第二話、結衣の一日

 ガヤガヤと騒がしい教室に戻った結衣ゆいの脳内には、先ほどの聡美さとみの表情がこびりついていた。まゆは席につくと、聡美のことを考えているのかどこか上の空な表情に見えた。


「聡美と電話するとき私も一緒にいたい」

まゆの手を握りながら、まゆの隣の席に座る。

まゆは少し苦笑いをし、

「ダメだよ。それにいつかかってくるか分かんないし……きっと大切な話なんだよ。結衣だって他の人に話しづらい事あるでしょ?」


まゆにとがめられながらも、指先に力が入る。

「……聡美、何の話かな」


「……多分進路のことじゃないかな」

まゆは伏せ目がちに答えた。


チャイムが鳴り、結衣はまゆの手を離し自分の席へしぶしぶ移動した。教室に入ってきた先生のダミ声をBGMに授業が始まり、そのうち視界がぼんやりとする。だんだんと耳に膜が張ったような感覚になり、ゆっくりと狭まる私の視界の最後にまゆを入れ、目を閉じる。まゆ……。



……高1の春。期待と不安に胸が踊る中、同じクラスでたまたま席が隣だったまゆに話しかけた。まゆはとても優しい声で応えてくれた。


「まゆその髪型かわいいね!」

「まゆトイレ行こ!」「ねぇ~まゆも一緒にやろ!」

それから毎日話していく内に、まゆのことを独り占めしたくなった。まゆは私が話すと、いつも優しく微笑んでそばにいてくれた。私はジャイアンばりに主張した。


まゆのものは私のもの。まゆは私のもの。


まゆが毎日聡美と昼食を食べる約束をしていると知ったのは、入学して2週間が経ったころだ。

私も一緒に食べていたが特進クラスの聡美が毎日会いにくるので、いてもたってもいられずまゆを問いただした。

どうやら幼馴染みらしいが、そんなのに負けるわけにはいかない。まゆは私のものだもん。


「ねぇ、まゆー。そのパン一口ちょうだい?」


まゆはいいよと食べかけのパンを差し出してきた。私は胸が高鳴りながら唇をそっとつけ、食べかけのパンを口に含む。

まゆの……。


「……美味しい」

私は頬に熱を感じながらまゆを上目遣いに見つめた。純粋なまゆはそんな私の気持ちも知らず、あっけらかんと答える。

「でしょ~?最近ハマッてんだよねー。これコンビニに売ってるよ!」


かわいい……好き。大好き。

私はまゆが好き。


頬を染める私を聡美はじっと見つめてきた。

聡美の表情からは何も読み取れないが、きっと羨ましいに違いない。まゆは私のものだと自覚してほしいものだ。


あの日のことは、私の脳みそがガッチリと記憶している。まゆとの大切な思い出。今思い出しても胸の奥が熱くキュっとする。


それから毎日私はまゆに一口ちょうだいとねだった。最近はなぜか食べかけをくれなくなったが、きっとまゆも照れているんだ。ふふ……かわいい。


ふふふ……。



「……衣っ……結衣!」

「……ふぇあっ」まゆに揺すられ肩が大きく跳ね、私は微睡まどろみから引きずり出された。


口の端から唾液が垂れ、それを手で拭う。

「あえ……やば…寝ちゃったぁ」


「もぅ~爆睡してたからビックリしたよぉ。どうしたの、寝不足?」

まだ少し頭がぼんやりとする中、クスクスと微笑むまゆが目の前にいる。私の机に細い腕を重ね、小首をかしげている。

……かわいい、キスしたい。


「ん~……寝不足かもぉ。まゆがちゅーしてくれたら目覚めるかもぉ」

まゆの手を握りながら冗談ぽさを出しつつ甘えていると、まゆはゆっくりと立ち上がり私の荷物を机に置いた。


「もぉ~冗談ばっか言ってないで、帰るよ」

ほら、とせかされ私は少し唇を尖らせたが、そのやり取りすらも私の心を溶かす蜜のようだった。


まゆの手を握りながら帰る帰り道。聡美の電話が頭をよぎった。

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彼女の描く境界線 山田 @yamada-yamada-

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