第4話「森の迷い人とドワーフの行商人」

 助けを求める声は、森の東、少し開けた獣道の方から聞こえてきた。

 俺はリアを背中に乗せて走っていた。

 彼女の足では間に合わないし、何よりこの方が速い。

 フェンリル種としての成長のおかげか、小柄なリアを一人乗せても重さを全く感じない。

 むしろ背中に彼女の温もりがあることで、力が湧いてくるようだ。


「フェン、あそこ!」


 リアが指差した先には、ひっくり返った荷車と、それを囲む数匹の『ゴブリン』の姿があった。

 ゴブリンたちは手に粗末な棍棒や錆びたナイフを持ち、荷車の下に隠れている人物を威嚇している。


「ひぃぃ! こっちに来るな! わしの肉は不味いぞ!」


 聞こえてきたのは、しわがれた、しかし力強いオッサンの声だ。

 ゴブリンの一匹が荷車の下に手を伸ばす。


「やめなさい!」


 リアが俺の背中から飛び降りながら叫んだ。

 空中で杖(森の枝で作った即席品だ)を振りかざす。


「ファイアボール!」


 彼女の手から放たれた火球が、先頭のゴブリンの足元で炸裂した。

 ゴブリンたちは驚いて飛び退く。

 突然現れた強力な魔法使いと、その横に立つ巨大な白い獣を見て、奴らは恐怖に顔を歪めた。

 俺は一歩前に出て、『威圧』スキルを発動させながら咆哮を上げた。


「ガァァァウッ!」


 空気がビリビリと震える。

 ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ去っていった。


 雑魚には用はない。

 俺たちは荷車の方へ駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


 リアが荷車の下を覗き込む。

 そこから這い出してきたのは、背の低い、髭もじゃの老人だった。

 ずんぐりむっくりとした体型に、立派な髭。

 間違いなくドワーフだ。


「おぉ……助かったわい。もうダメかと思ったぞ」


 老ドワーフは土埃を払いながら立ち上がり、俺とリアを交互に見た。

 そして俺を見て目を丸くする。


「なんと……これは聖獣様か? いや、まさかフェンリル?」


 見る目があるな、このじいさん。


「私はリア。この子はフェンよ。お怪我はありませんか?」


「わしゃあガルドというしがない行商人じゃ。怪我はないが、商売道具の荷車がこの有様でな」


 ガルドと名乗ったドワーフは、車輪の外れた荷車を見てため息をついた。

 荷台には様々な鉱石や金属製品、そして珍しい調味料などが積まれている。


【クエスト発生:ガルドの荷車を修理し、拠点へ招待せよ】

【報酬:建築資材一式、鍛冶スキル(初級)、ガルドの信頼】


 よし、きた。

 このドワーフ、ただの行商人じゃない気がする。

 建築や鍛冶の知識があるなら、国作りには喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 俺はリアに目配せをし、荷車の車輪の方へ鼻先を向けた。


「フェン、直してあげろってこと?」


 リアは少し考え、頷いた。


「やってみるわ。ガルドさん、少し離れていてください」


 リアは車輪と車軸の接合部に手をかざし、土魔法で仮の固定を行う。

 さらに、折れた木材部分に魔力を流し込み、植物魔法で繊維を結合させて補強した。


「なんと……! 土と植物の複合魔法か!?」


 ガルドが驚愕の声を上げる。

 普通、魔法使いは一つの属性に特化するものだ。

 異なる属性を同時に操り、しかも修理に応用するなんて芸当は、宮廷魔導師クラスでも難しい。

 リアにとっては「ただ直したい」というイメージの結果なのだが、その無自覚なチートぶりが恐ろしい。


 数分とかからず、荷車は元通り、いや元よりも頑丈になって復活した。


「すげぇ……嬢ちゃん、あんた何者だ?」


「えっと、ただの追放された令嬢です」


「追放された令嬢がこんな森の奥で聖獣連れて高度な魔法使うか!?」


 ガルドのツッコミはもっともだ。

 俺たちはガルドを拠点の洞窟へと案内した。

 途中、彼が持っていた『岩塩』や『香辛料』の話で盛り上がる。

 食事が豊かになる予感しかしなくて、俺の尻尾は振りっぱなしだ。


 拠点に着くと、ガルドは整備された洞窟と温泉を見て、また腰を抜かした。


「こりゃあ……天然の温泉か! しかも結界まで張ってある!」


「よかったらゆっくりしていってください。お食事も用意しますわ」


 その夜は宴会となった。

 ガルドが提供してくれた調味料で味付けしたボアのステーキは、涙が出るほど美味かった。

 ガルドは酒(ドワーフ秘伝のエールだ!)を取り出し、上機嫌で語り始めた。


「実はな、わしゃあ国一番の建築士と呼ばれてたんだが、酒癖が悪くてな。ギルドを追い出されちまって、行商人に転職したんだ」


 やはり当たりだ。


「だが、こんな森の中にこんな理想的な場所があるとはな。嬢ちゃん、ここに住んでるなら、ちゃんとした家が欲しくねぇか?」


 ガルドの目が職人の光を帯びている。


「家……そうですね、洞窟も快適ですけど、木の家とか憧れます」


「よし! 命の恩人への礼だ。わしが設計して建ててやる! その代わり、この温泉と美味い飯を保証してくれ!」


 交渉成立だ。


【クエスト達成!】

【報酬を獲得しました】

【新たな住民:ガルド(建築士/鍛冶師)が加入しました】


 俺の目の前に、ガルドの頭上に『住民Lv.1』というステータス表示が浮かんだ。

 これで建築が可能になる。

 俺はガルドの持っていた設計図の束を覗き込み、「わん!(ここはこうしよう!)」と前足で指示を出した。


「ん? なんだフェン、お前図面が読めるのか? ……ほう、そこを通気口にする? お前、天才か!?」


 元現代人の知識をフル動員して、快適な住環境を提案する。

 床暖房の仕組み(温泉熱利用)を地面に描いて伝えると、ガルドは興奮して髭を震わせた。


 こうして、森の奥地に、人間とドワーフと犬による奇妙な共同生活が始まった。

 まだ国と呼ぶには小さすぎるが、確かに『始まり』の音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る