第2話「もふもふと魔法の特訓」

 森の朝は早い。

 鳥のさえずりと共に目を覚ました俺は、隣で眠るリアの寝顔を確認する。


 昨夜はたき火のそばで身を寄せ合って眠った。

 彼女の体温が心地よく、俺の毛皮も彼女にとって最良の布団代わりになったようだ。

 リアは寝言で「もふもふ……」とつぶやきながら、俺の背中の毛を無意識に掴んでいる。

 幸せそうな顔だ。

 昨日の絶望的な表情とは大違いである。


 俺はそっと身を起こし、朝のパトロールに出ることにした。

 この森は危険だ。

 昨夜は俺の『威圧』スキルのおかげか、あるいは結界のようなものが働いたのか、魔物は寄ってこなかった。

 だが、いつまでも安全とは限らない。

 拠点となる場所を探しつつ、リアの食料を確保する必要がある。


 俺は森の中を音もなく移動する。

 自分の体が驚くほど俊敏に動くことに改めて感動する。

 視覚、聴覚、嗅覚、すべてが研ぎ澄まされている。

 茂みの奥に潜む魔物の気配も手に取るようにわかるのだ。


 おっと、あそこには角の生えたウサギがいる。

『ホーンラビット』というやつか。

 俺は地面を蹴り、一瞬で距離を詰めた。

 ウサギが気づくよりも早く、俺の前足がその背を押さえつける。

 狩りの本能というやつだろうか、一切の躊躇なく仕留めることができた。


 とりあえず三羽ほど確保したところで、拠点に戻る。

 リアが目を覚まして、不安そうに周囲を見渡しているところだった。


「あ! ワンちゃん! よかった、いなくなっちゃったかと思った」


 俺の姿を見つけるなり、リアは涙目で駆け寄ってくる。

 俺は獲物を地面に置き、彼女の頬を舐めて安心させた。


「これ……あなたが獲ってきたの? すごい!」


 リアはホーンラビットを見て驚嘆の声を上げる。

 ここで新たなウィンドウが開く。


【クエスト発生:リアに魔物の解体を指導せよ】

【報酬:リアの器用さアップ、スキル『解体』の解放、ナイフセット】


 なるほど、スパルタだな。

 公爵令嬢に解体をさせろと。

 だが、ここで生きていくには必要なことだ。


 俺はリアの荷物の中にあったペーパーナイフを鼻先で示し、さらにホーンラビットを前足でちょんちょんとつついた。


「え? 私にこれを捌けってこと?」


 リアは困惑している。

 俺は「わん!」と短く吠え、励ますように彼女の周りを回った。


「うぅ……わかったわ。やればいいんでしょ、やれば」


 リアは覚悟を決めたようだ。

 震える手でナイフを握り、見よう見まねで作業を始める。


 最初は血を見て顔をしかめていたが、意外にも筋がいい。

 彼女の指先は繊細で、魔力の流れを感じ取っているのか、刃を入れるべき場所を正確に選んでいる。

 一羽目を終える頃には、彼女の表情から迷いが消えていた。


【クエスト達成!】

【報酬を獲得しました】


 リアの手元にあるペーパーナイフが、いつの間にか切れ味鋭いハンティングナイフに変化している。


「できた……! 私、できたわ!」


 リアは血で汚れた手も気にせず、満面の笑みを浮かべた。

 その瞬間、彼女の体がまた光り輝く。

 レベルが上がったようだ。


「ふふ、なんだか力が湧いてくるみたい。ありがとう、ワンちゃん。あなたの指導のおかげね」


 俺は満足げに尻尾を振った。

 朝食は焼いたウサギ肉だ。

 リアが昨日覚えた『生活魔法』の着火で火をおこし、俺たちは焼きたての肉にかぶりついた。

 野生味あふれる味だが、空腹もあって最高に美味い。


 食後、俺はリアの前に座り、じっと彼女を見つめた。

 次のステップだ。

 この森で生き抜くには、彼女自身の戦闘力が不可欠だ。


【クエスト発生:リアに攻撃魔法を習得させよ】

【報酬:リアの魔力上限アップ、スキル『ファイアアロー』の解放、魔力ポーション】


 俺は少し離れた場所にある大木に向かって吠えた。

 そして、口を開けて魔力を溜めるイメージをする。

 実際には俺は魔法を使えないが(神託スキル特化型らしい)、お手本を見せるフリだ。


「わんっ!(撃て!)」


 リアは俺の意図を汲み取ろうと首をかしげる。


「あの木を……攻撃しろってこと?」


 賢い子だ。

 リアは頷き、木に向かって手をかざした。


「イメージするのね……熱い炎、貫く矢……」


 彼女の周りに渦巻く魔力が目に見えるようだ。

 大気中のマナが彼女の手に収束していく。


「いけっ! ファイアアロー!」


 彼女が叫ぶと同時に、赤熱する炎の矢が放たれた。

 それは真っ直ぐに飛び、大木の幹に見事に突き刺さって爆発した。


 ドォォン!


 木が激しく揺れ、幹が黒く焦げている。

 威力が高すぎる。

 初心者レベルの魔法ではない。


「うそ……これ、私がやったの?」


 リア自身も驚いて自分の手を見つめている。


【クエスト達成!】

【リアのレベルが上昇しました】

【称号『魔術の才媛』を獲得しました】


 素晴らしい。

 これなら中級程度の魔物なら一撃で倒せるだろう。

 だが、音と衝撃で森の主らしき気配が反応したようだ。

 遠くから、ドシンドシンという重い足音が近づいてくる。

 俺の背中の毛が逆立った。


 敵だ。

 しかも、かなりの大物。

 茂みを押し分け現れたのは、巨大な牙を持つイノシシ、『グレートボア』だった。

 体高は二メートル近い。

 リアが悲鳴を上げて腰を抜かす。


「ひっ……! 嘘でしょ、こんな魔物……!」


 大丈夫だリア。

 今の君なら勝てる。

 俺は彼女の前に立ちふさがり、牙をむき出しにして威嚇した。


 グレートボアが突進してくる。

 俺はその巨体をギリギリで躱し、横っ腹に体当たりを食らわせた。


「ギャウッ!」


 ボアが体勢を崩す。

 俺はすかさずリアの方を振り返り、叫んだ。


「わんっ!(今だ!)」


 リアの瞳に闘志が宿る。

 彼女は震える足で立ち上がり、再び手をかざした。


「やらせない……ワンちゃんを傷つけさせない!」


 魔力が奔流となって溢れ出す。

 さっきよりも強く、鋭い。


「ファイアアロー!!」


 今度は三本の炎の矢が同時に生成され、ボアの眉間と心臓めがけて吸い込まれていった。

 閃光が走り、巨体が燃え上がりながら倒れ伏す。

 一撃必殺。

 これが全属性適性SSSの力か。

 静寂が戻った森の中で、リアは肩で息をしながら、へたり込んだ。


 俺は彼女に歩み寄り、顔を舐めた。

 よくやった。

 彼女は俺の首に抱きつき、安堵の涙を流した。


「怖かった……でも、守れたよ……」


 守られたのは俺の方かもしれない。

 この少女は強い。

 精神的にも、能力的にも。

 俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。

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