2.猫に顔を洗わせたい!
「ただいまー。」
カナトと一緒に僕は家に帰ると、ほどなくして二階からトトト……という小気味良い足音がしてきた。
「
茶トラの玉之丞は三才のオス猫。家族にはべったりの甘えん坊の猫だけど、
「おー玉之丞!久しぶり!」
僕の後ろからカナトがひょいと顔を出すやいなや、目を真ん丸にして毛を逆立て、猛ダッシュで降りてきた階段を昇って行ってしまった。
「うぅ、まだ俺には慣れてくれないのか……。」
「ごめんね。」
玉之丞は人見知りが激しく、小学校の頃からちょくちょくウチに遊びに来るカナトでも、怖がって自分に触らせようとしない。
「仕方ないな。じゃ、作戦通り猫の方はそっちで頼む。俺は下でてるてる坊主を準備しているよ。」
カナトはそう言って、僕に『ふるふる事典』を手渡した。
「猫が顔を洗ってる時に、大雨のページ開いて、『ばっちり!ふるふる大事典!』って唱えるんだぞ。」
「分かった。」
「玉之丞ー、おいでー。」
僕が二階にいくと、玉之丞は僕のベッドの下に潜り込んでいた。目だけが緑色に爛々と光っている。こうなると、普通は呼んでも出てこない。だが、僕には秘策があった。
「ほーら、鮭だよー。」
帰りに、ジュンとスーパーで買った鮭の切り落とし。玉之丞は鮭の刺し身が大好物だ。そして、脂身の多い鮭を食べた後は特に顔を洗う傾向がある。だから、出来るだけ脂ののってそうな切り身を選んできた。
案の定、鮭の匂いに釣られて玉之丞が少しずつベッドの下から這い出てきた。僕は慎重に玉之丞を誘導し、完全にベッドの下から出した。
「よーし。はい、どうぞ!」
切り落としを二、三切れ、食べやすいようちぎって皿に盛り、玉之丞の鼻先に置いた。玉之丞は僕の手が皿から離れるより先に顔を皿にツッコみ、うにゃうにゃ言いながら鮭を平らげていく。
さあ玉之丞、顔を洗ってくれ!『ふるふる大事典』の大雨のページを開きながら僕は玉之丞の顔をじっと見つめた。だが玉之丞は鮭を食べ終わっても顔を洗わない。僕の手元―まだ鮭の乗ったパックを見ている。
「……足りない?」
「ニャン。」
結局、ひとパック全部の鮭を与えた。
「これで最後ね。」
と言ってあげた鮭を瞬く間に食べ終えた玉之丞は僕を見上げ、もらえないと分かると、名残惜しそうにお皿を舐め出した。おい、玉之丞。ま、まさか顔を洗わないってことないよね?一階にいるジュンから「顔洗ったか?」というラインがもう三通も来ている。時刻は五時を回った。五時半に母さんたちが帰って来る前に、てるてる坊主を作って、靴飛ばしもやらないといけないのに!玉之丞、頼む、顔を洗って!
「あ!」
皿を舐めていた玉之丞が、急に伸びをして座り直すと、右手で自分の顔をごしごしと洗い始めた。
「ば、ばっちり!ふるふる大事典っ!」
焦ったけどどうにか間違えず唱えられた。その瞬間、本がわずかに光り、条件の「猫が顔を洗う 一回」の横にチェックマークがついた。
「ありがとう玉之丞!」
僕はお礼を言って、急いでカナトの元へ走った。
その後、カナトが作ったてるてる坊主を、呪文を唱えながら逆さまに吊るし、靴飛ばしも、二人で十回ずつやって何とか四回裏返す事に成功した。
「よっし!全部にチェックマークがついたぞ。これで明日は絶対雨だ!」
本を見せながら、カナトが嬉しそうに言った。「ありがとよ親友!いや、戦友!」
「こっちこそ。なんだかんだ楽しかったし達成感あるよ。」
これで明日は地獄を免れると思うと、なんだか待ち遠しい。
「玉之丞にはまたお礼に鮭買ってくるよ、じゃあな!」
意気揚々と帰るカナトを、僕も同じ気持ちで見送った。
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