第12話 それは、合理的じゃない
最初に殴られたのは、言葉だった。
「――ふざけるな」
低く、押し殺した声。
振り向いた瞬間、
俺はそれを理解した。
これは説得じゃない。
止めに来ている。
幼馴染は、立っていた。
点滴を外したまま。
包帯も、固定具も、そのまま。
立っていること自体が、
医療的にはアウトだ。
「……戻れ」
俺が言う。
「今のお前は――」
「黙れ」
一言で切られた。
「見たぞ」
幼馴染が言う。
「スキルログ」
拳が、震えている。
「幸運の対象、
自分を除外したな」
俺は、
否定しなかった。
否定できない。
「……なあ」
幼馴染は、
一歩、近づく。
「お前、
俺が何のために前に出てると思ってる」
答えは、分かっている。
だから、
言えなかった。
「俺はな」
声が、
次第に荒くなる。
「殴れるから殴ってるんじゃねえ」
「強いから前にいるんじゃねえ」
幼馴染は、
自分の胸を叩く。
「役割だからだ」
「削れる役が必要で、
俺が一番向いてる」
「それだけだ」
「なのに」
拳が、
強く握られる。
「なんでお前が、
そっちに来る」
空気が、
張りつめる。
周囲の人間が、
距離を取る。
これは、
触っちゃいけないやつだ。
「お前はな」
幼馴染が、
一気に吐き出す。
「後ろにいろ」
「生きてろ」
「考えろ」
「それができるから、
お前はそこにいるんだろうが!」
俺は、
ゆっくり息を吸った。
感情で返したら、
終わる。
「……それで」
静かに言う。
「何人削れた」
一瞬。
幼馴染の動きが、止まった。
「俺が後ろにいて、
お前が前に出て」
「何人、
削れた」
「……関係ねえ」
絞り出すような声。
「関係ある」
俺は、
一歩前に出る。
「俺の幸運の近くで、
お前が削れた」
「俺が生きてる分、
誰かが壊れた」
「だから縛った」
「次は、
俺が壊れる番だ」
「違う!」
幼馴染が、
叫んだ。
今度は、
はっきりと。
「それは、
順番じゃねえ!」
拳が、
俺の胸倉を掴む。
力は、
まだ残っている。
「壊れる役を、
奪うな!」
「俺が選んだんだ!」
その言葉が、
一番重かった。
「お前が壊れるのはな」
幼馴染の声が、
震え始める。
「全体にとって、
損なんだよ」
「分かるか?」
「お前は、
お前が思ってるより――」
言葉が、
詰まる。
「……重要なんだ」
それは、
感情論じゃない。
冷静な判断だった。
「お前が死んだら」
「運の歪みは消えるかもしれねえ」
「でもな」
「取り返しがつかねえ」
「誰も、
代わりができねえ」
俺は、
胸倉を掴まれたまま、
幼馴染を見た。
「……それでも」
ゆっくり、
言葉を選ぶ。
「今は、
足りない」
「回復が足りない」
「時間が足りない」
「余裕が足りない」
「足りないものを、
今すぐ埋める方法は」
一拍。
「俺が削れることだ」
拳が、
緩んだ。
幼馴染は、
歯を食いしばる。
「……合理的だな」
吐き捨てるように言う。
「くそったれ」
「それが一番ムカつく」
手が、
離れた。
幼馴染は、
一歩下がる。
膝が、
僅かに震える。
「……でもな」
顔を上げる。
目が、
真っ直ぐだった。
「俺は許さねえ」
「お前が一人で壊れる選択を」
「俺を納得させずにやるのは」
「絶対に、
許さねえ」
それは、
脅しじゃない。
宣言だった。
「だから」
幼馴染は、
言った。
「次は」
「俺も縛る」
その一言で、
空気が変わった。
俺は、
息を止めた。
それは、
最悪で。
それは、
最善だった。
一人で壊れる話が、
二人で耐える話に変わる。
それを、
俺は怖いと思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます