危険な砂遊び~The Changeling in the Sand~
あさき いろは
第一怪
タカシは小学校三年生。今日も学校が終わるとノンストップで家に帰る。
ランドセルを放り投げ、着替えながら机の上に置いてあるアンパンを口いっぱいに頬張り牛乳で流し込む。
「行ってきま~す」
「日が暮れるまでには帰っておいでよ」
二階のベランダから母ちゃんの声が響く。
「へーい」
玄関を出ると納戸から自転車を引っ張り出し急いで公園へ向かう。そこにはいつものメンバーであるケンタとユウジが先に着いていてブランコを独占して遊んでいた。
夕暮の『ひばり公園』は西日からあふれ出した
ここは昔から住む地元住民の間では『すり鉢公園』と呼ばれている。大雨が降るたびに地盤が緩み何度も土砂で埋まっていた。かつて山の上にあった古寺が豪雨災害により本堂ごと土砂に飲み込まれ、犠牲者も出たという古い噂がある場所だった。
しかし数年前から新興住宅が立ち並び、そのことを知る人も少なくなっていた。
「ねぇ、今日は昨日より巨大な砂山にトンネルをほろうぜ!」
ケンタが鼻の頭に泥をつけたまま鼻息荒く宣言した。タカシとユウジは「おう!」と元気よく応える。
しかし、タカシたちは昨日まではこの公園に漂う湿った空気に気づくことはなかったが、今日はなぜか微妙に不気味な空気を感じていた。
「うわっ、この砂……なんか変な臭いしない?」
ユウジは急に手を止め、鼻をひくつかせながら顔をしかめている。そう言われてみれば掘り起こした砂の隙間からねっとりと湿り気を帯びた黒い土の鼻につく臭いをタカシも感じていた。
「お寺の匂いみたいだよな。線香っぽい匂いと木が腐ったような臭いもするんだけど。おばあちゃんから聞いたことあってさ、昔ここの近くにお寺があったみたいだよ。でも豪雨災害でそのお寺と裏にあった墓地が丸ごと埋まったって言ってたような気がする」
タカシが何気なく返すと、ケンタは「うわ、マジかよ!」と大げさに肩をすくめて見せた。
「幽霊でるのかな!?お供えのお団子埋まってたりして」
「それかさぁ、坊さんの頭とか埋まってないよな?」
三人は顔を見合わせてゲラゲラと声を上げて笑う。学校からの開放感とこの時代に幽霊なんてなぁ~いう気持ちからか、恐怖なんて一ミリも感じていない様子だった。
タカシ、ユウジ、ケンタは競争するように、夢中で砂をかき出した。爪の間に黒い土が入り込み指先の感覚が麻痺していく。しかし掘り進めるにつれて砂の性質が明らかに変わっていくのがわかった。
表面のさらさらした感覚は消え、奥に眠る砂は粘り気と刺すような冷気を放っている。それはまるで
「なんか……冷たくて気持ちいいな」
ユウジがうっとりした声で呟くと、その顔は西日の逆光で真っ黒に潰れ、表情が読み取れなくなっていた。
「よし、山は完成だ!僕とケンタで両側から掘るから、ユウジは上が崩れないように見ていてくれる?」
「わかった、総監督にまかせろって!」
タカシは反対側へ回り込むケンタの足音を聞きながら湿った砂に腕を突き入れた。砂の奥は外の暑さが嘘のようにひんやりと感じ、指先を動かすたびにザリ……ザリ……と砂が骨を削るような音を立てる。
「ケンタぁ、もうすぐつながりそう?」
「……うん……あと、ちょっとかな」
ケンタの低く
(あっ、ケンタの指かな……でもなんかおでんのこんにゃくみたいにくにゃくにゃして、生温かいんだけど……)
砂はあんなに冷たいのに、タカシの指先にあたるものが異常に熱い。僕はケンタを脅かそうとして、その指をぐいっと引っ張ってみた。
すると相手も負けないようにと、タカシの指をぎゅっと握り返してくる。
ただ、その握り方が少し変な気がした。指が1本多いような……そして関節がないような、何とも言えない嫌な感触だった。
「あはは!痛いってケンタ、力強すぎ!でもやったな、トンネル貫通したぞ!」
指先に伝わる熱と、自分を引っ張る強い力。変だと思いつつも貫通した喜びが全身を駆け抜け、タカシは砂山の向こう側にいるはずのケンタに声をかけようと這いつくばった姿勢のまま、ひょいと顔を突き出した。
だが、視線の先にケンタの姿はなかった。
少し暗くなり始めた公園。視界の端、数メートル後ろにあるブランコにケンタとユウジは乗っていた。
「……え?」
タカシは喉の奥で乾いた音を鳴らす。心臓の音が耳元で
「おーい、タカシ!何やってんの?さっきから一人で砂山を抱え込んで」
ブランコから飛び降りたケンタは不思議そうにしながら、その両手はズボンのポケットに突っ込まれている。
(じゃあ……いま、穴の中で僕の指を骨がきしむほど力任せに握りしめている“この手”は……誰?)
声にならない悲鳴がタカシの口から漏れる。反射的に腕を引き抜こうとしたが、それは叶わなかった。指に絡みついた何かは、彼の意思を
ズルッ。ジャリ……ジャリ。
砂を噛む嫌な音がして肘のあたりまで穴の中に引きずり込まれていく。
何かがタカシの体を砂山の中へ、そして地面の底へと手招きしているかのように。
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