第3話 「だから僕は永遠がほしい」

 山奥から出てきた男女二人組は、その珍妙な姿で人々を驚かせながら街にやってきていた。男は長い髪をしており、身体の横幅二つ分の大きな鞄を背負っている。少女の方はぶかぶかのマントを着ており、フードで顔を隠していた。


「オロ、ここ、どこ」


「えっとねぇ、ここは確かすずがよく採れる鉱山が近くにあったから……フリーデルかなぁ? とりあえず何か食べよう、クライノート。僕、そろそろ限界」


 珍妙な恰好をしている二人は周囲の目を気にせずに、子どもじみた会話をしている。オロは金があることを確認するために懐から巾着を取り出した。


「それ、何? ご飯?」


 クライノートがオロの財布を覗きこむ。


「これはね、お金だよ。これでご飯を買うんだ」


 オロは巾着を振ってみせた。じゃりんじゃりんと音がする。ガラス、金属、宝石。錬成したものや拾ったものを売って作ったオロの全財産だ。どれも単価が高いので、平民が一生かかってようやく稼げるだけの額はある。


「いっぱい」


「これだけあれば、しばらくは困らないはずだよ」


 オロの肩に誰かがぶつかった。よろけた拍子に巾着がひったくられて、オロは地面に両手を着く。慌てて顔を上げたけれど、その頃にはひったくりはもう人混みに消えてしまっていた。クライノートはぽかんとして、まばたきを繰り返した。


「お金、消えた」


 地面に尻もちをついたオロは情けなく眉を下げる。


「盗られちゃった、……僕の全財産」


 どう考えても道の真ん中で財布を出したオロが悪いのだが、残念ながらオロは原因に思い至らない。既に何十回もやらかしているのに。これでは街で金を配っているのと変わらない。


「ご飯、買う、ない。オロ、死ぬ」


 悲しそうにクライノートが視線を下げた。


「だ、大丈夫。お金稼ぐから!」


 一文無しのオロは尻に着いた砂を落として颯爽と歩き出す。全財産をすられるくらいよくあること。このくらいでへこたれるオロではない。


「よーし、宝石作って売るぞ!」


 空元気、もとい、空やる気を出し、オロは腕まくりをした。クライノートを連れて宝石商を探しに行く。ガラスと金属ではなく宝石を選んだのは、宝石は高く売れるからというただそれだけの理由だ。


 大通りを抜けて、富裕層向けの店が並ぶ通りに出る。露天商の多かった道が一転して、こぎれいな店舗の並びに変わった。当然歩く人々の身なりも異なり、絹の服を身に着けた人々が肩で風を切って歩いている。場違いなオロとクライノートは白い目で見られているが、オロは気にしない。大事なのは宝石商の店に入ることだけだ。


「ここかな」


 看板に宝石が描かれている小さな店。外も中も白を基調としたシンプルな建物だが、各所に金をあしらった装飾がなされており、高級感が漂う。


「ごめんくださーい」


 素直に扉をノックして入ろうとしたら、こぎれいな制服姿の従業員に止められた。


「お、お客様? 当店にはお客様がお求めになれるものはございませんよ?」


「うん、大丈夫だよ。僕は売りたいだけだから。ここに宝石の鑑別ができる人はいるかな?」


「まずはその恰好を改めていただかなくてはお通しできません!」


 恰好がだめだと言われても恰好を改める金がないのである。


「オロ、お金、ない」


 クライノートが言うと従業員は目を三角にした。


「一文無しが来る店ではないのです! 分かります? 当店の商品は宝石でして、高貴な方々が訪れる場所なのです! あなた方のような薄汚れた人間は通せないんですっ! っておい!」


 従業員をずるずる引きずってオロは店の中に入っていく。いつものオロなら泣きながら逃げ帰るのだが、クライノートがいるオロは強い。確固たる覚悟で入店。鞄から色の白い小石を取り出して、手のひらに乗せた。


「変転せよ」


 手の上に火花が散った。従業員たちとクライノートが見つめる中、オロはカウンターに手の中のものを乗せる。さっきまでただの石ころだったはずなのに、白塗りのカウンターでは深い赤色の石が煌めいていた。


「これ、いくらになるかな?」


 ざわ、と従業員や客たちが騒ぎ出す。クライノートはオロの手元を覗きこんで目を丸くした。


「オロ、すごい! 宝石! できた! すごい!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねた弾みで目深に被っていたフードが外れた。絹糸のように艶やかな純白の髪と、整っていて愛らしい顔立ちと、金剛石をはめ込んだような双眸。この世のものではない美しさが露わになる。


「これ! いくらになるかな!」


 オロは声を張り上げた。クライノートの身体をさりげなく引き寄せつつ、もう一つ小石を手に乗せてみせる。


「変転せよ」


 もう一度火花が跳ねて、今度は青い煌めきがオロの手からこぼれる。


「もう一つあるから!」


「すごい! オロ! また、宝石! 青色!」


 跳ね回るクライノートと右往左往する従業員と客。騒ぎに駆り立てられてオーナーが店の奥からやってきた。小太りの男は薄汚れたオロの姿を見て顔をしかめたが、商売用の笑みの下に隠していく。


「何事かございましたでしょうか、お客様」


「あの、この宝石を売りたいんだけど……」


 オロの指が示した先の大粒の紅玉と蒼玉を目にし、男は硬直した。


「こ、これは、なんと……」


 カウンターの後ろからルーペを取り出し、まじまじと観察し始める男を眺める。光にかざしたりとしていくうちに男の顔は宝石に近づいていって、今はもう鼻先がつかんばかりだ。


「ほ、本物だ。本物のルビーとサファイアだ。こんなに見事なものはそうお目に掛かれんぞ! きみ! どこでこれを手に入れたんだ!」


 肩を強く掴まれて揺さぶられ、目が回りそうだった。


「え、ええと、ここで作りました。僕、錬金術師で──」


 ぴたりと手が止まる。男はオロの顔を舐め回すように検分した。


「きみ、名前は?」


「はい? オロ・レヴェニアですが……僕に何か……?」


 店内が一層ざわつき出した。視線がオロに集まるのを感じて、思わず身体を縮こめる。


「あの天才が……!」


「錬金術師の中の錬金術師だぞ⁉ たった一人の本物だって話じゃないか!」


「賢者様よ……!」


 オロとクライノートだけよく状況が分からずにきょとんとしていた。オロへの冷たい視線は熱い視線へと様変わりし、オーナーにいたっては目の前で泣き出す寸前だ。


「お、オロ様だとは知らず、ご無礼をお許しください。あの、よろしければわたくしめにもどうか神の御業みわざを見せていただけませんか……?」


「い、いいですけど」


 オロは再び小石を取り出して、手のひらに乗せた。


「変転せよ」


 星屑のような火花が散り、オロの手の中にある石は深い緑を湛えた宝石に変わっていた。


「え、エメラルドだ……」


 喝采がオロに降り注いだ。みすぼらしい恰好のオロを身ぎれいな貴婦人と紳士たちが褒め称える光景はなんとも異様だった。クライノートはわけもわからないのに手を叩いて喜んでいる。


「この三つを買ってほしいんだけど、できるかな? 相場で大丈夫だから……」


「もっちろんですとも! ただいま計算させていただきますね!」


 ご機嫌なオーナーは金貨いっぱいの袋をオロに手渡しをしてきた。


「また本は出されないので? わたくし、オロ様の書かれた〝錬成原則ドクトリン〟をもう何度も読んでおりまして……!」


 何のことだろうと思いかけたけれど、昔オロがどこかに落とした手記が錬金術師たちに拾われて出版された話を思い出した。〝錬金原則ドクトリン〟なんていうすごい名前なのか、あのメモ帳。


「本を書く予定はないんだ、ごめん」


「あ、いえいえとんでもありません。ぜひまたここに来てください、オロ様」


「機会があればね。クライノート、行こう」


 まだぴょこぴょこ跳ねているクライノートを呼び、二人はてんやわんやの宝石店を後にした。


「オロ、すごい! オロ、天才!」


「みんな大げさだなあ。僕は石遊びをしているだけなんだけどなあ」


 ぼやきながらオロは近くの食事処に足を運んだ。服装が汚いと追い返されかけたけれど、宝石をプレゼントしたら喜んで通してくれた。おまけにタダで食べていいと。


「みんな優しいね、こんなに良くしてくれるなんてびっくりだよ」


 皿いっぱいに盛られたスパゲッティを頬張りながらオロは言う。


「ご飯、おいしい!」


 クライノートは口元をトマトソースで汚している。宝石の瞳をきらきらさせて、足をばたばたとしきりに動かしていた。白い少女の愛くるしさに周囲の客も視線をやらずにはいられない。おまけに白い翼が背中から生えているのだから。


 食事を終え、ひとしきり物を買いこむと二人はすぐに街を後にした。人の多い場所に長居しないのがオロの習慣だ。人がいると疲れてしまうし、安心して研究もできない。


 山道に入って、森の深まる方へ行く。獣道を選んで陽が落ちる前に少しでも遠くへ。


「オロ、どこ、行く?」


「うーん、星が綺麗に見える場所、かな」


 赤い光の中で生い茂る木々の落とす影は怪物のようだった。獣が葉を揺らす音も聞こえてきて、不気味な様相だ。けれど、ずっと独りで森の中を歩いてきたオロはまるで気にしない。


「もうじき夜になるからここら辺で休もうか」


 視界の開けた場所でオロは呟いた。一人なら鉱石燈を持ち出して日没後も歩いたけれど、今はクライノートがいる。夜の不確かな道を歩かせて、怪我をさせてしまったらいけない。


「木、大きい」


 クライノートが木に向かって走っていく。幹のところで彼女が両手を目一杯広げても半周にも届かない。オロが頑張っても難しいだろう。苔むした表皮は長い時をこの場所で過ごしてきた証。クライノートの隣でオロはそっと幹に触れた。


「……何百年もここにいるんだろうね」


「生きる、長い?」


「うん、長生きだ」


 幹に貼りついたままクライノートがオロを見る。


「人間、生きる、長い? 木、同じ?」


 オロは灰銀の目を細めた。


「人間はこの木みたいに長くは生きられないんだ。木にも、石にも、星にも届かない……短い命だ」


 すべてを解き明かすには短すぎる。何もかもを知り尽くすには永劫の時が要る。


「だから僕は──」


 手を一番星へと差し伸べた。


「──永遠がほしい」


 たとえ人の身には過ぎた願いだと知っていても。


 ふと何かが近づいてくる音が聞こえた。がさがさと葉が揺れている。オロたちを襲おうとする獣なら忍ぶだろう。けれど、今の音はもっと無造作で無遠慮だ。


「だ、誰だ!」


 クライノートを背に庇い、オロは暗闇に向かって声を張り上げた。松明の火がやってくる。金属の擦れる音がする。人の嗤う声がする。


「アンタがオロさまかぁ?」


 斧を持った男が下卑た嗤いを唇に乗せていた。彼の後ろから似たように武装した男たちが四人姿を現す。街からずっとオロたちをつけていたのだろう。


「……うん、僕が、オロだ。僕に何の、用かな?」


 からからの喉からどうにか声を絞り出した。


「アンタ、金や銀、宝石が出せるんだろ? ひとつ見せてくれねえか?」


 鞄を漁らせてもらえるような自由はなさそうだ。オロは心の中で謝って、木の表皮をそっと剥ぎ取った。


「変転せよ」


 言葉ひとつで樹皮が琥珀に変化する。透き通った飴色の石が松明の光に照らされて柔らかく光っていた。


 男たちはオロの手から琥珀を乱暴に奪っていく。手のひらから消えた重みがほんの少しだけ寂しい。木から貰ったものなのに、彼らは気にもしないのだろう。


「確かにこりゃあ琥珀だ。アンタ、〝本物〟なんだな」


 錬金術師を名乗る者の中には錬成ができないのに、錬成と偽り詐欺を働く者もいると聞く。そうでなくとも普通の錬金術師は時間をかけて錬成する物質と材料の組成を調べ、錬成陣を書いて錬成を行う。言葉ひとつだけで錬成を行うことのできる〝本物〟はほとんどいない。


「用が済んだのなら、これで帰ってほしい、な」


 恐る恐る言うと、男たちは大きな声で笑い始めた。後ろでクライノートが驚いて肩を震わせる。


「いーや、用は終わってねえ。怪我したくなかったら、大人しくしろ。そこの羽のついたガキもだ。傷ついたら値が下がるからな」


 斧と剣が松明の明かりで鈍く輝いている。炎が揺れるたびギラギラと光って、まるで舌なめずりをしているみたいだ。男たちは武器を持ってオロたちへ近づいてくる。それでようやくオロは彼らがオロとクライノートを攫いにきたのだと理解した。一粒の宝石がほしいだけでなくて、際限なく宝石がほしいのだ。金のガチョウとしてのオロがほしいのだ。そして、うつくしいというだけでクライノートまで。


 オロの頭が冷えていく。人への恐怖は消えていく。だって、そこにいるのは五つの有機物の塊だ。


「クライノート、目を塞いでいて」


「承諾」


 両手で目を覆ったクライノートにそっと微笑みかけてから、男たちに向き直る。


かえれ」


 冷たい言葉がオロの喉を震わせた。


 人の形が崩れ去り、青白い炎が宙を漂う。抵抗の余地も与えない無慈悲な死の宣告だった。燐光が消えた後には金属でできたものだけが地面に落ちている。


「朽ちろ」


 重ねて口にした。鉄が急速に錆びていく。ぼろぼろになって土と見分けがつかなくなる。剣も斧も形すら残らずに朽ちていった。


「もう目を開けていいよ。全部片づけたから」


 オロはクライノートの手に触れて囁いた。クライノートの白くて長い睫毛まつげが震えて、金剛石の瞳がオロを見つめる。


「怖い、人、いない?」


「うん、もういないよ」


 クライノートはオロの背中に両腕を回した。


「オロ、強い」


「クライノートがいるからだよ」


 そう言ってオロはクライノートを抱きしめ返した。

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