第4話 「賢者様、〈天のみつかい〉様、石と黄金の都へようこそ」

 一年が過ぎてもクライノートの翼は治らなかった。ひしゃげていた形は元通りになったけれど、飛べるようになるまではまだいくつか骨が折れていたし、羽も所々欠けている。


 オロはクライノートとともに色々な場所へ行った。目の覚めるような碧い海も、泣きたくなるほどに綺麗なオーロラも、時間が止まってしまったと錯覚するほどのダイヤモンドダストも、深い底まですり抜けてしまいそうな湖も。色とりどりの景色が金剛石の瞳で複雑に色を変えて映っていった。




「オロ! すごいよ! 今度の街にはお城がある!」


 春草に覆われた峠から街が見える。クライノートが叫んだように、街の中心には大きな城がそびえていた。何度か城のある領地には行ったけれど、今回のは格別に大きい。


「街も大きいねー。こんなに大きい街に来たのは初めてだよ。遠くから来た石とかもあったりするかなあ」


 今から石屋の元を訪れるのが楽しみで、オロは頬を緩めた。


「もう、オロは石ばっかなんだから。クライノートはおいしいご飯が食べたいな」


 クライノートはそう言ってオロの手を引く。翼が揺れ、陽の光できらきらと眩しく羽根が輝いた。


「うん、おいしいものもたくさん食べようか」


「やった!」


 ぴょんぴょん跳ねるクライノートに引きずられるようにして駆け出す。相変わらずの大きな鞄はちりちりと音を鳴らした。中の鉱石も金属もオロの大事な宝物。それから──。


 オロは視線を下げた。右手の中の華奢な手を辿った先には純白の髪があって、同じ色の翼がある。無垢な白だけでできた少女は星の海からオロの前に落ちてきた奇跡だ。宝石と名付けた彼女こそ、今のオロにとって一番に大切な宝物。


「クライノート」


「ん? どうしたの、オロ?」


 足を止めて振り返った少女は首を傾げ、金剛石みたいな不思議な瞳でオロを見る。


「ううん、何でもない。……呼んでみただけ、それだけ」


 ああ、なのにどうしてこんなにも胸が高鳴るのだろう。


 門が見えてきた。城下町だから、中に入るのにも通常の村よりも検問が厳しいようで、昼前でも長蛇の列ができている。旅人と商人たちの話を横から聞くと、この門は孔雀門というらしい。石造りの門の両脇に孔雀石がはめ込まれているのが由来だろう。


「賢者様だ」


「本物の錬金術師だ」


「〈天のみつかい〉様もいらっしゃるわ。なんて愛らしいのでしょう」


「噂は本当だったのか……」


 興奮に満ちた囁きが風のように流れていく。最後尾に並ぼうとしていた二人の前が自然に開けていった。


「あ、いえ、僕たちはそんな大層な者ではなくて、ですね……。ちゃんと順番に並ぶので、気にしないで大丈夫で──」


 手と首を左右に振るのだが、人々はオロたちを見過ごしてはくれないようだ。むしろ喜んで花道を作ってくれさえする。まだ遠くのはずの憲兵もオロとクライノートの姿を認めて顔を輝かせた。


「賢者様、〈天のみつかい〉様、石と黄金の都エルツゴルトへようこそ」


 僕好みの街の名前だ、とオロが呟く間にもクライノートは駆け出していた。


「あ、待って待って。えっと、僕たちは街に入っても大丈夫?」


 クライノートを追いかけながら叫ぶと、兵士は笑顔で頷いた。


「もちろんでございます。お二方にいらしていただけることを街の誉と存じます」


 二人のためだけに開かれた道を潜り抜けた先にはさらなる歓待が待っていた。いつの間にやらオロとクライノートがやってきたことが伝わっていたらしい。二人を祝福するように鮮やかな色彩の花が上から降ってくる。クライノートの白い髪と翼にガーベラの花弁が乗って、そこで花が咲いているように見えた。


「オロ! きれい! 花がいっぱい!」


 くるくると少女が踊る。美しい姿に人々は喜び熱狂する。この世のものではない奇跡に魅了される。幼い女の子から花冠をもらって笑うクライノートをオロは眺めて微笑んだ。


「錬金術師様! 奇跡を見せてくれませんか!」


「オロ様! 本物の錬金術をお見せくださいませんか!」


 奇跡を請う声がオロに降り注ぐ。クライノートの笑顔のお返しに、オロは手を空へと差し出した。


「変転せよ」


 宙を舞い散る花が金剛石に変わった。赤子の小指の爪ほどの大きさでも、宝石の王の煌めきは目を焼く。歓声とともに人々が空へと手を伸ばした。


 オロ様、オロ様、オロ様。

 オロへと手が伸びてくる。


 〈天のみつかい〉様、〈天のみつかい〉様、〈天のみつかい〉様。

 クライノートの翼へと手が伸びてくる。


 誰もが笑っているのに、群衆の手はひとつの生き物のようにオロとクライノートを飲み干そうとしていた。背筋がつっと冷たくなって、オロはクライノートの手を引いた。


「……クライノート、早く行こう」


「オロ様!」


「〈天のみつかい〉様、どちらへ行かれるのですか!」


 掴まってしまう前に、二人で熱狂の渦から逃げ出して路地に駆けこんだ。オロは乱れた息を整えながら追いかけてくる人がいないことを確認する。それらしい影は見当たらなかった。


「こ、こんなに、騒がれるなんて……。いつもよりもずっとすごかったな……」


 翼の生えた少女を連れた錬金術師として、いつからかオロとクライノートは人々の間で噂になっていた。世にも珍しい白い少女に加えて、錬金術師の方は〝本物〟だ。おまけに今の錬金術の基礎を確立した鬼才。クライノートに至っては、神が遣わした使いなのだとふるい伝承と結びついて〈天のみつかい〉と呼ばれるようになっていた。二人が人の目を集めるようになってしまうのももっともだ。


 だとしても、この街の熱狂ぶりは異常だった。


「オロ、ここ嫌な感じする。早く街を出よう」


「うん、僕もそう思う」


「──賢者様、〈天のみつかい〉様」


 歩き出そうとした二人の前にシワひとつない軍服を纏った男が立っていた。


「王がお二人にお会いしたいと仰っています。どうか私とともに来てはくださいませんか?」


 断るために口を開こうとしたけれど、その隙は与えられなかった。とっくにオロとクライノートは憲兵たちに囲まれている。じりじりと狭められていく包囲網を抜け出すのは不可能だ。クライノートの手を強く握り、オロは小さく顎を引いた。




 白亜の城がオロたちを待っていた。大理石でできた純白の城はまるでクライノートのために用意されたよう。灰銀の目で城の威容を睨んで、オロはつるりとした床を歩き出す。かつんこつんと靴音が静寂に響いていく。兵も案内役の男も無言だった。


「オロ・レヴェニア殿、クライノート殿、よくぞ参ってくれた」

 

 オロたちの足元から続く藍のカーペットの先では、白いひげを蓄えた男が銀の玉座に腰掛けている。はしばみ色の目をした王はオロとクライノートに大きく微笑みかけた。


「かの賢者と〈天のみつかい〉に会えたこと、望外の喜びである」


「ど、どうも……」


「して、オロ殿、余にもそなたの錬金術を見せてはくれぬか」


 頼まれてはしかたがない。オロは鞄からこぶし大の石を一つ取り出した。


「変転せよ」


 火花が咲く。石は大きさだけはそのままに、見事な酒黄色の結晶に変わった。最上級の黄玉トパーズだ。王が銀の玉座から身を乗り出した。オロはゆっくりと彼に近づき、ひんやりとした宝石を握らせる。


「おお、なんと、なんと見事なものだ……」


 王はしばらくふくよかな手で黄玉を弄び、光にかざして輝きを食い入るように見つめていた。


「オロ殿、もっとじゃ、余はそなたの奇跡をもっと見たい。海の守り神という石は作れるか? 熱すると電気を発するという石はどうじゃ? 東洋の神秘は見られるか?」


 言われるがままにオロは宝石を生み出した。手のひらから魔法みたいに貴石があふれる。ぼろぼろと価値ある石が無造作に転がり落ちていく。澄んだ水色の緑柱石アクアマリン、薄紫から濃い青に変じる電気石トルマリン、とろけるような緑の翡翠。やがて材料の石がなくなった。そう言うと、王は用意させるから待っていてくれとオロとクライノートに城での滞在を勧めた。


「僕たちはもうここを出て別の場所に行くんです。だから──」


「ならぬ!」


 王が大声を上げた。クライノートがオロの服の端を掴む。


「……あ、あぁ、すまぬ。つい、声を荒らげてしまった。ただ、余はもう少しそなたの錬金術が見たいのじゃ。三日でよい、三日だけここで過ごしてくれぬか、オロ殿」


 オロはクライノートをちらりと見た。クライノートの宝石の瞳と目が合った。


「三日だけ、なら」


 城に残ったことがすべての間違いだった。三日が経っても、王はオロとクライノートを手放そうとしなかったのだ。一週間、一か月、半年がすぎても。




 いつからか、敷地の外れに建てられた図書館の地下室でオロはクライノートとともに過ごすようになった。錬金術に励むようにと言われて与えられた研究室。オロが望めば世界のどこからでも石や本がやって来る。けれど、城の外にだけは出られない。オロとクライノートが外に出られるのは王に連れられて民に姿を見せるときだけだ。


 請われるがままに宝石を、鉄を、銀を、金を。望まれるがままに知恵を。やがては〈賢者の石〉と〈万能の妙薬〉をも願われた。その二つだけは決して作ろうとしなかったけれど。


 クライノートは崇められ、祀られた。教会すらも建ち始めた。〈天のみつかい〉と呼ばれて、人々から願いを聞かされる。彼女に寄せられた願いをオロが叶えていく。


 願いが叶って喜ぶ人がいるのはいいことだ。


 ──そうでしょう?




「オロ様、我らの王になっていただけませんか?」


 ある昼下がり、はしばみ色の目をした王にそう言われた。


「でも、僕は、ただの錬金術師で……」


 王から距離を取るように後ろに下がっていくと、バルコニーがあった。城の中央のバルコニーからは街が一望でき、王が民に声を届ける場所になっている。王は笑って、閉ざされていたガラスの扉を開け放った。白いカーテンが風にはためく。


「オロ様!」


「オロ様だ!」


「オロ様が王さまになってくださるぞ!」


「錬金の王に万歳!」


 群衆がオロを見て叫んだ。どの瞳も期待に満ちて朝露みたいに輝いている。


「民が望んでいます。オロ様が我らには必要なのです。どうか、我らをお導きください」


 王がオロに跪く。


「どうか」


 誰かにこんなにも必要とされたことなんて今まであっただろうか。


「……僕が王になったら、これだけの人々を幸せにできるでしょうか?」


 バルコニーから見える街のすべてを灰銀の瞳に映した。


「はい、必ずや」


「なら僕は、この国の王になりましょう」


 そうしてオロは自らの手で自由を手放した。銀の玉座と王冠を手に入れる代わりに。

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