石ころより月へ



月のようなひとでした。

黒い服の只中に、ぽっかりと浮かぶ貴女の顔は。


たった数秒、すれ違いざまに垣間見たに過ぎません。

だというのに、貴女の象牙色の顔は

静かな引力で、強く、私をひきつけた。


それからというもの、私の日常には

極稀に、しかし必ずと言って良いほど

貴女が現れるようになった。


あるいは閑静な邸の植え込みから、

あるいは黒塗りの車の窓から、

貴女のまあるい小さなお顔は突然、

ぽっかりと浮かび上がるのです。


手を伸ばす気も起きないほど

遠い存在であることを知っています。


ただ私が気に入らないのは、

そのようないと高いところへ架かっておきながら、

貴女の目がいつも寂しそうなことです。


あたかも私は広い宇宙の石ころになって、

貴女の周囲をびゅんびゅん回っています。


いつか、引力に負けて貴女へ衝突しはせぬか。


なかば恐ろしく、なかば待ち遠しく、


ああ、憐れな石ころは、

気も狂わんばかりに回ります。


どうか、どうか、

お月さまのような貴女。


ひと思いに私を墜落させてください。




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或る襖絵 疋田匹 @hikigaelu

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