エピローグ

【5月31日】

 毎月31日、決まって二人はアイスクリームを食べる。

 鳴海とライは茜川沿いの土手に並んで座り、沈んでいく夕陽を眺めている。春なので寒くはないが、指先にほんのり冷たさを感じる。

「いろいろ大変だよ」

 制服を着たライが、溜め息混じりの声を出した。

「学校?」

「うん。中学」

 ライはスプーンをくるくる回しながら答える。

「みんな悪い子じゃないんだよ?でもさ、なんかこう…よそよそしいっていうか」

「距離がある感じ?」

「そう!それ」

 勢いよく頷いてから、ライは自嘲気味に続ける。

「しかも、なんか変な噂が流れてるっぽい」

 ライは少し間を置き、口を小さく開いた。

「“年上の彼氏とトラブった”とか、“自殺に失敗して大怪我してた”とか、って」

「その年上の彼氏って…」

「鳴海くんのことじゃないよ。だから根も葉もない噂だって、」

「だよな…」

「なに真に受けてんの?もう、しっかりしてよ」

 失笑混じりのライに肩を叩かれる。

「みんなデタラメが好きなんだな」

「だよね、でも2個目とか割といい線いってない?」

「笑い事じゃないぞ」

「そうだけど…噂ってスゴいなあってさ」

 ライはあっけらかんと笑ったが、スプーンを持つ手は少しだけ落ち着かなかった。

「まぁ、最初だけは仕方ない。俺もそうだった」

「そだね、仕方ない」

「しんどくなったらムリせず言えよ」

「…ありがと」

 その後もライは、学校のことを中心に色々な話をしてくれた。勉強はなんとか中の下くらいということや、図書委員になったこと、夏にある野外学習にどんな顔で参加すればいいか分からないことなど。

 少しだったが、家庭の話も聞くことができた。美咲さんはしばらく仕事を休んでいたそうだが、無事職場復帰したそうだ。それでもまだ完全に安定はしていないらしく、時折不安な表情を見せるという。

「それでも、前よりは進歩だよね」

 一ヶ月ぶりに会う彼女の人生は、何かが劇的に変わったわけではなさそうだったが、たしかに息をしていた。


「鳴海くんは?」

 ひとしきり話し終えた後、ライは話題を鳴海へと移した。

「…え?」

「睦歩さんとさ、最近どうなの?」

「ど、どうって…」

 不意に振られて、鳴海は視線を泳がせる。

「付き合っては、いる」

「それは知ってる」

「喧嘩も、してない」

「それも、まあ」

 ライはじっと鳴海の横顔を見た。

「でも、なんか元気な顔じゃないよ」

「…」

 鳴海はしばらく黙ってから口を開いた。情けないほど小さな声だった。

「なんか…俺、釣り合ってない気がして」

「え〜」

 ライが、心から信じられないといった顔をする。

「なんだよ、真剣な話してんのに」

 鳴海の顔が赤くなる。

「逆に釣り合うと思ってたわけ?」

「うるさいな。そんな風に言わなくていいだろ」

「鳴海くんって、ウジウジしなくなったらフツーの人だもんね」

「マジでやめて、色々傷つくから」

「あと、ヒョロガリだしね」

「どこで覚えたんだそんな言葉…」

 頼むからそれ以上は、と鳴海は耳を塞いでいた。この状況において、どちらの立場が上かは明白だった。

 さすがに哀れに思ったのか、ライは言葉を止めてアイスを一口食べた。

 スプーンをくわえたまま、言う。

「鳴海くんはさ」

「ん?」

「自分で思ってるよりも、薄っぺらじゃないよ」

「…なんかありがとう」

 雰囲気に圧されてお礼を言ってしまう。不思議とそこまで悪い気はしていなかった。

 これがライという人なのだ。

「お互い大変だね」

「だな」

 川の向こうを、電車が走り抜ける。そのさらに先には、夕陽に照らされた水平線がまばゆく光っていた。

 青いはずの川面を夕焼けの赤が染めているのを見て、ふといつかの会話を思い出す。


『苦みがあることで、甘みが引き立つんだって』


 全力で走っていた自分も、

 立ち止まっていた自分も、

 今日みたいに誰かと喋っているだけの自分も、

 全部が混ざり合って、これからの俺が出来ていく。

 苦さと甘さが同居する、このカップアイスのように。


―水平線に、今日も夕陽が溶けていく


「この食べ方も、悪くないよ」

 溶けかけのアイスを口に運びながら、鳴海は呟いていた。

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水平線にとける @ranboball

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