第10話 治せる。ただし、払えるなら

指揮所の外は、騒がしかった。


「回復能力者、到着!」

「通せ、優先だ!」


その声を聞いた瞬間、

俺の中で何かが一瞬だけ軽くなった。


――足りるかもしれない。


そう思ってしまった自分を、

俺はすぐに嫌悪した。


まだ、何も聞いていない。


現れたのは、

中年の男だった。


白衣ではない。

戦闘服でもない。


ただ、

異様に落ち着いている。


「……状況は把握している」


男はそう言って、

幼馴染の方を見る。


視線が、

一瞬で傷の深さを測る。


「治せる」


その一言で、

周囲の空気が張りつめた。


「本当か」


医療班が詰め寄る。


男は頷いた。


「再生、解毒、循環補助。

 一通りできる」


一拍。


「条件付きだが」


その言葉で、

希望は止まった。


条件。


この戦場で、

一番聞きたくない単語だ。


「代償は?」


誰かが聞く。


男は、

一切言い淀まなかった。


「同量の負荷を、誰かが引き受ける」


静かな声。


だが、

内容は重い。


「どういう……」


医療班が問い返す。


男は、

淡々と説明した。


「俺の回復は、

 “損傷を無かったことにする”能力じゃない」


「損傷を、別の器に移す能力だ」


空気が、

完全に凍った。


「器って……」


誰かの声が震える。


男は、

俺の方を見た。


偶然じゃない。


「人間だ」


はっきりと。


「骨折なら骨折。

 内臓損傷なら内臓損傷」


「完全に同じ状態が、

 別の誰かに発生する」


「時間差も、軽減もない」


医療班が、

思わず一歩下がる。


それは、

回復じゃない。


移譲だ。


「……そんなの」


誰かが言いかけて、

言葉を失う。


誰が、

そんな代償を払える?


男は、

続けた。


「本人に選ばせることはできる」


「自発的な同意がなければ、

 発動しない」


「だから、

 倫理的には問題ない」


倫理。


その言葉が、

ひどく空虚に聞こえた。


幼馴染が、

薄く目を開けた。


「……聞いた」


掠れた声。


「治るってのは……」


男が頷く。


「治る」


「だが、

 誰かが代わりに壊れる」


幼馴染は、

少しだけ笑った。


「……じゃあ、ダメだな」


即答だった。


「俺の怪我は、

 俺のもんだ」


「他人に渡すくらいなら、

 このままでいい」


それは、

予想通りの答えだった。


誰も、

反論できない。


そのとき。


俺のポケットの中で、

紙が擦れた。


第9話で書いた、

重い制約案。


男の視線が、

俺に戻る。


「……お前」


低い声。


「運の能力者だな」


否定できなかった。


「……そうだ」


男は、

少しだけ眉を上げる。


「なら、

 話が早い」


「お前が器になればいい」


その言葉は、

暴力的なほど真っ直ぐだった。


「幸運で生き残る」


「悪運で即死を避ける」


「天運で最悪を覆す」


男は、

一つずつ数える。


「損傷を引き受ける前提で、

 最も合理的な器だ」


医療班が、

慌てて止める。


「待て!

 本人の同意が――」


「あるだろ」


男は、

俺から目を離さない。


俺は、

何も言わなかった。


ただ、

考えた。


もし俺が引き受ければ。


幼馴染は、

立てる。


前線は、

持ち直す。


回復能力者の女も、

これ以上削れない。


その代わりに。


俺は、

壊れる。


幸運が、

味方を削る。


それが嫌で、

制約を考えた。


なら。


削れる先を、

俺一人に集中させるのは――


「合理的だ」


気づいたら、

そう口にしていた。


自分でも、

驚くほど落ち着いた声だった。


幼馴染が、

目を見開く。


「……待て」


「それは――」


「まだ決めてない」


俺は、

そう言った。


本当だ。


でも。


「でも」


続ける。


「足りないままよりは、

 マシだ」


男は、

静かに頷いた。


「選ぶのは、

 お前だ」


指揮所の中で、

誰も声を出せなかった。


希望は、

ここにある。


だがそれは、

誰か一人を壊す希望だ。


俺は、

スキル画面を開いた。


【スキル編集】

【制約を追加しますか?】


第9話で書いた条件が、

頭に浮かぶ。


幸運の対象。

悪運の発動条件。

天運の反動。


この選択は、

能力の話じゃない。


役割の話だ。


誰が削られるか。


今までは、

無自覚に周囲を選んでいた。


次は。


俺が、選ばれる番だ。

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