第11話 一つだけ、先に縛る

指揮所は、静かだった。


騒ぎは外に追いやられ、

ここには低い電子音と、紙をめくる音だけが残っている。


俺は、椅子に座っていた。


誰にも止められていない。

誰にも促されてもいない。


ただ、

決める時間を与えられている。


スキル画面を開く。


【スキル編集】

【制約を追加しますか?】


指が、止まる。


第9話で書き出した制約案が、

順番に頭をよぎる。


全部を一度にやる必要はない。

むしろ、

一度にやるべきじゃない。


これは、調整じゃない。

自分をどう扱うかの宣言だ。


最初に縛るべきなのは、

どれか。


悪運か。

天運か。

それとも、幸運か。


悪運は、最後の保険だ。

これを縛ると、

ただの即死率が上がる。


天運は、切り札だ。

今縛っても、

使う場面がまだ来ていない。


――なら。


幸運だ。


一番、

今の歪みを生んでいる。


俺が生き残る分、

周囲が削れる。


無意識で。

自動で。

逃げ場なく。


画面を操作する。


【幸運:編集】


説明文が表示される。


常時発動。

使用者周辺で、確率的に有利な事象が起こりやすくなる。


短い。

あまりにも簡潔だ。


制約項目を開く。


候補が、並ぶ。


・発動条件

・対象制限

・効果配分

・反動設定


俺は、

対象制限を選んだ。


指が止まる。


これを選ぶと、

戻れない。


深く息を吸う。


幼馴染の怪我。

回復能力者の限界。

条件付き回復の代償。


全部、

ここにつながっている。


入力。


【制約内容】

幸運の効果対象を「使用者本人を除く全員」に限定する


確認画面が出る。


【警告】

この制約は、使用者の生存率を大きく低下させます。

本当に実行しますか?


当たり前だ。


それが目的だ。


【制約の重さ:大】

【還元スキルポイント:+18】


数字が、

一気に跳ね上がる。


【スキルポイント:120】


それを見て、

俺は少しだけ目を伏せた。


ポイントが欲しかったわけじゃない。

でも、

重さが数値化されたことで、

選択が現実になった。


実行。


画面が、

一瞬だけ暗転する。


次に表示されたのは、

更新された説明文だった。


幸運:

使用者本人を除く対象にのみ、確率補正を付与する。


たった一行。


それだけで、

世界の歪み方が変わる。


俺は、

椅子に深く座り直した。


身体に変化はない。

痛みもない。

視界も変わらない。


だが、

確信があった。


次に瓦礫が落ちたら、

避けられない。


次に銃弾が飛んだら、

当たるかもしれない。


次に事故が起きたら、

俺が引く。


その代わり。


俺の近くにいる誰かは、

今までより助かる。


「……これでいい」


誰に向けた言葉でもない。


指揮所の外で、

誰かが走る音がした。


通信。


「前線、安定!」


「回復班、作業再開!」


俺は、

ゆっくり立ち上がる。


足取りは、

まだしっかりしている。


これで、

終わりじゃない。


まだ、

悪運も天運も残っている。


でも。


最初の一歩は、

確かに踏み出した。


誰かが削られる前提の戦場で、

削られる役を、

俺は引き受けた。


それだけだ。


それだけで、

十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る