第3話「水源発見と温泉の夢」

 グレートボアとの激闘から数時間が経った。

 俺とリアは戦利品の牙と肉を回収し、移動を開始していた。

 あの場所は血の匂いで他の魔物が寄ってくる可能性がある。

 それに、本格的に定住するなら水場の近くがいい。


 俺の鼻は微かな湿気を捉えていた。

 森の奥、岩場の方角から清冽な水の匂いがする。


 道中、俺は尻尾を振ってリアを先導する。

 彼女の足取りは、昨日よりずっと力強い。

 レベルアップによる身体能力の向上もあるだろうが、自信がついたのが大きいようだ。


「ねえ、あなた。名前を決めなきゃね」


 歩きながらリアが話しかけてくる。


「シロ? うーん、ありきたりね。ポチ? 公爵家の飼い犬っぽくないわ」


 ポチは勘弁してくれ。


「あなたは白くて、フワフワで、とっても強くて……そうね、『フェンリル』みたい」


 おっ、いい線いってる。

 伝説の魔狼フェンリルか。

 悪くない響きだ。


「でもフェンリルじゃ仰々しいから、『フェン』はどうかしら?」


「わふ!(採用!)」


 俺は嬉しくて尻尾をブンブンと振った。

 フェン。

 短くて呼びやすい。

 気に入った。


「ふふ、気に入ってくれた? よろしくね、フェン」


 リアは優しく俺の頭を撫でる。

 こうして俺の名前はフェンに決定した。


 しばらく進むと、木々の密度が下がり、岩肌が露出したエリアに出た。

 そこには澄んだ水を湛えた泉があった。

 岩の裂け目からこんこんと水が湧き出し、小さな川を作って森の方へ流れている。

 水は驚くほど透明で、底の小石までくっきりと見える。


「わぁ……綺麗! お水だわ!」


 リアが歓声を上げて駆け寄る。

 手ですくって一口飲み、「冷たくて美味しい!」と満面の笑みを見せた。


 ここなら申し分ない。

 周囲は岩壁に囲まれていて、防御にも適している。

 岩棚の上には洞窟らしき穴も見えた。

 雨風をしのぐ拠点になりそうだ。


【クエスト発生:拠点を確保し、環境を整備せよ】

【報酬:結界石(小)、万能工具セット、リアの体力アップ】


 さっそく神託が来た。

 俺はリアの服の裾をくわえて、岩棚の上の洞窟へと誘導する。

 洞窟の中は乾燥していて広さも十分だ。

 ただ、砂埃と枯れ葉が積もっている。

 リアは俺の意図を察してくれたようだ。


「ここを私たちの家にするのね? よし、お掃除しちゃいましょう!」


 彼女は『生活魔法』のウィンド(風)を使い、器用にゴミを外へ吹き飛ばしていく。

 さらに、水魔法で床を洗浄し、火魔法で乾燥させる。

 魔法の使い方がどんどん上達している。

 かつて無能と呼ばれたのが信じられないほどの適応力だ。


 一通りの掃除が終わると、洞窟は見違えるほど清潔な空間になった。


【クエスト達成!】

【報酬を獲得しました】


 洞窟の入り口に、薄い光の膜のようなものが展開される。

『結界石』の効果だ。

 これで下級の魔物や虫けらは侵入できなくなる。


 安心した俺は、岩場の一角にある奇妙な湯気に気づいた。

 ん? この硫黄の匂いは……。

 俺は鼻をひくつかせながら、泉の上流、岩の隙間から熱湯が湧き出ている場所へ近づいた。


 間違いない、温泉だ!

 日本人の魂が歓喜の声を上げる。

 異世界に来て温泉に入れるなんて、最高の贅沢じゃないか。

 俺はすぐにリアを呼んだ。


「フェン? どうしたの……って、熱いお湯?」


 リアがお湯に手を入れ、驚いた顔をする。


「温かい……これ、お風呂にできるかも!」


 さすがリア、察しがいい。

 俺たちは協力して岩を動かし、湯船のような窪みを作った。

 そして水魔法で川の水を適度に混ぜ、温度を調整する。

 簡易的な露天風呂の完成だ。


「すごい……夢みたい」


 リアはうっとりとした表情で湯気を見つめる。


「フェン、私、先に入ってもいい?」


「わん!(どうぞ!)」


 俺は紳士的に洞窟の方へ移動し、入り口で見張りをすることにした。

 背後から、水音が聞こえてくる。


「はぁ~……生き返るぅ……」


 おっさんくさい感嘆の声が聞こえたが、聞かなかったことにしてやろう。

 貴族の令嬢として常に気を張っていた彼女にとって、この温もりは何よりの癒やしになるはずだ。


 しばらくして、さっぱりした顔のリアが戻ってきた。

 肌はほんのりピンク色で、艶やかだ。


「フェンも入る? 気持ちいいわよ」


 もちろん入る。

 俺は喜び勇んで温泉へダイブした。


「わふぅ~……」


 お湯が毛皮の奥まで染み渡る。

 極楽だ。

 思わず犬かきで泳いでしまう。


 こうして俺たちは、水と安全な寝床、そして温泉を手に入れた。

 だが、衣食住の「衣」と「食」のバリエーションが足りない。

 それに、いつまでも洞窟暮らしというわけにもいかないだろう。


 俺の野望は、ここにリアのための国を作ることだ。

 そのためには、もっと人手が必要だ。


 そう考えていた矢先、俺の耳が森の奥からの悲鳴を捉えた。

 魔物の咆哮ではない。

 人間の、それも助けを求める切羽詰まった声だ。


 俺は湯から上がり、ブルブルと身震いして水気を飛ばした。

 リアも異変に気づいたようだ。


「フェン? 何か聞こえたの?」


「わふ!」


 俺は洞窟の入り口に立ち、森の東側を睨みつけた。

 どうやら、最初のお客様、あるいは未来の国民候補がやってきたようだ。


 ***


 一方その頃、王都のベルンシュタイン公爵邸では。


「リアを追放しただと? あの役立たずをか」


 現当主である公爵が、冷ややかな声で報告を聞いていた。


「はい。森の中に置き去りにしてきました。今頃は魔物の餌になっているかと」


「ふん、ベルンシュタインの汚点が一つ消えたか。だが……」


 公爵は眉間にしわを寄せた。


「最近、領内の精霊たちの機嫌が悪い。作物が枯れ始めているという報告もある。関係ないとは思うが、少し気になるな」


 彼らはまだ知らない。

 リアという存在が、実は領地の加護そのものを支えていた『要』であったことを。

 そして、彼女を失った代償が、やがて取り返しのつかない形で彼らに降りかかることを。

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