異世界転生で犬になったら追放令嬢に拾われたので、チートスキル『神託』で彼女を最強の女王に育て上げます!〜もふもふと温泉で始める辺境建国記〜

藤宮かすみ

第1話「犬に転生したら飼い主は追放令嬢でした」

 視界が真っ白だった。

 いや、何も見えないという意味ではない。

 文字通り、視界の端から端まで白い毛で覆われているのだ。


 目の前には自分の鼻先らしき黒い突起が見え、試しに手を動かしてみると白いふさふさとした前足が視界に入った。

 どうやら俺は犬になってしまったらしい。


 記憶をたどればブラック企業での連日の残業、深夜のオフィスで襲ってきた激しい胸の痛み、そして薄れゆく意識の中で聞いたふざけた声が蘇る。


『次はもっと気楽に愛されて生きたい?オーケー、君の願いを叶えてあげる!最高に可愛くて強いワンちゃんにしてあげるね!』


 あの女神、本当にやりやがった。

 俺は体を起こそうとして四つん這いの姿勢になり、ブルブルと体を振るった。


 視点が低い。

 地面が近い。

 そして何より体が軽い。

 かつての鉛のように重かった人間の肉体とは比べものにならないほど、エネルギーに満ちあふれている。


 周囲を見渡すと、そこはどうやら鬱蒼とした森の中のようだった。

 巨木が空を覆い隠し、見たこともない色の花が咲き乱れている。

 どう見ても日本ではないし、地球上の植生とも思えない。

 俺は状況を整理しようとあくびをした。


「わふ」


 出てきたのは気の抜けた鳴き声だけだ。

 日本語を話そうとしても犬の喉の構造では無理らしい。

 困ったな。


 とりあえず水場を探そうと鼻を動かすと、驚くべき情報量が脳内に流れ込んできた。

 風に乗ってくる土の匂い、遠くの果実の甘い香り、小動物の体臭、そして微かに漂う血と涙の匂い。


 血と涙?

 俺は本能に従って走り出した。

 四本の足が地面を蹴り、風のように森を駆け抜ける。

 この疾走感は病みつきになりそうだ。


 数分も走ると、開けた場所に出た。

 そこには一人の少女が座り込んでいた。


 豪奢だが泥とほつれで汚れたドレスをまとい、美しい銀色の髪は乱れている。

 年齢は十五、六歳といったところか。

 彼女の透き通るような白い肌には擦り傷があり、大きな瞳からは涙がこぼれ落ちていた。


 足元には壊れた馬車の車輪と、放り出されたいくつかの荷物。

 状況から察するに、森の中に置き去りにされたらしい。


「うぅ……お父様、お母様……どうして……」


 少女のか細いつぶやきが、俺の耳にははっきりと届く。

 彼女の手には一枚の羊皮紙が握りしめられていた。


 俺は警戒させないように、ゆっくりと近づいていく。

 彼女が顔を上げ、俺と目が合った。

 その瞬間、彼女の瞳が恐怖で見開かれるかと思いきや、驚きとともにパァッと輝いたのだ。


「わぁ……なんて綺麗なワンちゃん」


 ワンちゃん、か。

 俺のサイズは普通の大型犬より二回りは大きいぞ。

 熊と間違われてもおかしくない威容のはずだが、彼女にはそうは見えなかったらしい。

 少女はおずおずと手を伸ばしてきた。


 俺はその匂いを嗅ぐ。

 恐怖の匂いはしない。

 あるのは深い悲しみと、それでも損なわれない優しさの香りだ。

 俺は彼女の手のひらに鼻先を押し付けた。


「ふふ、くすぐったいわ。あなたも迷子なの?」


 彼女は俺の頭を撫で始めた。

 その手つきのなんと優しいことか。

 プロ級だ。

 俺の首筋のあたりを絶妙な力加減で掻いてくる。

 あ、そこ、そこがいいんです。


 俺は思わず目を細め、喉をゴロゴロと鳴らしてしまった。

 いかん、元人間の尊厳が溶けていく。


「私ね、リアっていうの。今日からここで一人で生きていかなきゃいけないの。家を……追い出されちゃったから」


 リアと名乗った少女は、寂しそうに微笑んだ。

 彼女が握りしめていた羊皮紙が地面に落ちる。

 そこには『公爵家追放令書』という物騒な文字と、『無能』『穀潰し』といった罵倒の言葉が並んでいた。


 なるほど。

 よくある話だ。

 スキル至上主義の貴族社会で、期待外れだった子供を捨てる。

 前世で読んだウェブ小説で何度も見た展開だ。


 だが、目の前のリアからは無能な雰囲気など微塵も感じられない。

 むしろ彼女の体からは、森のマナが寄り添うような温かい波動が溢れている。

 俺の鼻と勘が告げている。

 彼女は無能なんかじゃない。

 とてつもない原石だ。


『条件を満たしました。個体名:リア・ベルンシュタインとの契約を申請しますか?』


 唐突に頭の中に無機質な声が響いた。

 女神のあのふざけた口調とは違う、システム音声のような響きだ。

 目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。


【契約申請】

 YES / NO


 俺は迷わず、リアの顔を見つめて「わん!(YESだ!)」と吠えた。

 その瞬間、俺とリアの体が淡い金色の光に包まれる。


「え? なに? あなた光ってる……」


 リアが驚いて目を丸くする。

 光が収まると、俺の中に新しい感覚が芽生えていた。

 リアと魂の深い部分で繋がったような、不思議な安心感だ。

 そして、新たなウィンドウが開く。


【ユニークスキル『守護獣の神託(オラクル・オーダー)』を発動しました】

【契約者リア・ベルンシュタインのステータスを開示します】

 名前:リア・ベルンシュタイン

 職業:追放令嬢

 レベル:1

 魔力:測定不能(封印状態)

 スキル:なし

 適性:全属性(SSS)

 状態:絶望、空腹、孤独


 おいおいマジかよ。

 全属性適性SSSって、無能どころか勇者や魔王クラスじゃないか。

 それが封印状態になっているせいで、無能と勘違いされたのか。


【クエスト発生:リアに食事を与えよ】

【報酬:リアの信頼度アップ、スキル『生活魔法』の解放、ドッグフード(高級)×1】


 なるほど、こういうことか。

 俺がリアに何かをしてやったり、リアに指示を出して行動させたりすることで、彼女を成長させるシステムらしい。

 俺は周囲を見回し、鼻を利かせた。


 近くの茂みから甘い果実の匂いがする。

 俺は茂みに飛び込み、大きな木の実を口にくわえて戻ってきた。

 リアの膝の上にぽとりと落とす。


「え? これを私に?」


「わふ!」


「ありがとう……私、昨日から何も食べてなくて」


 リアは涙ぐみながら木の実をかじった。

 果汁が口いっぱいに広がったのか、彼女の顔に生気が戻る。


【クエスト達成!】

【報酬を獲得しました】


 俺の足元に、どこからともなく高級そうな缶詰が出現した。

 さらにリアの体がわずかに輝く。


「あれ? なんだか体が軽くなったみたい。それに、この指先……火が灯せる気がする」


 リアがおずおずと指を立てると、そこには小さな灯火がポッと生まれた。


「魔法……? 私、魔法なんて使えなかったのに!」


 彼女は大喜びで俺に抱きついてきた。

 柔らかい感触と良い匂いが俺を包む。


「ありがとう、ワンちゃん! あなたのおかげね!」


 俺は彼女の腕の中で尻尾を振った。

 ワンちゃんと呼ばれるのは少し不服だが、まあいいだろう。


 俺の名前は……そういえば決めていなかったな。

 前世の名前はあるが、犬にふさわしい名前がいい。

 まあ、今はリアがつけてくれるのを待つとしよう。


 俺たちはこうして、魔物が蔓延る森の入り口で運命的な出会いを果たした。

 俺のチートスキルがあれば、彼女を捨てた公爵家など目ではない。

 いや、いっそこの森を開拓して、彼女を女王にした国を作ってやるのも悪くない。


 俺はこれからの「わんダフル」な生活に思いを馳せ、夜空に向かって高らかに遠吠えをしたのだった。


 ***


【現在のステータス】

 フェン(仮称)

 種族:ハイ・ガルム(幼体)

 レベル:5

 スキル:守護獣の神託、身体強化(小)、噛みつき、威圧


 リア

 レベル:2

 スキル:生活魔法(New!)

 称号:守護獣の契約者

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