第4話:三種の神器

 ネクタイを緩め、グラスを3つ、無機気質な執務室の机上に配置する。山田は慣れた手つきでウィスキーの栓を解放し、半分尻を机に乗せながら三浦と草津の顔面を覗き込んだ。口角を緩め、僅かに視認しながら、各々のグラスへ琥珀色の液体を注ぎ落とす。

 今から行うのは本日の会議の分析と確認である。グラスを持ち上げると、液体は揺れ、ツンとした揮発性の香りが立ち上がった。

 

 本日の会議は、利権主体の利害が衝突する会議。それは喧騒の中機能不全に陥り、進展はしなかった。

 結果後日の主要勢力要人らによる協議へと繰り延べられ、その要人達は…すでに全て山田の手中に落ちている状態。

 

 度数の高い酒特有の、強い口当たり。深い息を吐く山田から「目論見み通りの結果」に満足してると、三浦はグラスに口をつけながら見ていた。

 確かに、怒号と机を叩きつける音、獣の縄張り争いの様相は会議にはならなかった。そのように本日を思い返しながら、屋台の二級酒とは違うウィスキーの複雑な味に三浦の舌は舞い上がっていた。

 しかし、辛口の喉越しは飲み干すのに苦労する。


 つまり、山田は三種の神器、すなわち金と女と恐喝を用いて交渉ごとを行い、共犯関係の枠内に収めていた。拒絶した人物を「注意喚起」の無言のメッセンジャーにし、強制的な対価の受け渡しを行う山田の常套戦術である。

 僅かな利益を提供し、納得という諦めにより利権の大半を佐々木陣営へ帰属させる目論見は規定通りに進行していた。


 グラスに閉じ込めた琥珀色の液体。苛烈な度数に複雑な味わい。それはまるで熟成された山田の手口のように、攻撃的で飲み干せぬ者は潰れてしまう。触れた者を逃さぬ搦手と相違がない。


 三浦はその山田の手口に配置された卑劣さと冷淡さが脳裏に浮かび、酒の味がドブ川の苦味へと変質したように感じた。鼻腔を通過する酒気の鋭利さに顔面を歪め、視線は頼りなく室内を一周する。

 まず会議より回収された一斗缶の反射光が目に入り、機能的に整理され清掃が徹底された空間が広がる。この部屋の無機質さは山田の性格そのもののようであった。


 グラスで揺れるスモーキーな香りを感じながら、草津は山田の仕掛けた一連の事象に純粋な感銘を認識した。実行能力の高水準性には善悪の判定を介さずに敬意が生まれる。

 しかし、採用された手段には明確な拒絶の意思を顔面に滲ませていた。

 

 沈黙による静寂が室内ごと三人を世界から隔離させる。その感覚を打破する為、現実的な感触を求め草津は自身のポケットを探った。

 煙草を一口、ため息のように煙を吐き出す。メンソールの爽やかさが酒で麻痺した喉を通り抜けた。その時、外を走る車のヘッドライトが部屋に流れ、三人の影を一瞬揺らす。

 煙草を灰皿で押し潰し、顔を上げ、草津は己を整える。

 相反する感情を内部に沈下させながら、口に含んだウィスキーを飲み干し、鼻腔を通過する酒気の鋭利さを精神への覚醒剤として利用する。山田を凝視しながら思考を加速させ、血生臭い抗争が事前に回避されている事実を認識した。体調不良を呈した三浦の背中をさすりながら、発語しそうな言辞を内部へ収束させ、沈黙を維持した。


 マッチで煙草に火をつけながら、山田はその様子を視認した。そして口角を緩ませ、2人の未成熟な純粋性を評価する。

 

 時代の変遷により、山田の今のやり方は将来的に機能不全に陥る。時代に拒絶されるのだ。次世代は清廉性と、権力構造を動かすやり方を要求するだろう。草津の優秀性と青さは優れた武器として価値を持つ。佐々木の巨大な地盤を継承させる後継者として適性係数は高い。三浦の実直な特性も草津の補完機能として有効性を発揮するだろう。

 しかし、現時点は非合法的な手段が有効な時代。彼らは実務経験の獲得プロセスへ投入する段階である。


 鈍い銀色を発する一斗缶に着座しながら、山田はグラスに口をつけた。グラスの重さはあの勲章の重さの代わりにはなりはしないが、


 飲み干すのだ、何もかも、今は…


 山田は剥き出しの左手首を露出させ、整理された冊子から地図を取り出す。そして、バイパス予定地を示す地図を緩慢に捲った。

 マーキングされた指定座標を指先でゆっくりと走査しながら、完成後のルートを思考の中に展開した。


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 バイパス道路の建設は車両の流動性を高めるが、通過する街に富を還元せぬ諸刃の剣である。その利権や開発を巡り、各勢力どうしはきな臭い抗争を勃発させていた。


 苛烈なる佐々木陣営の手腕は他を圧倒する。弱肉強食の理(ことわり)が支配する世界において、全ては圧倒的な権威である魔人への贄でもある。


 建物のコンクリートの基礎の下に眠る行方不明者の数がピークの時代である。

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