄えられ、外からは様々な物資が流入してくる。

 住民たちの暮らしは豊かになり、笑顔が絶えなくなった。


 だが、光が強くなれば影も濃くなる。

 マルコの口から、不穏な情報がもたらされたのだ。


「実は……王都で妙な疫病が流行り始めているのです。聖女様の治癒魔法も効かないとか。さらに、公爵領では魔物の活性化が進み、村がいくつも放棄されたと聞いています」


 リアの表情が曇る。

 彼女の実家が治める領地だ。

 自分を追放した家族だが、そこに住む領民たちに罪はない。


「フェン……私、気になる」


「わふ(捨て置けないか)」


 俺は彼女の優しさを知っている。

 そして、その優しさが彼女の最大の強さであることも。


【クエスト発生:王国の危機を調査し、必要なら介入せよ】

【報酬:状態異常無効化スキル、転移魔法陣、リアの精神的成長】


 神託もGOサインを出している。

 俺たちは、交易で得た物資と情報を武器に、次なるステージへと踏み出す準備を始めた。

 それは、かつて自分を捨てた場所へ、救済者として戻るという皮肉で痛快な運命の始まりだった。

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