彼女の描く境界線

山田

第一話、まゆの一日

 私の腹部に腕を回し結衣ゆいは呟く。


「かわいい、好き。」


この学校に通うようになって3年目、結衣の甘い言葉が毎日私の耳をくすぐる。屋上のコンクリートの床は、お日様のおかげでポカポカとしている。背中に結衣の体温を感じながら、私は気にもとめないままサンドイッチを頬張る。


「はいはい」


空気のように言葉を吐く私の首根っこに、結衣はひたいをぐりぐりと押しつけてくる。

「ん~……サンドイッチ美味しい?私にもちょうだい?」


結衣は私の肩に顎を乗せ、覗き込むように口元を見つめてきた。

結衣の目当ては私の食べかけを食べる事だと気づいたのは最近だ。しかし私は気づかないふりをする。友情を守るために。

「やだ。結衣さっきお弁当食べてたじゃない。食べたいなら買ってきたらいいじゃん」

いつもの会話、そう思っていた。


「……ちょうだい!」


その日の結衣はなぜか引かなかった。結衣の視線がいつもよりねっとりと絡みつく。私の心臓がほんの少し跳ねたが、気づかれないように言葉をつづける。


「はぁ……もぅ、仕方ないなぁ」

ほら、と新しい方のサンドイッチを、自分の肩付近に持っていき結衣に差し出す。


「んー!そっちじゃなくてぇ!」


結衣は普段より子供のような声色を出す。唇を尖らせながら私の歯形つきのサンドイッチを見つめ、何かを言いかけた。




「まーたイチャついてる」

聡美さとみ揶揄からかうような声に反応したのか、私のお腹に回していた結衣の腕がピクリと動く。

親友はスカートを風になびかせながら、私に微笑みかけた。


「遅ーい!何してたの?」

私は口角を上げながら聡美を迎える。聡美は進路のことで先生に呼び出されたと、少し伏せ目がちに答えた。


彼女は私の隣に座り、お弁当を広げる。結衣はそれをじっとりと見つめ、私の太ももを撫でるように、指先で私のスカートに触れる。


「結衣はいつもまゆにくっついてるね」

眉を八の字にしながら、聡美は結衣に微笑みかける。結衣は頬を染め相変わらず口を尖らせていた。



「……結衣サンドイッチどうすんの?食べないなら私食べるよ?」「んー、食べる」

私の歯形のないサンドイッチを受け取り、結衣は口に含んだ。私は結衣の視線を感じながら、食べかけのサンドイッチを一気に頬張った。



「結衣は進路決まったの?」

聡美はタコさんウインナーを口に含みながら問いかける。私は結衣の答えを聞く前に当てる自信があったが、何故か勝ち誇ったような表情の結衣を、口を閉じてチラリと見る。


「まゆと同じとこ!」


やっぱり……。

ふふんっと鼻を鳴らしながら、結衣は満足げに答える。私は、頑張らないとねと結衣に伝え、サンドイッチのゴミを袋に詰める。


「そっか、私と同じだね」

「え?」

私は思わず手を止め、気持ちよりも先に声が漏れた。私の目指す大学は、以前聞いていた聡美の進路よりもレベルはだいぶ低い。それで先生に呼び出されたのかと少し心配になった。


結衣も同じような表情を一瞬したが、間髪かんはつを入れず聡美を問いただした。

「なんで?だって聡美めちゃくちゃ頭良いのに。もしかしてまゆがいるから?」

結衣はじとっと聡美を見つめる。


「うん、そうだよ。私やっぱりまゆと離れたくないもん」


結衣の指先がピクリと動く。


「何それ、どういう意味?」

「結衣、聡美は先生と話してこれから決めるんだから……それにまだ決定じゃないんでしょ?」

私は結衣の言葉をさえぎり、聡美の顔を覗く。聡美のサラサラの前髪が揺れ、はかなげな雰囲気が増す。

「……どうかな」


俯きがちに微笑む彼女とは対照的に、結衣は私の腰にしがみつくようにギュッと力を入れた。結衣の体温が上がり、背中にじんわり汗を感じた。



湿った空気を裂くように予鈴が鳴る。


食べかけのお弁当をそそくさとしまいながら、聡美は呟いた。

「まゆ、今日の夜電話していい?」


ドキッ


聡美は普段、重要なこと以外で電話をしないタイプだ。今まで電話をしたのは、修学旅行で迷子になった時と、高校入試の前日に励まし合った時だけだ。

私と聡美は小学校からの同級生で、共に受験を乗り越えた戦友だ。この高校に入るために、朝から晩まで塾に缶詰めだったあの日の記憶は、きっと走馬燈にも出てくるだろう。

電話もきっと進路のことだ。でも何て言えば……


「いいよ、大丈夫」


私は普段通り返事をしながら、結衣と共に立ち上がる。

結衣は私の腰から離れ、いつものように手を握ってきた。結衣の視線を浴びながら教室へ向かった。

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