第2話 ビジネスパートナー
2章 ビジネスパートナー
Nとのつきあいはまだ続いている。
その日は珍しく四時間目の授業まで出てから家に帰る途中だった。駅前のパチンコ店にふらりと立ち寄り、何も考えずに玉を弾いていた。バイトは休みで、財布の中の小銭もほとんど底をついていた。
もう帰るしかないと思った、そのときだった。
「そこは出ないよ」
背後から声をかけられた。振り向くとNが立っていた。
「ここなら、まだましかな……やってみ」
そう言って、Nは自分の持っていたパチンコ玉の箱を、じゃらじゃらと惜しげもなく流してくれた。私の顔を一度だけ見て、軽く笑うと、そのままどこかへ行ってしまった。
半信半疑で打ち始めると、不思議なほど玉が出た。三十分ほどで箱がいっぱいになり、換金すると二千円になった。大金ではないが、その日の自分には十分だった。
Nに礼を言おうと店内を見回したが、もう姿はなかった。
「……共犯者、か」
その言葉が、頭から離れなかった。
不正をしているという自責の念は消えない。それでも、Nとは友達でいたいと思っている自分がいる。
だが、どうしても腑に落ちないことがあった。
なぜNは、あの「完全犯罪のからくり」を私に話したのか。私以外にも話しているのだろうか。いや、そんな危険なことをする必要はない。私にすべてを告白した理由が、どうしても分からなかった。
定期的に会う約束をしているわけではない。たまたまパチンコ店で会うか、月に一度ほど彼の部屋を訪ねる程度の関係だ。成績が良いわけでも、人脈があるわけでもない。彼にとって、私が特別な存在だとは思えなかった。
それなのに、なぜ「共犯者」なのか。
そんなことを考えていたある日、気まぐれで退屈な講義に出席していると、少し遅れてNが教室に入ってきた。何食わぬ顔で、私の隣に座る。
「よう、久しぶりだな」
久しぶり、という言葉自体が、互いにどれだけ授業をさぼっているかを物語っていた。
「今日、うちに来ないか?」
「いいよ。バイトないし」
二つ返事で答えると、Nはそれだけを言い残して、また教室を出ていった。誘うためだけに来たのだろう。
午後の授業を切り上げ、駅前で時間を潰し、夕方近くになって牛丼の大盛りを二つ買ってNの部屋へ向かった。
「いつも悪いな」
二人で牛丼を食べていると、Nが突然言った。
「パチンコ、出たかい?」
「いや……千円すった」
Nは、じっと私を見つめて意味ありげに笑った。
「なんで俺がパチンコ屋にいたって知っているの?」
「知っていたわけじゃない。君の一日の行動を予想しただけだ」
Nは淡々と続ける。
「最近の君の行動を観察していた。どの授業に出るか、どれをさぼるか。バイトの有無。パチンコに行く頻度。すると傾向が見えてくる。バイトがない日は、授業に出て、それからパチンコ。うちに誘えば来る。そして牛丼は必ず大盛りだ」
私は言葉を失った。
「俺を……観察してたのか?」
「悪い悪い、怒るな」
「怒ってない」
Nはさらに続けた。
「それともう一つ。当ててやろう。君は俺に聞きたいことがある」
完全に見透かされていた。
「食券の件だろ? なぜ君に全部話したのか」
図星だった。
Nはセブンスターに火をつけ、ゆっくり煙を吐いた。
「一本いるか?」
「……もらう」
初めて吸うタバコだった。なぜか手が震え、すぐにむせてしまった。
それを見て、Nは笑った。
「君のそういうところが、共犯者にふさわしい」
「え?」
「分からなくても、とりあえず一緒にやってみようとする。疑いながらも、拒絶しない」
妙な沈黙が流れる。
「安心しろ。あの件は、君にしか話していない。食券をさばいた連中は、仕組みを何も知らない。ただ安く食券を使っただけだ。」
Nは静かに言った。
「全部を知っているのは、君だけだ」
私は息をのんだ。
「でも、もうあれはやらない。儲からないし、限界も見えた。次に同じことをやれば、必ずばれる。」
「じゃあ、次は?」
「まだ言えない」
Nは少し間を置いて言った。
「ただ一つ言えるのは、今の俺にとって君が一番大事な友達だってことだ。次にやることの……ビジネスパートナーとしてな。」
初めて「共犯者」ではなく、そのビジネスパートナーという言葉を使った。
「でも、俺は君のパートナーにはふさわしくない。」
そう言うと、Nは笑った。
「君には、俺にないものがある。敵がいないことだ。みんなに好かれる。疑われない」
「買いかぶりすぎだ」
「そう言うところだよ」
二人で笑った。
「何をするかは、もう少し待ってくれ。違法なことじゃない。会社を作るだけだ」
「本当だな?」
「ああ。だから君はもう共犯者じゃない」
Nはそう言って、静かに言った。
「君は僕の協力者だ。」
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