盗聴フィードバック
僕はパソコンを開き、今日の録音データファイルを生成AIに投げ、文字起こしした後要約させた。ツールはいつも胸元に挿しているペン型のレコーダーと自分のデスクに設置しているタップ型のレコーダー。今日僕が誰とどんな会話をしたか、不在時含めデスク周りでどんな会話がなされていたかを確認する。
(ボーナスが支給されたら全てを暴露してやめてやる)
そう思って始めた録音だが、……聞いているうちに思っていたのと違う展開になってきた。
僕は上司の指示がコロコロ変わると思っていた。上司はいつも僕に「このことは伝えたはずだ」「変更についても伝えたはずだ」と言う。しかしそんなことは聞いていない。そう思っていた。
しかし録音からは、僕の認識とは異なる事実が浮かび上がってきた。
まず、上司は僕にきちんと指示を出している。内容、目的、期日、出力方法、いずれも明快だった。
しかし僕の頭には断片的にしか残っていない。言われていないと思っていたことは、実際には「僕が聞いていなかった」「忘れた」「勘違いしていた」のいずれかに分類されてしまった。
職場の黒さを暴露してあわよくば口止め料をせしめ、FIRE資金にしようという僕の目論見は崩れ去りつつあった。
むしろ録音を通じて自分の認識不足を確認し、翌日成果物に適切に修正をかけられるようになったことで「しごでき」と評価されるようになってしまった。
なんだろう。
結果オーライだけど、なんだろう。
何か違う気がする。
ある日その日の要約を読んでいたら、不穏な会話を見つけてしまった。お局とその取り巻きが新しく入ってきた僕の斜め前の席の三枝さんをどうもてなそうかと算段している会話だ。
文字起こしを参照する。
「最初に自分の立場をわかってもらうのは大事よね」
お局の甲高く間延びする声から始まったそれは、職場のあれこれを「なにも教えずに」やらせてひたすらダメ出しをするという作戦を練っていた。
「マイクロマネジメントっていうのが効果があるみたいだからやってみるわ。うちのルールって言ったらあなたたちも同調よろしくね」
その会話を読んでから、僕はそれとなく三枝さんの動向を気にするようになった。
三枝さんはもともとそこそこのパソコンスキルを持っていた。しかしそれがあまりパソコンが得意ではないお局の前では仇になった。本来的にはフォーマット通りの成果物を提出すればいいはずが、彼女の仕事中にお局がわざわざデスクに来て入力の様子を見てあれこれ指示を出している。そのたびに三枝さんの顔がさっと白くなるので、何を言われているのか確かめようとタップ型の盗聴器の位置を三枝さん寄りにした。
驚いた。
パソコンでのショートカット利用禁止、ブラウザのサイト登録禁止、全てのアプリの初期設定からの変更禁止、単語・文章の辞書登録も何もかも「セキュリティ上」禁止。
何の意味もない、効率を下げるためだけの命令。最初の頃こそ三枝さんは理由を問うたりこっそり設定を変更したりしていたが、「そういう決まりだから」と繰り返し修正を命じられて抗う心を無くしたようだ。
その他、資料作りでも、議事録でも、回覧でも、お局の言う「マイクロマネジメント」は続いた。それらの指示が純粋な悪意から来ており、誰もそれに気づいていないか、気づいていても助けてくれる人はいないというお局が作り出したまがい物の現実に、三枝さんはどんどん飲み込まれていった。入社当初、三枝さんの席からは蜂蜜紅茶の香りが漂ってきていたが、その香りがしなくなった。
三枝さんはうちの会社に二年ぶりに入った新人で、相談できる同期はいなかった。そしてうちの課の女性には、お局のグループか、逆らわないことで存在を認められている人か、二種類しかいない。
つまり。
(彼女の理不尽で不遇な状況を知り、そしてそれを何とかするだけの材料を持っているのは、僕一人だ)
(冗談じゃない。あんな面倒くさい女どもとやり合うつもりなんてない)
(録音してることがばれたらそれこそ逆に足元を掬われる)
(三枝さんには自分で何とかしてもらうほかない)
そう考えた僕は、自分にできる精いっぱいとして、愛用している録音機販売サイトのトップページをプリントアウトして、彼女がいない間に裏面を上にしてデスクに置いておいた。
(自分でなんとかしてくれ、三枝さん)
彼女の机に紙を置いたとき、いつもの用紙のはずなのに、なぜか手触りがざらついているようで、その感覚が妙に指にのこった。
ざらついた手触りが予兆だったのか、この行動が総裏に出た。
取り巻きの一人がプリントアウトをこっそり見たらしい。
お局がそれを上司に持って行って、三枝さんが職場に盗聴器を仕掛けようとしている、と騒ぎにしたのだ。
三枝さんはもちろん否定した。そもそもそんなサイトなんて知らないし、プリントアウトもしていない。全く心当たりがないと。
しかし事実に基づく主張が通用する職場ならそもそも三枝さんはこんな目に遭っていない。
いずれにしても、僕の軽率が三枝さんの状況を更に悪いものにしているのは事実だった。
(流石に。
流石にもう。
何もしないわけにはいかない)
僕は頭を抱えた。どうしてこんなことになってしまったのかと自分を呪いながら、
あんな、あんなクソみたいな女どもを僕は相手にするのか? 生産性を奪い取るようなルールを入社したばかりの女の子に強要して、それをただ楽しんでいるような女どもを? 徒党を組んで口裏を合わせて人を追い込むことを繰り返してきたような女どもを? 僕に何かできるのか? 僕は無傷でいられるのか?
(でも、三枝さんは、今、傷だらけなんだ。それを放置していたら、僕はもっとクソだ)
ある日の朝礼で、僕は初めて自分で作った資料を配った。三枝さんへのお局の指示を時系列でまとめたものだ。内容に目を通したお局とその取り巻きが強張る。
資料を確認した上司が僕に説明を求めてきた。僕は腹をくくり深呼吸してから、話し始めた。
「まず、皆さんに伝えなければならないことがあります。僕は自衛のためにずっと職場に録音機を仕掛けていました。録音内容を確認しているうちに、新しく入った三枝さんへの、美浜さん、切津さん、今峰さんの対応がおかしいことに気づきました。でも僕は自分で動くのは嫌だったので三枝さんが自分で何とかすればいいと思って録音機のサイトをプリントアウトして三枝さんの机に置きました。そのせいで三枝さんが疑われてしまって、ほんとうに悪いことをしたと思っています」
僕は頭を下げた。
「でも本当に悪いのは美浜さんたちです。そしてそれを告発できるのは僕だけです。なのでこの資料を配りました。どうか皆さん、この資料をきちんと読んでください。職場で断りなく録音を続けていたことについては処分を受けますし、三枝さんの机にサイトのプリントアウトを置いて三枝さんの立場をもっと悪くしてしまったことについてはめちゃめちゃ反省しています。でもこの資料を読んだら三枝さんが置かれている状況がわかると思います。僕がやったこととは別に、三枝さんの状況を改善してあげてください」
僕は上司に音声ファイルをまとめたUSBメモリを手渡した。受け取った上司は僕を真正面から見た。
「君はもともと録音をどう使おうと思っていたんだ? 」
「それはその……あなたの指示が間違っているっていうことを告発しようと思って」
「ではなぜ告発しなかった? 」
「……間違ってなかったからです。間違ってたのは、僕の記憶の方でした」
「……だから最近の成果物が改善されていたのか」
上司は笑った。
「録音も役に立つもんだな。でも今後はメモを取れ。最初から言ってるようにメモを取るんだ。どういうメモを取ったら自分の仕事を補うことができるか、録音を聞いてわかったろう? こんなことをやらかしたんだ、せめて今後にフィードバックしろ。
三枝さん、言い訳になるが、丁度出張が重なっていて目配りが出来ず申し訳なかった。先ずは詳しく話を聞かせてほしい。
……美浜さん、切津さん、今峰さんにも、少し時間を取ってもらうことになると思います」
こうして朝礼は終わった。
その後の職場は、いつもより静かなのにどこかざわついた雰囲気で、皆が皆、このことに対し、自分がどう振る舞っていたのか、それについて咎められることはないかと自身を質しているようだった。
三枝さんの席からは、久しぶりに蜂蜜紅茶の香りがした。それだけ、たったそれだけで、僕は、この決してスマートとは言えない一連の流れを、少しだけ肯定的にとらえて良いと許してもらえた気になった。
終
次の更新予定
カライドサイクル ネコタ斑猫 @nekohann
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