第二怪

 その日の夜、タカシは自室のベッドで毛布を頭からかぶり、止まらない震えを必死に抑えていた。

 窓の外は分厚い雲が月明かりを遮り、粘りつくような暗闇が広がっている。



(あれは……何だったの?)


 あの時、悲鳴を耳にしたケンタとユウジは慌ててタカシのもとへ駆け寄ると同時に彼の手の拘束は解けた。


 しかし……恐怖は終わっていない。パジャマの袖をめくると小さな肩には、あの異様な感触だった指の後がまるで焼き印のように赤黒く浮かび上がっている。

 触れるとそこだけがドクドクと不気味な脈動を感じたその直後、喉を焼き尽くすほどの異常な渇きがタカシを襲う。


 タカシは耐えきれず台所へ水を飲みに行くために廊下へと出た。真っ暗な廊下はなぜかいつもより長く、どこか別の場所へと導かれていくような感覚だった。


 そして背後で音がする。

 ———ザリッ、ザリザリッ。


 静寂を切り裂く乾いた音。家の中にあるはずのない砂を踏みしめる音。


「ひいぃぃぃっ!!!」


 恐怖で喉が締まり叫びたいのに声にならない悲鳴。


 すると足元の影が生き物のように一気に膨れ上がり、視界は即座に真っ暗な泥に包まれ再び叫び声をあげる隙すら与えられず、どんどん身体が沈んでいく。足掻くほどに深く引きずり込まれ動きを封じる砂の重みと圧力を感じた。


 気がつくと……タカシは灰色の空の下にいた。辺りを見渡すと、崩れ落ちた石塔や半分埋もれた朱塗しゅぬりの柱、そして文字も読めないほどに色あせた位牌いはいが砂の中に点在している。


 ―――ここは土砂災害で飲み込まれた古寺の成れの果。


「……ここから出なきゃ!誰か、誰か助けて!!!」


 絶望に震えるタカシの目の前に唯一の救いのような一点の光が差す小さな穴が空いていた。彼はわらにもすがる思いで、その穴をのぞき込む。


 穴の向こう側には鏡合わせのように公園の様子が映し出されていた。眩しい太陽の下、あの砂場でケンタとユウジが笑っている。そしてその真ん中には“僕”がいた。


(僕……がなんでいるの?嘘だ……。僕はここにいるのに!!)


 向こう側にいるもう一人のタカシは、彼の肩にあったものと同じ赤黒いアザをまるで宝物でも確かめるように細長い指でゆっくり撫でまわしている。


「ねえ、タカシ。なんでさっきからトンネルの中に手を突っ込んでるの?」


 向こう側でユウジが不思議そうに尋ねる。偽物のタカシは三日月のように口を歪め、聞いたことのない低い声でささやいた。


「へへへっ、ちょっとね。小さなむくろを埋めようとしてるんだよ」


 偽物のタカシがトンネルの奥へと向かってゆっくりと手を伸ばす。その不自然に節くれだった白い指が、トンネルの奥にいるタカシの喉元を逃げ場のない速さでつかみ上げた。


「交代だよ。そこは暗くて……とても寂しいんだ」


「待って!ここから出してよ!!ケンターーー!!ユウジーーー!!」


 タカシの叫び声は砂に吸い込まれ、誰の耳にも届かない。偽物のタカシがたのしそうに力を込めると、砂山はあっという間に崩落した。


「ごふっ……っ……」


 口の中に生臭いそして線香の香りがする砂がなだれ込む。鼻を耳を目を冷たい砂が容赦なく埋め尽くしていく……肺の中が砂で重たく満たされ意識が薄れていくその間際まぎわ、タカシが見た最後の光景は———。


 僕の居場所を奪った何かが、こちらを向いて静かに人差し指を口に当てる姿だった。


 翌日、公園の砂場には昨日よりもさらに大きくいびつな山がそびえ立っていた。


「タカシ、今日の砂山すげーな!ひとりで作ったのか?それにトンネル一発で繋がったしな」


「そうだね。ケンタの指の感触すぐにわかったよ」


 少年たちは笑いながら、泥だらけの手でハイタッチを交わす。タカシの爪の間には真っ暗な土とお経が書かれた古い紙の破片が深くこびりついていた。


「……あれ?」

 ふとケンタが動きを止め、崩れた砂山に耳を寄せる。


「なんか、この砂場の下から……声が聞こえないか?」


 タカシと呼ばれている者は、感情のない瞳で砂山を強く踏みつけると、鈴が鳴るような透き通った声で答えた。


「気のせいだよ。ここは昔からよく音が響く場所だと、おばあちゃんが言ってたよ」

 タカシの姿をした亡者もうじゃが不気味な笑みを浮かべる。


 その後も亡者もうじゃたちに選ばれた子供たちが砂山の下の逃げ場のない闇底で、誰にも聞こえない悲鳴を上げながら冷たい砂の中、もがき続けた後———いつしか声は途絶え禍々しい静寂となり溶けていくのだった。




 それから十数年の月日が流れ、かつての『ひばり公園』は老朽化と再開発に伴い、その役割を終えようとしていた。


 重機が入りあの大きな砂場が掘り返されると、地元住民を震撼させるニュースが日本中を駆け巡る。


「公園の大きな砂場から複数の白骨化した遺体が発見されました。いずれも十数年前に行方不明となっていた児童の特徴と一致したということです。しかし身元不明な遺体もあり引き続き捜査される模様です」


 工事現場の作業員が語るには、不自然に折り重なり、何かから逃れようとするように指先を上に向けた数十体の小さな骨や年数が違う成人や子供らしき骨などが埋まっていたという。


 それはこの公園が『すり鉢』と呼ばれていた真の理由を物語っていた。砂場の底は古寺が飲み込まれ、幼い子供を含んだ数十人の犠牲者を出したあの日から、生贄いけにえを喰らい続ける底なしの胃袋のようだった。



 夕暮の街角。家電量販店の店内に並んだテレビの前で、そのニュースを食い入るように見つめている三人の青年たちがいた。


「大変なことになっているね、ケンタ」


「そうだな、見つかっちゃったかな?タカシ」


「まぁ……分かりっこないって」


「相変わらず呑気だな……ユウジは」


 かつての少年たちは、今や立派な青年の姿をしていた。しかしその立ち姿はどこか不自然に硬く、影は西日に長く伸びながら地面にひび割れたような不気味な形を落としている。


「僕たちのこと……分かっちゃうかな?」


 一人が鈴の鳴るような透き通った声で呟くと、後の二人は首をかしげながら笑う。


 その瞳には若者の意気揚々とした光はなく、磨き上げられたガラス玉のような空虚くうきょさが照明の光を受けキラリと光る。


「あんなに深く埋めたのに、人間ってのは余計なことをするのが好きだなぁ」


 もう一人がそう答えると、三人は顔を見合わせ同時になめらかな動きで口角を上げた。彼らの爪の間には今でも落ちない黒い土が皮膚の一部のように深くこびりついている。


 テレビの大画面には遺族が泣き崩れる姿と声が流れていた。しかし彼らはそれを心地よい子守唄でも聴くかのように、満足げな笑みを浮かべて見つめている。


 彼らにとっては砂の下の骨は、ただの脱ぎ捨てた殻にすぎない。本物のタカシたちが冷たい闇の中で砂や泥に埋もれていた十数年間、彼らはその温かい家庭や多くの友人たちに囲まれながら、人生を余すことなく味わいつくしてきたのだ。


「さあ、行こうか」

 三人の男たちは音もなく歩き出す。


 次に彼らが向かうのは新しくオープンする南国のリゾート地。広々とした敷地内に広大な砂浜があると聞きつけたのだ。


「もうこの身体も古くなってきたし……新しいのに乗り換えようか?」


「そうだね。リゾート地だからたくさんの人間が集まってくるはず」


「楽しみだね。ぴちぴちとした柔らかい肌……そしてまた新しい人生に入れ替われるなんて最高!」



 そこには、また新しい“獲物”が無邪気な声を上げて待っているはず———。


 楽しみだね…………。



         ✙ 完 ✙  

              

 

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危険な砂遊び~The Changeling in the Sand~ あさき いろは @iroha-24

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