#3 路地裏

 またある夜。

 その日も、いつものように。月明かりだけが見下ろす通りで、双子はある貴族の屋敷を荒らしていた──はずだった。


 けれど今夜は、何かが違った。


 衛兵の巡回がいつもより早く、想定よりも数が多かった。屋敷からの撤退の最中、包囲を抜ける一瞬の隙で、ウォルスの脚に刃が食い込んだ。


 今、ふたりは市井しせいの路地裏。

 冷たい石畳の上。積まれた木箱やゴミの陰に、荒い息だけが潜んでいる。

 通りには、まだ衛兵たちの足音が響いていた。


「こっちへ回れ!」「抜けたはずだ、探せ!」


 松明の赤い光が、路地の入口を照らしては通り過ぎていく。アルリは息を殺し、ウォルスの口元に指を当てた。ウォルスも、歯を食いしばって声を呑み込む。


 やがて、足音が遠ざかる。

 静寂と、遅れてやってくる痛みだけが残った。


「っ……すまねぇ、アル。しくじった」


 かすれた声。普段なら笑い飛ばすその言葉が、今はやけに重い。


「いいから、動かないで。傷はそこまで深くないから」


 そう言いながら、アルリは自分の声が少し震えていることに気付く。

 ウォルスの脚には、さっき通りで拾った汚れた布が巻かれていた。そこに、じわじわと血が滲んで広がっていく。

 確かに致命傷ではない。だが、このまま放置すれば危うい。夜が明ける頃には、毒のように痛みも熱も増していくだろう。


(……急がないと)


 アルリは顔を上げ、細い路地を見渡した。

 崩れかけた壁。雑に板を打ち付けただけの扉。洗濯物の隙間から覗く古びた窓──。

 その中のひとつ、反対側の路地に面した家の窓が、わずかに開いているのが見えた。


「あそこに入ろう。奴らも、民家になら簡単には入れない」


「……ちっ、仕方ねぇな」


 痛みに顔を歪めながらも、ウォルスは軽口を忘れない。けれど、その身体の重さは、いつもよりはるかにアルリの肩に掛かっていた。

 アルリは彼の腕を自分の肩に回し、そのままゆっくりと歩き出す。靴音が響かないよう、石畳をなぞるように、一歩ずつ。


 窓の下まで辿り着いたとき、ふたりは一度だけ顔を見合わせた。中は暗く、気配もない。


「……居ねぇか、寝てるかだな」


「悪いけど……少しお邪魔するわね」


 小さく呟き、音を立てないように窓枠に指を掛ける。ぎ、とわずかに軋んだ音に身を固くしながら、そっと隙間を広げていく。


 冷たい夜気と一緒に、人の気配のない静けさが流れ込んできた。

 ふたりは息を合わせて、闇の中へと身を滑り込ませる。


 屋内には、灯りひとつなかった。

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