第四章(過去)

【6月】

 あの日から僕はほぼ毎日、病院に顔を出すようになった。学校が終わるとすぐ教室を飛び出して、家とは反対方向へ走り出す。

 クラスの友だちと遊ぶより、クラブ活動より、僕にとってはずっと優先したい時間だった。ワクワクする気持ちと連動するように、足取りも軽くなった。

 この日は少し寄り道をしてから、僕は病室へ向かった。

「お待たせ!」

「おかえり、なるちゃん」

 ドアを開けると、いつも通り成果が迎えてくれた。

 ベッドに座った成果は、僕の持っている”それ”を見るとクスっと笑った。

「今月は忘れなかったね」

「ちぇ。成果も覚えてたか」

 僕の両手には、来る途中に買ったピンク色のカップアイスが握られていた。

「忘れないよ。31日は…」

「「アイスの日だからね」」

 声が重なってしまい、二人で崩れるように笑い合った。

「驚かせようとしたのになあ」

「私だって、すっごく楽しみだったんだもん」

 成果と会うようになってしばらくたったある日、彼女はアイスが食べたいと言った。それがちょうど月末だったから、この習慣が自然と出来上がった。

 毎月31日は、サーティワンアイスクリームが31%引きになる。僕たちは毎月この日を「アイスの日」と決めた。

 僕はベット脇のイスに腰掛け、片方のカップを成果に渡す。「ありがと」

 成果に渡したのは、クリーム色とパステルグリーンの混ざり合ったアイスクリーム。ボール状のアイスの中には、赤や黄色のさらに小さな粒が入り込んでいる。サーティワンの人気商品、ポッピングシャワーだ。成果はこの味がお気に入りのようだ。対する僕は、チョコチップアイスを選んだ。特にこだわりはなく、毎回色々な味を試すようにしていた。

「いただきまーす」

 彼女はプラスチックのスプーンで、アイスをすくい取った。

「よくそんなパチクリするのを食べるなぁ。俺はそんなの嫌だけど」

 チョコレート一色のアイスを口に運びながら、鳴海は嘆息した。

「えー、美味しいよ?パチパチも気持ちいいし」

 たしかにさっきから、成果の口からパチパチ音が聞こえている。

 ん。と、彼女はポッピングシャワーをすくったスプーンを差し出した。

「好きじゃないって」そう言って僕は背を向ける。本当は少し食べたかった。

「食べず嫌いだよー」

 成果はスプーンを持った手の薬指で、鳴海の肩をつつく。

「ちょうだい」

「はあー?やだよ」

「私のおごりなんだけどっ」

 たしかにアイスの代金は、毎月成果から預かっていた。

 仕方ないと、鳴海はカップを差し出す。成果は少しだけすくって食べた。

「ただのチョコレート?」

「チョコチップ」

「ちっぷって、何か可愛いね」

 スプーンを口にくわえながら、彼女は呟いた。


笑顔――


 こんなに楽しかったことが、今まであっただろうか。

 何がどう楽しいのかも全くわからない。ディズニーランドに来たわけでもない、海外旅行をしているわけでもない、宝くじが当たったわけでもない・・・・

 ただ、月に一度、二人でこうしてアイスを食べる。

 それだけで、僕らは心から幸せだった。

「そだ、これ買っといたんだ」

 思い出したようにそう言うと、成果はシーツの中から何かを取り出した。

 彼女が取り出したのは、缶のホットカフェオレだった。予め病院の自販機で買ったのだろう。

「むかし誰かから聞いたんだけど、ちょっと苦みがある方が、甘みが引き立つんだって」

 そう言うと彼女は、カップの中にカフェオレをほんの少しだけ注いだ。正直に言って、頭がおかしくなったのかと思った。

「は…何してんの?」

「いいじゃんいいじゃん」

 まだ半分くらい残ったアイスの上に、こげ茶色の液体が注がれていく。鮮やかなポッピングシャワーにカフェオレが混ざり、なんだか統一感のない色になっていた。

 注ぎ終わると、彼女はプラスティックのスプーンでカップの中を少し混ぜてから口に運んだ。僕も思わず息を呑んだ。

「どう…?」

 そう聞くと、成果は微妙な顔で笑いながら、

「うん…。美味しくはないかも」と言った。

「当たり前だよ」

「でも、いつかこれが好きになるかもしれないじゃん?」

「そんな日は来ないと思うけど」

 成果は僕より5つ年上だけど、こういう子どもっぽいところもあった。

 アイスを食べ終わった後は、いつものようにただ他愛もなく話すだけ。

 この幸せな時間がずっと続いてほしいと、僕は思っていた。

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